休む場所




 次の日、朝食を済ませると二人の漢が突き抜けるような晴天の中立っていた。
 僕とゆやは茶屋の中でのんびりと緑茶を啜りながら、その死合いの行方を見守る。

「ゆやはどっちに勝ってほしい?」

 楽しげに笑いつつ刀を振るう二人の漢の死合いを眺めながら、僕はゆやに聞いてみた。

「そうね、どちらでもいいかも。狂が勝ってもアキラさんが勝っても」

 ゆやは忙しなく動いていたのを落ち着けると、僕と向かい合わせに座る。
 窓の向こうからは血肉沸き踊るような強烈な殺気が両者からあふれ出していて、僕はぞくぞくと寒気のようなしかし刀を振るいたいという衝動を覚えた。――サムライの道をいやいや踏んでいた僕ですらそう思うのだ。その道を至上と思っている鬼眼の狂やアキラにしてみれば楽しくてしょうがないだろう。

「どうしてさ? てっきり、ゆやは狂に勝ってほしいと言うかと思ったけどね」

 好きな漢に勝ってほしいと願うものではないだろうか、となんとなく思ったのでそう問うとゆやは用意した緑茶を啜って言った。

「あの二人にとって勝ち負けは重要だけれど、それほど重要じゃないでしょう?」

「どういうことさ?」

 矛盾した言葉に僕は首をかしげた。

「狂にとってアキラさんと闘うのは、その成長が見たいからだと思うの。アキラさんにとって狂に挑むのは、自身の成長を確かめたいからだと思うの。だから勝ち負けは重要だけれど、本質的には重要じゃないんだわ」

「そういうものかい? 僕は負けるととても悔しいけどね」

「悔しいから、時人さんはアキラさんを追いかけているのでしょう?」

「――そうだけどな」

「二人が闘う意味と、時人さんがアキラさんに挑みたいと思う気持ちは似ているけれど――、その感情に気付いていないのかもしれないし、本質的に違うのかもしれない。だから、時人さんはきっと理解できないのよ」

「僕が挑みたいと思う意味――」

 それの本質はどこにあるのだろう、と窓の外で闘っている二人を眺めながら思考を巡らすけれど、やはりよく分からない。
 分からないということは、分かるための要素が少なく――少ないということは、まだその時期じゃないのだろう。
 時が解決してくれることもあれば、解決してくれないときもある。
 自身から流れを変えようだなんてこれっぽっちも思っていなかったあの時では、きっといくら時が過ぎてもなんら変わらなかったのだろうけれど――、今はまるで流れ行く雲のように変動していく日々を過ごしているのだから、きっといつか分かる日が来るのだと確信できた。
 ならば、僕は僕の身体が動くとおりに行動するだけだ。

「今はまだ分からないままでいいよ」

「そうですね」

 そうしている間にも、死合いは徐々に盛り上がり収束に向かって行っている。
 二人ともそれなりにぼろぼろになっていたようだったが、遠目で見る限りアキラのほうが傷が酷い。――それでも、死合いなんてどこでひっくり返るか分からないので(実際、僕は遥かに有利な状況から逆転されてアキラに負けた!)なんとも言えなかったけれど。

「――そうだ、ゆや」

「なんですか、時人さん?」

 真っ直ぐに僕を見て朗らかな表情を見せるゆやに、僕はゆったりと体内の気をある一点に集中させてイメージどおりに収束させていく。
 そうして手の中に生まれたのは五つの小さな種だった。

贈物プレゼント。暇だったら、育ててみておくれよ」

「わぁ、ありがとうございます!」

「きっと、ゆやに似合う小さな黄色い花が咲くはずだからさ」

 僕はゆやのその細く女性らしい綺麗なフォルムをした手の中に、小さな種を落とした。
 と、ばぁんと一際大きな音が聞こえて僕は窓の外を見た。
 傷だらけで立ったままの鬼眼の狂と、その足元でうつぶせに倒れたままのアキラ。――勝敗はついたようだった。

「――無様だね」

 僕はふんっと鼻を鳴らして、腰に差したままだった北斗九星を取り出すとほんの些細な微調整など他愛もないくらい簡単に行い、茶屋の壁に傷を彫った。
 字を間違えたのは手元が狂ったということにしておいて欲しい。

「これで零勝二敗……少しは成長して欲しいものだね」

 僕は茶屋につけた傷を見ながら言い、そうして真っ直ぐ外に出た。
 入れ違いに鬼眼の狂が茶屋に入るけれど、発する言葉もないのだからそのままにしておく。
 そうして僕は、倒れたままのアキラに近づき身体をかがめた。
 顔を覗きこむと、泥まみれで汚くそうして痛みで唇を震わせていたけれど、それでも嬉しそうに口角を上げていた。

「負けても嬉しそうな顔をするだなんてね――。君は真性の被虐性愛マゾヒストかい?」

「そういう低次元の問題ではありませんよ、時人」

「喋れるだなんて、鬼眼の狂もそうとう手加減したのかい?」

 僕は手に顎を乗せて酷く呆れたように言ったのだけれど、しかしアキラの表情は未だ嬉しそうなままで。

「昔の私ならば――、きっと本気の狂の一撃に意識を保つことすら困難だったでしょう。その成長が嬉しいのですよ」

 ふぅん、と頷くけれどそれぐらい弱かったアキラに負けた僕の立場も少しは考えて欲しいものだ。

「――で? 君が起き上がれるまで待ったほうがいいのかい? それとも、壬生京四郎に貰った薬で傷を治して立つかい?」

「もう少しこのままで」

 余韻に浸りたいのだ、とでも言いたげな雰囲気だったので僕はよっぽどの被虐性愛だなと思いながら満足そうな笑みを浮かべるアキラを見た。


「ええ〜っ、もう行っちゃうんですか!?」

 その後、立ち上がったアキラに手当てをし済ませると早々に出かけると言い放ち、僕とアキラは茶屋の前に立ち残念そうに叫んだゆやを見た。

「傷も癒えていないんでしょう?」

「骨折等々は見受けられませんでしたし、切り傷だけならば旅に支障はありませんから」

 にこり、とゆやに微笑んだアキラの表情は来たときの戸惑いや照れのようなものを感じさせぬ、酷く晴れ晴れとしたもので。
 一体彼の心内でどんな変化があったのだろうと、上目遣いに彼の表情を盗み見た。

「いろいろと、有難うございました」

 ぺこり、と浅く背を曲げ礼を述べるアキラにゆやはふわりと穏やかに微笑んで。

「気にしないでください。――また、いらしてくださいね。メニュー、増やしておきますから」

「苺ミルク味のカキ氷はどうでもいいけど、プリンは増やしておくれよ!」

「ええ、もちろん」

 にこり、と微笑んでいるゆやにアキラは背を向けると歩き出したので僕は追いかけようと足を向ける。
 しかし、再度ゆやを見るとまるで全てを受け入れる母のようにゆったりと微笑んでいた。

「お花、育てますね!」

 僕はその言葉に微笑むとアキラの背を追いかけるためにゆやから視線をはずした。



      >>20061216 被虐性愛の意味は本当はマゾヒズムなのです。



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