日常茶飯事




 ――許さない。
 許せるはずがない、僕と鬼眼の狂以外の相手にその背中を汚すなんてことを!
 身体を変形させていた力を全て技へと変換させる。
 結果、醜い身体になるが烈火のような僕の怒りの前には微々たる問題へと変貌した。
 奴が地面に背中をつけるということは、僕の矜持プライドを踏みにじると同意義なのだ。僕の今までの生き方を昇華させた今の僕が持つ、有意義で全てである矜持を。
 落下する身体を反転する。

「はぁああああ!」

 気を込め打ち放った衝撃波は、人形どもを地面もろとも砂の粒よりも細かく消滅させる。
 それを確認し、宙で体制を整えると僕は壁を蹴りながら叫んだ。

「どけ、アキラぁああっ!」

 その声に反応してか、隙間から見えていた無様な背中が消えてなくなる。
 それを確認してから僕は刀を一振りした。
 どごぉぉんっ! と音を立て鉄格子が吹き飛び壊れる。
 宙を舞い、着地した視線の先に見えたのは忌々しいシャーマンだった。

「まぁ、姿を変えておいでですね」

「るさいっ! それよりも、アキラ!」

 僕はシャーマンを一蹴すると気配で彼の位置を確認しくるりと反転すると、つかつかとぼろぼろになって立っているアキラの目の前に立つ。
 血は一切出ていないようだったが、息を切らし疲れきった顔をしている。

「なんですか?」

 しかし僕は労わることもせず、ぱぁんと彼の頬を叩いた。
 アキラは驚いた様子も見せず、僕を見ている。
 まるで、全て分かっていると言うような澄ました顔で。

「僕以外のものに負けるのだったら、それよりも先に僕と勝負しろ! お前を切り刻んでその辺の野犬にでも死体を食わせて僕は壬生に帰るからなっ」

「貴方に負けるつもりはありません」

「――なら、そんな無様な姿を見せるなっ! お前に負けた僕の立つ瀬がないだろう!? 決して僕以外のものに負けるなよっ。それが僕に勝ったお前の役目だからなっ!」

 はぁはぁ、と息を切らしながらも僕は彼を睨みつけて怒鳴った。
 静かに僕の怒りを受け止めたアキラは、見えぬ眼を僕に向け口元に弧を描いた。いつも通りの憎たらしいぐらい澄ました静かな笑みを。

「無論です。サムライとしての貴方を辱めるような真似を勝者としてするわけにはいけませんから」

 そうして、僕を避けるとシャーマンと向かい合わせになった。
 シャーマンは僕が抜け出しても、余裕と思える笑みを浮かべていた。

「あら、お嬢さんが出てこられても私たちを取り巻く状況に変化はないでしょうに」

「いいえ、少なくとも時人が出てきてくれたことで私はヒントを頂きました」

 たんっと足を踏み込み、常人では見えぬスピードでアキラは駆け出した。――シャーマンの斜め前にある明かりを灯すために設置された台に向かって。
 其処で初めてシャーマンは驚いたように目を見開き、手を翳すが。

「遅いですよ」

 ざんっ、と既にそれを切り裂いていた。
 それと同時に、抑えられていた力が全て解放されるのを感じる。つまり、あの燈台が能力を抑える呪を持っていたということなのだろう。
 シャーマンの表情を見ると、余裕の笑みばかりを浮かべていた表情に初めて悔しそうな色を乗せている。ぎりぎりと歯軋りさせながらアキラを睨みつけるシャーマンの様は、先ほどまでの聖人ぶったものとは違い酷く邪悪だった。
 そして、アキラは息を切らしながらも真っ直ぐ悔しそうな表情を浮かべるシャーマンを見た。

「貴方が能力を抑える力を出しながら、自分の身を守る結界を作り上げ尚且つ、この部屋に張り巡らせた糸に私の体力を吸収する術を乗せれるほど有能なシャーマンだと思っておりませんでしたから、何か補助しているものがあると思っていたのですが……時人が現れたとき咄嗟にあの燈台に結界を張っておりましたから、大切なものなのだと直ぐに分かりましたよ? 貴方もまだまだ甘いですね」

「くぅっ……、それでも貴方の体力はかなり限界に近いでしょう? まだ、私に勝算はあります!」

 叫ぶシャーマンにアキラは溜息を吐いた。

「灯ほどのシャーマンでしたら私も苦戦していたでしょうが……貴方に彼ほどの力はありませんし。必殺技一つ決められる体力があれば十分勝てますので」

 そうしてアキラは強く足を踏み込んだ。
 シャーマンも杖をアキラに翳し、術を放つ。杖は光り輝き、その光はアキラに真っ直ぐ向かって放たれた。
 が、しかしそれよりもアキラの刀の一振りのほうが早かった。

灼熱の冷気ヘル・ゴースト

「いやぁああああっっ!」

 敵は冷たい氷の中に放り込まれた。全てを凍てつかせる氷の中へ。
 刀を振り終えたアキラは深く息を吐き出すと、だんっと床に足をつけた。
 僕は駆け寄りアキラの表情をのぞき見る。

「なんかあったのか? 妙に疲れているようだけど」

「……貴方が下で足掻いている間、生気を取られていたのでね。少しばかり疲れているだけです」

「ふぅん」

 僕は呟き、手を翳した。
 其処からあふれ出した青い光はゆっくりとアキラの体へ浸透していく。

本職シャーマンほどじゃあないけれど、多少は楽になるだろうさ」

 僕の言葉にアキラは何の反応も見せなかったが、動かずにいるということは僕の行動を受け入れているのだろう。
 そうして無言のまま数分過ぎ、僕は彼の身体から手を離した。
 ふぅ、と少しばかりの脱力感を感じるのは、この行動が純粋なる癒しに基づくものではなくただ単に僕の体力をアキラの体力へと変換している所為である。流石に、僕はシャーマンのような癒しの力を有していなかったため。

「……有難うございます、時人」

「ふ、ふん! あれを持たせるためにお前を回復させただけだ!」

 元々、狙っていたものは賞金である。
 首だけ持っていっても賞金を貰うことはできるのだが、生きている状態のほうがより好ましいらしいので(そういう政策らしい、紅虎率いる幕府の)、氷を解いてぐるぐる巻きにでもして役場へ持っていかなければならない。
 その作業を僕がやっても構わないが、面倒なことに変わりはないのでそのことを述べたのである。
 そちらのほうが、アキラは僕の行動に合点がいくだろうし。なにより、僕がアキラを無償で助けたと思われるのは気に入らないというかこそばゆいというか恥ずかしいというか……いろいろと感情面で複雑だったので。
 その辺りをわかったのかわかっていないのか、アキラはいつも通りの穏やかだがどこか油断ならない笑みを浮かべて言った。

「ええ、そうですね」

 そうして、氷付けにしたシャーマンの元へと向かった。
 僕らの日常というものは常にこんな感じなのである。



      >>20070221 アキラさんが弱いですね。



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