炎の向こう




 ぱちぱちとくすぶる炎に眠ったはずの僕の意識が覚醒を始める。
 ぼうっとしながらも、炎の向こうにあるはずの気配をはっきりしない頭で探してみるが――。
 いない。
 僕は瞼をぱちっと開けて上半身を起こした。
 ――今はまだ旅の途中。
 鍛錬の旅に出ると、僕との死合いで戦えぬまでの身体になってしまった連れ、アキラをまるで金魚の糞のように(惨めにも!)追いかけたのは、彼ならば必ず死合い出来るまでに身体の状態を戻すだろうという確信があったからだった。
 そうやって、引っ付いてきた僕を恐らくアキラは直ぐに肉体的精神的に辛い日々に耐え切れなくなり直ぐに帰るだろうとでも思っていたのか、一ヶ月ぐらいは放っておかれ二ヶ月目からは嫌味をいい始めそれがとりあえずの終結を見せたのは、僕がアキラに引っ付いてきたときからなんと! 半年も経っていた。
 ともかく、一緒に旅をするのならばおのずとルールも決めなくてはいけないもので、そのうちの一つというのがこの野宿に関連するものだった。
 睡眠時は互いに干渉しない。
 炎を境にして二つに分け、別々に寝る僕らはまぁそれなりに相手に黙ってやりたいこともあるらしく(というのも、とりあえず僕は相手に黙ってしたいことが今のところない)アキラは真っ先にそう提案した。
 僕は旅に出た当時のアキラの身体の状況――足はひょこひょこ歩きだったし、刀を握る手はスムーズに動かず刃の軌道がかなりずれてしまう――ということを考えると、さすがに了承してはいけないのでないかとも思ったが、それでも「野党に襲われる程度でしたらこの程度の身体の不調でも十分に対応できますので」という強気な発言とついでに僕の言葉を逆手に取った嫌味の一つや二つ言われてしまえば、了承せざる得なくなり。
 病気だと思われるような不審な行動や気配を発していなければ、動いていようがその場に気配がなかろうが干渉しないということになった。

「夜まで鍛錬することないと思うけどなぁ」

 僕に鍛錬している様子を見られたくなかったのだろう。
 それに気がついたのはアキラが一緒に旅をすることをとりあえず了承してから更に半年後――壬生を出てから一年後だった。
 どうやら、普段アキラは僕が熟睡した気配を感じてから鍛錬をしているようだった。盲目であるが故にその他の五感が優れているアキラにとって、僕が本当に寝ているのかそれとも狸寝入りをしているのか感じるのは炎という障害があってもたやすいことだろう。
 その能力を存分に発揮して、一緒に旅をし始めてから一年間もその事実を隠し続けたのだ!
 恐らく剣技の鍛錬をしているのだろう。足腰の鍛錬や持久力の鍛錬は普段の旅暮らしで十分補えるし、補えるような場所ばかりを選びながらアキラは旅をしていた。旅で補えないことといえば精密な型や技の形だろう。
 そう考えれば、何故アキラが僕にその様子を見せたくないのかも理解できる。
 恐らく――僕に罪悪感を持たせないためなのだろう。
 アキラの身体は全快したわけではない。僕との戦いで死力を尽くしたアキラの体は壬生を出てから一年と半年を過ぎたというのに、未だ足をぴょこぴょこと無様に動かすような仕草を見せる。
 足ですら、普通で歩くのもままならないというのに刀を振るうという筋肉を酷使するような動作を行うたびにアキラはきっと、以前出来たことすら出来ないことに対して苛立ちを感じているだろう。そして、僕と戦ったときと同じように動けないアキラを見れば――女々しくはないもののやはりまともに動かせないような状況にまで追い込んだことに罪悪感を感じるだろう。それは死合いなのだから、罪悪感なんて持つ必要もないのに。
 僕は、ふとくすぶりながら燃えつづけている薪に目を移した。

「不甲斐ないな」

 溢れ出た言葉は自身への呆れに似たものだった。
 僕はアキラについて行くことしか出来ないのだ。再戦するためについて来ているだけだが、それでも再戦するためにはアキラの体を治さなくてはいけないのだ。けれど、僕はそれを手助けするような手段を持っていない。
 それが不甲斐ないのだ。
 僕はあの追いかける背中の持ち主に何も出来ない。僕はアキラに道を示してもらったというのに、その彼が歩く道の手助けを僕は何一つ出来ないのだ。
 それが酷く――酷く悔しくて情けない。
 ぐぅっと足を丸めてそのまま抱きかかえて、僕は身体をぎゅうっと丸めた。

「僕が――僕が少しでも癒しに精通していたのなら、そんな風に思うことはなかったのだろうか」

 手にない能力。
 今までいらないと突き放した能力。
 それがあったのなら――、こんな風に惨めにならなかったのだろうか。
 まるで自分が何一つ出来ない子供であるような、そんな気持ちにさせられることは。
 ぐぅっと顔を足に埋めながら、とりあえず壬生京四郎に会ったのなら薬草の煎じ方でも聞いてみようかと思った。



      >>20070308 っていうのがマイ設定時人さん。



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