愛を誓い合うことはさして重要だとは思わないけれど、重要じゃないからこそそんな日があったのだと祝わなければ気が済まないのだ。




      幸せの確証




 十月二十日。
 この日は僕にとって自身の誕生日の次ぐらいに……もしくはそれ以上に意味を持つ重要な日だ。
 故に神経が高ぶり朝目覚めるのも早くなってしまう。といっても、せいぜい六時半ぐらいなのだが。普段は旅暮らしをしている所為かこれよりも早く起きてしまう時の方が多い。
 タイミングが合わせたかように上手く合い久しぶりに壬生に帰ってこれたので、実は朝が弱い僕は惰眠を貪りたいところだったが……上記理由ゆえに早く起きてしまったのだった。
 家族団欒ゆっくりしろ、と何の気を使ったのかよく分からない辰伶が貸してくれた小さな一軒家は少し埃臭かったけれど寝るには十分で、昨日は旅の疲れもあったのだろう直ぐ床に伏せてしまっていた。
 ともかく、少し肌寒かったが起き上がるとぐぅっと身体を動かすために背伸びをし、朝食の準備をしようと台所へと向かった。
 すると。

「お早うございます、時人」

 にこり、といつも通りの穏やかな表情を僕に向けてきっちりと服を着込んだアキラが居た。
 僕はまだパジャマ姿だというのに、几帳面な奴である。

「ああ、……居間にでも行ってなよ。朝食の準備するからさ」

「私の分はいいですよ。もう出かけてしまうので」

「……ハァ!?」

 僕は思わず驚いて大声を上げてしまっていた。
 出かけるって!? だって、今日は……。

「お前、何言ってるんだよっ? 今日は」

 結婚記念日なのに!

「済みません、もう行かないと今日中に帰ってこれなくなってしまうので。遅くに帰るので夕食準備していなくていいですよ」

 肝心なところを遮り、アキラはにこりと僕に言い放ちさっさと家から出て行ってしまった。
 呆然と僕はその様子を見守っていたのだが、アキラが出て行ってから数分も経つとふつふつと怒りが湧き上がり拳がぶるぶると震えた。

「なんなんだ、アイツは――!」

 拳は開いたままだった障子戸を吹き飛ばすには十分すぎるほどの威力を有していて。
 それを直すのに苦労したのはまだ幼い我が子であることは言うまでもない。

 怒りはひと段落つき、結局息子が作ってくれた朝食を二人で食べると当初の予定通り息子は庵家へ行った。彼は彼なりの目的を既に所有し、そのための知識を持っているのが寿里庵であったためである。この機会を逃すまいと息子は一泊してくることになっていた。
 僕はまぁ、アキラが居ないならいないでいいかと予定していた準備をすることにした。
 台所に立ち、豪華な料理を食卓に並べるための。
 食材は既に用意していたので、僕は以前見たことのある壬生の書物から外つ国でお祝い事に並べられるというフルコースもどき(あれを全て再現していたらきりがない!)を準備することにした。
 旅をしている最中はアキラと息子と交代で料理を作っていたため、別段苦手ではなかったが得意というわけでもない。大体にして、旅の途中に作る料理など手間のかからない簡単なものに限られるわけだし。
 故に、手間がかかりそうなフルコースもどきを早くから作らなければいけなかったのである。
 午前中に下準備を済まし、昼食は壬生内にある外食屋で軽く物を摘むついでにプレゼントを探す。
 といっても、普段旅暮らしをしている身で贅沢品を身に付けるわけにもいかないし、だからといって彼が目指す至上のサムライの助けとなるような道具などまるで思いつかない。大体持っているし。
 それでも数件も回っていると、ピンとくるものもあるわけで。
 そういえば、旅続きでアキラの草鞋がぼろぼろになっていることを思い出し丈夫そうな草鞋を一足買った。色気がないし消耗品であるが、まぁ僕とアキラなのだからこれが一番いいのだろう。
 というわけでプレゼントも手に入ったことだし僕は、貸家に戻ると再度フルコースの準備に取り掛かった。

 全ての料理が出来上がったのは日が落ち、夕食と呼べるような時間帯になってからであった。
 僕は全ての料理をテーブルの上に載せると(本来フルコースは一品一品出していくのだけれど、所詮もどきなので)朝早くに出て行ったアキラの帰りを待つために畳に座り玄関のほうに視線を向けながら、早く帰ってこないかなぁとそわそわしながら待っていた。
 けれど、刻一刻と時は無常にも過ぎていき――。
 十月二十日は着々と終わりへ向かっている。

「……あいつ、今日が結婚記念日だってこと忘れたのかな」

 十一時半を回る頃には料理も冷め、それに付随するように僕の怒りも冷めて寧ろ寂しく感じた。
 確かに結婚しよう、と確約した日ではない。僕らは結婚式すら挙げなかったのだから。
 けれど今日は……僕と彼が初めて男女としての仲を認識し、精神的にも肉体的にも夫婦であることを認め合った日であったのに。

「あーあ、料理冷めちゃってるじゃんか」

 机に肘を乗せ、頬に手をつきながら僕は渾身の作であるそれらを見る。
 憎まれ口を叩いてみたところで悲しい気持ちは消えず。
 結婚記念日を忘れていたって人間であればしょうがないと思うのだ(実際、僕は息子がまだ手のかかる時期は思いっきり忘れていた)。けれど、せめて覚えているほうが言ってでも一緒に祝えるようなそんな状態であればいいと思う。
 結婚記念日であることを一緒に祝えるその状況こそが一緒になってよかったと思えるのだし、二人の気持ちも当時と同じままなのだと感じれるのだから。
 でも、もうあいつはあのときの気持ちを忘れ失くしてしまったのだろうか――。

「時人」

 がらがらと戸が開く音と同時に僕の名を呼ぶアキラの声が聞こえて、僕は反射的に立ち上がり扉を開けた。
 そこにはなんだか妙にぼろぼろになったアキラの姿が。

「遅くなりました」

 草履を脱ぎ、僕の傍まで歩み寄るアキラの姿に先ほどの悲しみは一気に消え、代わりに怒りが瞬時に沸点へと到達する。

「まったくだよ、今何時だと思っているのさ!?」

「ええ、まったくですね」

 同意を示すものだから、更に怒りは膨れ上がり。
 この顔に一発拳を入れてやろうかとぎろりと彼を睨んだ。
 すると、アキラはなにを思ったのかふっと表情を和らげ。

「貴方と一緒に居られるこの日々に感謝しております」

 そうして差し出したのは色とりどりの花で作り上げられた美しいブーケ。

「こうして、結婚記念日を迎えられたこと――嬉しく思います」

 覚えていたのか、とかじゃあなんで朝一番に祝いの言葉を言わないのさ! とか言いたいことはたくさんあったのだけれど結局唇は塞がれて。
 僕は結婚記念日の祝いの言葉すら発することも出来ず十月二十日を終わることになったのだった。

 ちなみに、アキラからのプレゼントは薬師である僕に対しての貴重な薬草と美しく温かな柑子色をした帯であった。



      >>20061020 久しぶりに即日アップをかましました〜。



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