夢が襲ってくる。
一週間はやすやすと過ぎて、キールがティンシアから戻ってきてリッド達はインフェリアに帰った。
メルディは一緒に帰るのかもしれないと覚悟していたがそうではないことに少しだけ安堵したけれど、直ぐに気を引き締めた。
既に、賽は投げられたのだから。
「綺麗に片付いているな。ファラが片付けたのか?」
そう呟いて、キールはソファに腰掛けた。
メルディは頬を膨らませて少し怒ったような表情をした。
「失礼だなー。メルディが片付けたよ!な、クィッキー?」
「クィッキー!」
クィッキーは同意するようにぴょん、とジャンプした。
それに嬉しそうにメルディはくるくるくる、とダンスするように回る。
その様子にキールは微笑んだが、直ぐにきゅっと顔を引き締めるとメルディに座るように促した。メルディは顔をこわばらせたが、それでもきちんと席についた。
「……もうそろそろ、別々に暮らすべきだと思うんだ」
言われたことは恐れていた事で、でも微笑まなければと義務のように思った。
微笑まなければキールは心配して、また強張った微笑みのまま自分の傍に居るのだろう。
――居て欲しかったけど、キールに無理をさせたかったわけじゃない。自分はあの旅で、随分とリッドにファラにチャットにフォッグに……キールに癒されたのだから、これ以上甘えていてはいけないと思った。
微笑まなければ。
素早く自分の状態を分かってくれる、この人にもバレないように。
今すぐに、無理をしている事など分からないほどの演技力が欲しかった。
「……そだね。インフェリア男女一緒に暮らすのおかしいがことよ。キールがそう思うならそうしたほうが良い思うよ」
微笑んでいる?
上手く微笑んでいる?
メルディは自問自答しながら微笑んだ。
すると、キールは眉間に皺を寄せて悔しそうな表情を浮かべていたが、メルディにはその意味がまったくわからなかった。
「そう……か。そう、だよな」
どこか言い聞かせるようなにキールは言っていたけれど、その言葉が全てだ。だって、その裏の心は見えないから。キールは最善の答えを出したのだ。自分とキールにとっての最善を。だったら何も言えない、とメルディは思った。メルディには何が最善なのか分からないから。
メルディは微笑んだ。懸命に。
「当分、キールはどこ暮らす?リッド達は帰ってしまったよ?」
「ああ。岬の砦に当分居ようと思う。少し古いけれど暮らせないほどじゃないし、アイメンからも近いからな。……それからはのんびり考えようと思っている」
「そう、か……。じゃ、メルディ手伝うよ!」
「いや、いくらなんでも量が多いから、今は必要な分だけ持っていこうと思っているんだ。メルディに手伝ってもらうほどじゃない」
その言葉はやんわりと全てを否定されたような気がした。
それでも、メルディはただただ笑っていた。
夢が、襲ってくる。
少ない手荷物を持って、キールはメルディの家から居なくなった。
クィッキーが懸命にメルディを励ますようにぴょんぴょん飛んでいたが、それでもメルディは気分を上昇させる事が出来なくてしぃん、と静かになってしまう自分の家がこんなにも広いものだったのか、と意識した。
かたかた、と物音だけが響いては跳ね返り自分の耳に侵食してくる。
明るい声も、あの朗らかな愛しい声すらもなく。
「静かだなー」
呟いてみる。
けれど、声は空気に飲まれて消えた。
食事をしてお風呂に入ってまるで昔のようにベッドの中に入ってみるけど、ふわりとした布団はただ身体を寒々と包むだけ。
メルディはゆっくりと瞼を閉じて眠ろうとした。
夢はただ淡々と襲ってくる。
昔に植え付けられた寂しさと恐怖から。そう、淡々と。
それでも、必死に眠ろうとメルディは強く強く瞼を閉じた。
怖い。
怖い。
怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い…っっ!
夢はただ淡々と。
メルディは瞼を閉じている事が出来なくてがばっ、と起き上がった。
窓を見上げるとその上からまるで何処かの絵画のように月がぽかん、と浮かんでいた。
それはまるで、幸せだった幼い頃のよう。
「クィッキーっ!」
「メルディ!」
声が重なって聞こえてどんっ、と強い音が聞こえたほうを見ると紺色の髪がふわりと。
「キー…ル?」
「メルディ!」
ふわりと抱き締められて、布団では寒々しかったその体温が暖かく感じられた。
それがまるで暖かな夢のようで。
幼い頃に見た夢のようで。
「どうして、」
「クィッキーが教えてくれたんだ」
「クィー」
ふ、とクィッキーを見るとにっこりと優しく笑っている親友の姿が見えてなんだか泣きたくなった。
そうして、キールのほうに視線を戻すとどこか苦々しく、そうまるで悔やんでいるような表情でメルディを見ていたから、メルディは驚いていた。
でも、どうして?とメルディは思った。
キールはどこか自分を重く感じていたからこそあんなにぎこちない微笑みしか浮かべられなかったのだと、そう思っていたのに。
どうして、手を差し伸べて助けてくれるの?
「メルディには僕がいらないと思っていたんだ」
ぱっと、キールの表情を見ようと顔を上げてみると、困ったような悲しそうな表情でキールは苦笑していた。
そんなこと、あるわけないのに。メルディはそう言おうと思ったが、その前にキールが話を続けた。
「お前は夜苦しんでいても、絶対僕を自ら呼ぼうとはしなかったから。情けないけど、僕は弱いからメルディに頼られていないだろうし、信用されていないのは分かる。お前を支える事など出来ないと思ったから、僕はこの家を出たんだ」
とても苦しそうに笑うキールの顔はメルディまでも苦しくさせていて。
そんなこと、全然思わなかったのに。
ただ、キールの大切な研究の邪魔をしたくなかったから、自分のことなんてどうでもよかったから言わなかっただけなのに。
「でも僕が家を出て、お前を独りで泣かせるぐらいならどんなに僕が情けなくったって頼りなくったって、メルディの傍にいる」
「キール、でも!」
メルディはその言葉を遮った。
嬉しかったけれど、自分のためにキールに苦痛を強いる事なんて出来やしなかったから。
だから、遮った。
「キールはメルディがいるとき、とっても困った表情する!キールはインフェリア帰りたいな!」
その言葉に、キールは目を見開いてぽかんとした表情を浮かべたが、その後直ぐにぎゅうっとメルディを抱き締めた。
それがメルディにはとても恥ずかしくて、頬が赤くなるのを感じていた。
「いいんだ。薄情かもしれないけれど、僕はインフェリアより、メルディと一緒に居たいんだからな」
キールの言葉を聞いて反射的に彼の顔を覗き見してみると、キールは本当に穏やかな表情をしていたから、それは本当なのだろうとメルディはなんとなく分かった。
その瞬間、あんなに襲ってきた夢はふわり、と消えてなくなったような気がした。
結局、キールとの別居は1日と持たなかったわけで、次の日にはメルディはにこにことキールと話していた。
夢はあいも変らず襲ってくるけれど、その度にキールは支えて手を握ってくれるから。
もう、襲ってくる夢は怖くない。
>>20060524
この時点で奴らは愛を語り合っていない設定です(えー)。
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