或る日の夜




 荒くなる息に喉は懸命に空気を飲み込もうとひゅうと音を鳴らした。
 夜の帳が下りた、宿屋の一部屋。
 アキラとの再戦を果たすために追いかけてきた僕は、鬱陶しがられながら足の豆をつぶしてがちがちに硬くなりながらもただひたすら彼の背中を追っていた。
 今回は丁度それなりに栄えている街に出てこれたので、宿屋があったがどうやらこの辺りで大きな祭りが開催されるらしく、どこも部屋が空いてなかった。
 ようやく空き部屋を見つけられたと思いきや、一部屋だけ。
 僕の姿を見て、宿屋側は男と思ったのかそれとも一緒に旅をしているのだからそれほど問題ないと認識したのか、さっさと僕とアキラを押し込めた。
 といっても、僕もアキラもこういう事態は慣れている。
 それはどちらも異性として相手を認識していない所為だ、と僕は常々思っていたのだがまぁそれはともかくとして、今日は同じ部屋で寝ることになったのである。
 さっさとご飯を食べ風呂に入り布団にもぐりこんだ僕は、同じく布団にもぐりこんだアキラの気配を感じながら眠りが来るようにと目を瞑って、意識が眠りの底に落ちるのを待っていた。
 ぼんやりとああ、もうそろそろ落ちるなぁと思ったときそれは来た。
 急に息苦しくなり、酸素を取り込もうと肺が懸命に動く。
 ああ、"発作"だ。
 認識したのはいつもの感覚だったからこそ。
 僕の姿は十四程度で止まっている。だがしかし、本来は妙齢の――丁度花が開ききった頃の"女"の姿をしている。
 敢えて僕の身体を縮めることは元大四老である僕の力を持ってしてもかなりの負担になる。なにせ、不自然な形を作り出しているのだから。
 それは僕が"女"の形を取り始めたころからずっとなので、喉を鳴らしながらも息苦しくて脂汗が出ていても僕はどこか脳の裏で冷静にそんなことを考えることが出来た。
 あまりにも辛いものだから、思わず布団をはだけ、背中を上に向けて身体を丸めながらひゅうひゅうと息を飲み込もうとすると、ふと背中に暖かいものを感じた。
 ゆったりとまるで労わるような速度ペースで背中を行ったり来たりするそれは――手である。
 そんなことをする人物など、ここに置いてはただ一人しか思い浮かばず僕は息を荒げながらもゆっくりと確認するように顔を上げた。

「……ア、キラ……っ」

 気がついたのか、という意味も含めて途絶え途絶えに彼の名を呼び、その顔を見ると彼は憮然とした――しかし心配そうな色を含んだ表情で僕を見ていた。

「部屋が分かれているのならばともかく、同じ部屋に居て気付かれないとでも?」

 それは僕の言葉に奥に隠されていた質問に答えるものだった。
 確かにそうかもしれない。アキラは目をなくしたことによって音や気配に敏感になったのだと以前梵天丸から聞いたことがあった。故に、見えないと言わないのだと。
 けれど、その言葉に返す術は呼吸をしなくてはいけないという生き物の本能に奪い取られていて、返事を返すことは出来なかった。

「無理に言葉を発する必要はありません。さっさと息を整えてください」

 一緒に寝ていてぜぇぜぇ声を荒げられても、煩くてしょうがないですからね。と続けたアキラの言葉は酷くきついものであったが、それでもゆっくりと労わるように背を摩る手はまるで、僕を心配してくれているようなものだったから思わず涙を滲ませていた。それは苦しみから出たものだと勘違いされるだろうが、そちらのほうが好都合だ。
 そんな厳しくも優しい手があったからか、それとも結構な時間苦しんでいた所為か発作は徐々に収束させていく。
 息はだんだんと整い始め、ふぅと息を吐くと背中を撫でていた手がすっと離れていく。――それを物悲しいと感じてしまうのは、僕の感情に欠陥でも生じた所為だろうか?

「……その無理に歪めた体の所為ですか?」

 問いかけた質問は発作の原因に言及するものだった。
 こうして目の前で見れば、誰だって原因を聞きたくなるものだと分かっているけれど、それを話すには少々躊躇われた。何故なら、未だにあの姿が嫌いだからだ。
 全てを思い出しても、あの姿は嫌いだった。
 あの姿には自身が自身に呪いをかけるために必要だった全ての元凶が含まれており、それが記憶喪失ゆえの作られたものだと言われても、その思いは消えない。
 あの姿は嫌われる姿なのだと。
 老いて美しくない姿なのだと。
 好きだと思える人にも嫌われてしまう姿なのだと。
 その思いは、全て分かったその後でもまるで精神的外傷トラウマのように消えることはない。
 でも、ここで嘘をついても分かってしまうだろう。それ以外に今の状況に陥るような現象など壬生一族にとっては死の病ぐらいしかないのだから。

「だとしたら、なんだっていうのさ? 僕にあの醜い姿で人間の前で歩けとでも? ……止めてくんない」

 はっと吐き捨てるように言うと、アキラは顔を歪めて僕の顔を真っ直ぐに見据えた。

「いつまでも過去を引きずっているつもりですか?」

「そんなつもりはないけどね」

 肩を竦めて返答を返すと、アキラは眉を顰めた。

「傷を癒すには傷を作り上げた期間――もしくはそれ以上の時間を有するものだよ、アキラ。ふっきれるには僕には想像もできない未来のことなんだろうね」

 未来見さきよみの巫女でもあるまいし、僕には一寸先の未来のことなどこれっぽっちも分からない。どの時点で僕の傷は癒され、本来の姿をさらけ出せるようになるのかすらも。
 僕はふっと笑い、ふと視線を下ろして未熟な身体を見た。
 女の丸みを帯び始めた――成長途中の身体。
 男を受け入れるには幼すぎる、青い身体。

「……明日もどうせ早いんだろ。さっさと眠りたいから、床に戻ってくれない?」

 呆れたように横に居るアキラに言うと、はっと思い出したのか立ち上がった。
 初めて気がついたが、襦袢だけ羽織っているアキラは年相応の色気が見えて少しだけどきりとした。
 そんな僕の視線に気がついたのか、すっと顔をこちらに向けるとふっと緩やかに微笑んだ。

「意外と早めに傷は癒えるのかもしれませんね」

 そうして、布団の中に入っていくアキラを見ながらぼんやりと思った。
 ――そうであればいいのに。



      >>20060922 初作品ではありません。いろいろと。



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