人間界と天界の間は陸も何もなく、重力に従い落下していく。
 しかし、叫び声が上がるよりも先に神補佐の笠が植木達を拾った。

「皆さんご無事のようですね」

「ああ」

「ぶぶぶぶぶっちゃけ、ジェットコースターに乗るより怖かったけどな!」

 まだ落下の恐怖を感じているのか、淡々と返事する植木に対しヒデヨシは震えた声で自身の体を抱きしめていた。
 その傍で、パグは肩に抱いていたチコを笠の上に下ろす。

「おや、パグさん。その方は……」

「ああ、チコだ。どうやら、迷子になってあんなところまで行っていたらしい」

「そうなんですか。まぁ、チコさんらしいって言えばチコさんらしいのでしょうけれど」

 神補佐にさえそう言われるチコという人物が激しく不思議であったものの、しかしパグは軽口をたたきながらも心配そうに彼女を見ていた。
 その様子に、植木達も若干心配そうな表情で彼女とパグを見る。

「……とりあえず、天界へ行きますね」

 雰囲気を察し、端的に目的地を述べた神補佐はすぅっと笠を風に乗せるように動かした。

「ところで、いまいちよく分からんのやけどその人は一体なんなんや?」

 状況の説明を一切されなかった佐野から当然の質問が上がる。
 そこでまともに答えられそうな(パグはチコを心配そうな不安そうな表情で見ていたし、植木に説明を求めるのは勉強の才をなくした時点で無茶になってしまっている)森が三人に説明をした。

「彼女もまた、神の座を巡る争いの犠牲者だったのですね」

 天界から落とされた子供ロベルトを間近で見ていた鈴子は顔をしかめて、そう述べる。
 その言葉に、同意するようにこくりと佐野とヒデヨシは頷きチコの姿を見た。
 すると、チコの体が動く。

「チコ!」

 パグの叫びに呼応するように睫が震え、目がゆっくりと開かれる。
 光の灯った緑色の目を開きパグの姿を見たチコは、まるで状況を把握できていないようなぼおっとした表情で呟いた。

「なんだか、パグにそっくりなおじさんがいる……。結婚式では遭遇しませんでしたが、親戚の方ですか?」

 その言葉にパグはがくりと力が抜けたように肩を落す。
 しかし、安心したかのように笑った。

「チコ。そのすっとぼけた言い草は本当に、チコだな」

「へ? おじさん、私のこと知っているんですか? ……って、それよりも早く人間界に行かなくちゃっ! こんなところでぐずぐずしている暇はないんだったわっ」

 人間界に落とされた自分の子供のことを思い出したのか、がばっと上半身を起こしたチコは今にも笠から落ちそうな勢いで身を乗り出す。

「まてまてっ! とりあえず、俺の話を聞け!」

「待っていられませんっ、私の可愛い子が人間界にいるんですっ! もう、私とパグに似てとっても愛らしい子だから人間界で誘拐されたりちょっと危険な目にあっているかもしれないしっ」

 とりあえず、落ち着かせようと諌めるパグに対し、チコは自分の子供の愛らしさを言い含め身を乗り出そうとする。
 その様子を見ていた五人はまったく腑に落ちないような表情をしていた。
 その表情の代弁をしたのは森だった。

「人間界に自分の子供落とされたからって落ち込むような人にまったく見えないんですけど」

 まったくである。
 そうして、パニック状態のチコを落ち着かせるのに約三十分ほど費やしたパグは、疲れた様子で説明を森にバトンタッチした。

「ちょっと、パグさん!」

「本気で俺は疲れた。森も事情は聞いているだろうから、頼む」

 ぜーはー言いながら呟いたパグは、時空の穴で戦っているときよりも疲弊しているようである。
 ともかく、ため息をついた森はさらっと自分の聞いたことをチコに説明した。
 大人しく話を聞いていたチコは話が終わった途端、がっくりと肩を落とす。

「……まぁ、十六年ほど月日が経っていればぶっちゃけショックもひとしおだよな」

 ヒデヨシの常識的な言葉を、しかし思わぬ方向へと打ち破ったのはチコだった。

「嘘ー! まだ、あの子の名前も付けていなかったのよっ。かっこよくアレクサンダーにしようか、ちょっと可愛らしくシリクティウスにしようか悩んでいたのに! はっ、それに成長写真も一枚も取っていなかったわ! ちょっとパグ、あの子を育ててくれたところではあの子の写真撮ってそうだったっ?」

 交渉して、写真焼き増ししてもらわなくっちゃ! と述べるチコの論点は多分にずれていた。
 その横で、うんうん写真は重要だよな、となぜか納得したように植木が頷いている。

「なぁ、オッチャン。オッチャンの子供って誰なんだ? 交渉して写真もらってくるからさ」

「ほんとっ? 君、いい子ねっ」

 チコはそう提案した植木を嬉しそうに抱きしめる。
 パグは目を細めその様子を見ていた。
 しかし、植木の質問に眉間の皺を寄せると言い渋るようにうーんと唸る。

「今更血の繋がったほうの両親分かったところであっちも戸惑うだけだろ。チコ、俺のせいで悪いがそっとしておこう」

「じゃあ、私があなた方の名を伏せて交渉いたしますわ」

 体のいい断り方をしたパグに対し、親切心から鈴子がそう言葉を被せた。
 はっきり言って、パグとしては迷惑である。
 彼は悩んでいるのか、更に眉間の皺を深くしていった。
 それを見たチコは、何を思ったのかへらっと笑う。

「いいわ、貴方達に迷惑かけるようなことじゃあないし、きっとこれは私達の問題だから。君達には、随分助けられたしね」

 その言葉は、あんなに天然爆発させていたとは思えないほどに静かなものだった。

「なぁ、チコさん。俺も天界人で、物心つく前に神の座を巡る争いのため人間界へ落とされたんだけどさ」

 ぽつり、と植木が言った。
 チコは不思議そうに植木を見る。

「育ててもらった家族を、――父ちゃんと姉ちゃんを本物の家族だって思っている。だって、そうやって当たり前に家族として過ごしてきたんだからな」

 その言葉に、チコは少し悲しそうに視線を落とした。

「けど、だからって生んでくれた両親を家族じゃないなんて思わない。俺にもきっと、天界には血の繋がった両親がいるんだろうけれど――、名乗り出てくれたって出てくれなくたって俺にとっては家族だ」

 植木はにかっと笑った。
 それは、とてもとても爽やかな笑みで。

「それに、家族はいっぱいいたほうが楽しいじゃんか。きっと、チコさんの子供だってそう思っている」

 チコはにこりと笑った。

「私の子供も、君のように素敵に育ってくれていると嬉しいわ」

 まぁ、私とパグの子だからきっと、素敵にかっこよい男の子に違いないけど! とチコはぐっと拳を握り締めて言う。
 その様子を見ていたパグは、優しげに口角を上げ微笑んでいたのだった。


「ありがとうございます、皆さん。助けられっぱなしですね」

 天界に戻った植木達一行は、犬丸の元に訪れ感謝を言われた。

「困っている友人を助けるのはあったりまえやろ!」

「ぶっちゃけ非力なんだからあんまり頼らないでほしいけどな」

 にかりと笑いぐっと親指を突き立てた佐野に対し、困ったようにヒデヨシが述べた。
 二人の性格が如実に現れている。
 ヒデヨシの言葉で頬を掻く犬丸に対し、森は腰に手を当てにこりと笑った。

「ヒデヨシの言葉はあんまり真に受けちゃダメよ! あいつだって、なんだかんだ言って人助けしちゃうタイプなんだから」

「そうですわね。ああ、でも犬丸さん。困ったときばかりではなく、お茶や会うだけでもいいのでぜひ招待してくださいね。私達、友人なのですから」

 自分たちは天界にはいけないのだからと述べ、よろしくお願いしますわねと微笑む鈴子に対し、犬丸はええと柔らかく笑い返した。

「植木君」

 犬丸が一言呼ぶとなんだ? と植木は不思議そうに彼を見た。
 彼はなにかためらうように口をパクパクと動かしたが、しかしなにか吹っ切れたような笑顔になる。

「また天界にお呼びしたときは、パグさんやチコさんにも会ってくださいね。チコさん、次会うときは皆さんに手料理をごちそうするんだと張り切っていたので」

 植木は口角を上げ、少し微笑んだ。

「ああ、もちろん。楽しみにしていると、チコさんに会った時にでも言っててくれ」

 はい、言っておきますねと犬丸は微笑んだ。

「じゃあ、帰りますかー」

「ええ、帰りましょう」

 女の子二人がそう同意すると、窓の外で笠が葉っぱが舞うようにくるりと一回転した。



      >>20100914 自己満足ですー。



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