美しい女性だと思った。
美しい女性だからこそ、その両手に刀を握っていることが酷く憎くてたまらなかった。
鏡合わせ
腹が立つ。
近頃、感情の浮き沈みが激しくてしょうがないのだ。その原因がどこにあるか等僕は既に知っていたが、知っていたからといって解消される術はなく。
少々動きにくい学ランを適度に着崩しながら刀を振るった。
僕より強い人なんてなかなか居ないので(仮にも校内を二分する大四老という称号を貰っているのだ)、何かしらの理由で体育館を訪れていた者達は悲鳴を上げながら倒れ、痛みに耐える。
その光景が僕の心を軽くすることなどまるでなかったが、しかしせずにはいられなかった。
「時人様っ、怒りをお静めください!」
声が聞こえるが、そんなことどうでもいい。
自分が嫌いで自身を司っているこの作りが嫌いで歪みに歪めてしまった僕の身体はぎしぎしと音を立てるが、それでもその歪みを正すことなんか出来るわけがない。そんなことをしてしまえば、――僕は僕自身を嫌悪するだけだろう。
刀を振るうたび生まれる衝撃波が体育館を揺らし続ける。
そんなことを繰り返していると、ふとずんっと冷えたような気配を感じ僕は最後の一振りを済ませるとそちらを向いた。
まるで、僕の心模様のように僕の周りには誰一人居なくなった状態で、遠くから真っ直ぐにその青緑の目を向ける者は、耳に挟んだことがある人物だった。
"四聖天"アキラ。
穏やかな茶色の髪を肩まで伸ばした彼女は、女性としては少々大きめの体格ではあったが仕草一つ一つがまるで繊細かつたおやかであり、"立てば芍薬、座れば牡丹。歩く姿は百合の花"という言葉がそっくり当てはまる人物である。
男たちもそんな美しい仕草をする彼女を遠巻きから眺めるということが多いらしい(というのも、僕はそんな下世話なことにまるで興味がなかったためよく分からなかった)。
僕が彼女を知る理由となったのはそんなミーハーな理由ではなく、彼女が僕が持つ大四老という称号と二分する実力を持つサムライ集団四聖天の一人だったためだ。
たおやかであるはずの彼女は一度刀を握り締めると全ての生き物の息吹を停止させる氷を持って、崇拝する鬼眼の狂に敵対する者達を速やかに排除する。
それは普段有している女性らしい柔らかさなどまったく排除した――まるで本物の氷のように冷たく凍えてしまうもの、らしい。らしいというのは僕が彼女と正面きって敵対したこともなければ、彼女が死合う様を見たこともないせいなのだけれど。
そして、僕は耳に挟んだことしかない彼女が――大っ嫌いだった。
そんな僕の心内などまるで知らない様子で、彼女はまったくもって女性的な柔らかさを有した青緑の瞳で真っ直ぐ僕を見た。
穏やかであるはずなのに、酷く鋭く僕の心内に踏み入るような青緑の瞳に、僕はずきりと奇妙な動きをみせる心臓に手をやった。
「傍迷惑なことをなさっていますね、"大四老"時人?」
称号と共に名称を呼ばれ、僕は彼女が嫌いなのだというためにぎろりと強い目で睨んだ。
初めてまともに見た彼女は確かに美しい女性ではあったものの――なぜか、僕と同じ歪みを覚えた。それがどういった歪みなのかはまるで分からないものの。
「お前に何か関係があるのかよ、"四聖天"アキラ」
吐き捨てるようにそう言った。お前なんかこの空間に要らない。僕にとっては存在してもしなくても同等のものだと言外に含ませて。
彼女はそれに何を感じたのか一瞬不快を覚えたかのように顔を歪めたが、しかし直ぐににこりと穏やかな笑みという仮面を被ると女性にしては低い声音だけれども笑顔と同じく人を穏やかにさせるような口調で述べた。
「――私たちは互いに見合って二大勢力として均衡しているからこそ、この学園は平和なのです。貴方に暴れられちゃあそれが崩れてしまいますので、私が参上した次第ですよ」
正論だ。
正論過ぎるほど正論だ。
であるのなら、僕の相手は目の前の女になる。四聖天の実力を(僕には及ばないものと承知していたが)過小評価してはいなかったのでぶわっと殺気を彼女に向けた。
それでも彼女は平然と僕を見ている。
僕の歪みすらも見るような瞳で。――ぞわっと鳥肌が立った。
「つまり、君が僕の相手をするということだね?」
それでも僕は平常心なふりをして彼女に凹凸のない声音で問うと、アキラは変わらぬ穏やかな表情で声を発した。
「そういうことになりますね」
同意の声を。
刹那、僕の口からは嘲笑の声が漏れた。
そうして発せられるのは――自らをも傷つける言葉。
「たかだか女如きが僕の相手になるって!? ……喜劇にもなりゃしないこと言わないでくれる?」
そう、たかだか女如きが。
女なんて権力や力の世界では男に劣るのだ。その性別が違うだけで親族からは意地汚い媚びの声が上がる。娘なのだから、私の子供を婿に貰ってくれなどと本人の意思をまったく無視した声が。
その性別がほんの少し違うだけで父親の助けにもなれないのだと。
まるで、後継者製造マシーンのような。
だから僕は歪み続けなければいけない。どれだけの苦痛を背負おうとも歪み続けなければいけない。
しかし彼女は僕の自身への憎しみすら篭った声など気にもしない様子で、その青緑の目を真っ直ぐ僕に向けた。そうして、すらっと腰から二刀を引き抜くと真っ直ぐ僕へ向ける。
性別など関係のない、僕へと。
「そのようなことは刀を交わらせてから仰ってください」
発せられた声と共に彼女は動き出し、死合いは産声を上げた。
>>20070125
この設定好きなんだけど、同意者少なそう。
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