鏡合わせ




「アキラさん」

 目の前に座った綺麗な黄色の髪をひとまとめにし、さらさらと揺らした友人(厳密には私の尊敬する人の恋人)は机を向かい合わせに付け、弁当を食べていた手を止めふと思いついたような口調で述べた。
 私と同じ服装――紺色のエンブレムが入ったブレザーに赤色のリボン。茶と赤が混じったタータンチェック柄をした膝上までの長さのスカートを着込んだ彼女は、その穏やかな眼を私に向けて。そう、嘘など見透かすような美しい透明な瞳で。

「私ね。本当にほんっとーにおかしいんだけど、アキラさんがとても女性には思えないのよ」

 そうして彼女が放つ言葉は周りにとってはとんちんかんに思え、しかし私にとっては素晴らしくも鋭く聡明な彼女に感服すらも覚える言葉だった。
 故に反応のひとつも返すことが出来なかった私に対して、彼女は何を勘違いしたのか焦ったように頭をぶんぶんと横に振った。

「ち、違うのよ!? アキラさんはスレンダーで綺麗な美人さんだし、仕草は優美で全てが女性的なんだよ? 別にがさつで粗野でまるで男っぽいなんていう言葉じゃないからねっ?」

 慌てたような口調に、私はくすくすとほんの小さく笑った。
 口元に手を寄せ、控えめに笑うその仕草は自分が"女性的"であることを狙ってやっているものである。

「わかっていますよ、ゆやさん。貴方は決してそういう物言いをする方ではありませんから。ええ、――私が最強のサムライ集団、四聖天の一員だとしてもね」

 その言葉に、ゆやさんは誤解されていないことにほっとしたのか、安堵のため息を漏らした。
 そうしながら、全てを見透かすような瞳で私を見た。

「――でもね時々、本当に時折なんだけどアキラさんが女性であることに違和感を覚えるの。なんでそう思っちゃうのかは分からないだけれど」

 自身の感じていることを疑問に思っているのか、首を傾げる彼女に私は穏やかに微笑むだけだった。
 そんな私をどう思ったのか、ゆやさんが口を開こうとした瞬間。

「アキラさんっ! "大四老"時人が暴走しています!」

 ばぁんと勢いよくドアを開く音が聞こえ、学園の中で四聖天派に属する同級生が穏やかな語らいを破るかのように叫んだ。
 私は腰にかけた二つの刀を確認するように手で触れると、立ち上がった。

「すみません、ゆやさん。――貴方とのおしゃべりを続けたかったのですが」

「しょうがないわ。だって、貴方はサムライなんですもの。――女性だとしてもね」

 にこりと笑って見送る彼女の姿はやはり、私が憧れを持つだけはありそして憧れているあの人の彼女にふさわしいものであった。

 大四老時人が暴れている場所は体育館だと聞き、私はひらひらとなびくスカートを面倒に感じながらも全速力で校内を駆けていく。
 意識は確かに体育館に向かっているのに、ゆやさんとあんな話をした所為か思い出したのはなぜか母親の私を見ていない目だった。
 母は華族の流れを汲んだ由緒正しき名家のお嬢様だった。
 私が物心ついたときから持っている母の印象は美しく儚げで、それでいて少女のようだった。
 どういった経緯で私を産んだのかは知らない。父たる人も明治時代に作られた洋風だというのにどこか日本独特の匂いを感じる洋館の中に存在した気配すらなく。
 屋敷の中にいたのは少女のような母とまるで機械のような使用人だけだった。
 母はまるで私を人形のように扱った。
 髪を長く伸ばさせひらひらのまるでドレスのような洋服を着させ、そうして濁ったような黒色の瞳で私を見たのだ。
 私を司る性別が、本来そのような衣装を身に纏うべきではないとは知らずに。
 いつだったか母に教えられた、父が名づけてくれたというどちらの性でも違和感のないこの名前を彼女は歪曲させ。
 少女だった母は私という存在を敢えて歪めることで自分の精神を安定させていた。
 そこに至る経緯すらも知らぬまま。――当事者であるはずの私には何も教えず。
 けれど、私が"この姿"を止めてしまえば母は狂ってしまうと知っていたので、どうしても本来あるべき格好に戻ることも出来ずに――私は私の存在を自らの意思で歪め続けた。
 そうして外見を歪めてしまったが故に、正常に動くはずである中身さえも一種の歪みを覚えていた。もっともそれは尊敬すべき漢、鬼眼の狂に出会ったことによりかなり改善されてきてはいたが――。
 自身の内面に入り込んでいるうちに体育館に到着する。
 すると衝撃波なのだろうか、ばぁんばぁん! と響き渡るような爆発音と共に体育館が揺れぐらぐらと足元が覚束無くなる。まぁ、この程度でどうにかなるようでは四聖天など名乗れはしないのだけれど。
 それと共にどだどだどだと人が壁に叩きつけられ、一種のサークル状態が作られる。
 中心人物の周りには誰一人、物一つ残らないような状態が。

「傍迷惑なことをなさっていますね、"大四老"時人?」

 いわゆる学ランというものを着込んだ少年――私より一歳年下であるはずなのに、中学生程度に見える――はぎろり、と私に目を向けた。まるで萌えるような常緑の瞳を。
 その刹那、まるで衝撃を受けたかのように私の心臓は痛みを訴えていた。
 何かを叫びたいと願う――そう、歪んだ形ではありえないような。

「お前に何か関係があるのかよ、"四聖天"アキラ」

 苛立ち吐き捨てるような声音で語る彼はなにか、私と同じ歪みを抱えているような気がした。
 それが何かはまるで分からないのだけれど。

「――私たちは互いに見合って二大勢力として均衡しているからこそ、この学園は平和なのです。貴方に暴れられちゃあそれが崩れてしまいますので、私が参上した次第なのですよ」

 にこり、と穏やかと称される笑みを彼に向けるけれど、しかし彼は警戒心を失くすことはなくまるで毛を逆立てた猫のように荒っぽい殺気を私に向けてきた。

「つまり、君が僕の相手をするということだね?」

「そういうことになりますね」

 同意を示す私の言葉に、時人はきゃはははと高らかに狂った笑い声を発した。
 そうして、ぎらりとまるで切れすぎて自身すらも傷つけそうな鋭い瞳で私を睨んだ。

「たかだか女如きが僕の相手になるって!? ……喜劇にもなりゃしないこと言わないでくれる?」

 何故だか、その言葉は私に向けられたものに思えなかった。無論私の本質はその言葉に合わないものであったが、それを含めずとも何かが違ったように見えた。その何かが何であるのか、私にはまるで分からなかったのだけれど。
 だからこそ、言葉にいらつくこともなく私は冷静に腰に差したままだった対になる二刀を抜き、構えた。
 誰から教わったわけでもなく、自身で覚えた型を。

「そのようなことは刀を交わらせてから仰ってください」

 だんっと足を踏み出すと、私は彼に刀を向けた。



      >>20070117 萌えーが先行したような話ですね。



back top
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送