散る花




 輪廻転生という言葉を初めて聞いたとき、私は漠然と便利だなと思った。
 魂が同じで1から人生を送れるのなら、それはファミコンのリセットボタンを押してゲームを途中からやり直すのと同じ事のような気がしたから。
 でも、人づてに死ぬんだ、と言われたときに私はとても無い喪失感に心が深く暗い穴の中へ落ちていくような感覚を覚えた。
 おぼろげに詳細を話すそれを聞き流しながら思い出していたのは、たまたま駄菓子屋で遭ったアイツと珍しく喧嘩をしないでその店の前にあるベンチに座りながら喋った事だった。

「チャイナは輪廻転生って信じてるかィ?」

 うまい棒のたこ焼き味をぼりぼり貪りながら思考を読もうとするかのようにじぃっと眺めるそいつの硝子玉のような目は何の感情も見えず。
 私は酢昆布をぼりぼり食いながら、瞬時に昔人づてに聞いたことのあるその輪廻転生の意味を思い出していた。

「聞いたことアルネ!死んだあとにまた同じ自分になって生きることだろ?」

「そこまで簡単じゃあねェと思うけどな」

 顔を上げて空を眺めている。
 その表情を窺い知る事は出来ず、一体何を考えてそんなことを言ったのか、私には想像もできなかった。

「じゃあなんなんだヨ!」

 思わず苛立って叫ぶように言うと、そいつは空に向けていた顔を私のほうに寄越すと、にやりと口角だけ上げて人を喰ったような笑顔を向けた。
 それはいつもの子供じみた表情だったので、知っているそいつのままでどこかほっとしつつもやっぱり変わらないな、と漠然と思った。

「同じ人だって違う人生でしかねェ。だったら無駄だぜィ」

「無駄?」

 何が無駄なのだろう、と首を捻る私にソイツはただただ笑った。
 いつも通りの人を小ばかにしたような表情のまま。

「リセットは効いちゃいねぇし、なにより俺じゃあねぇんなら輪廻転生なんていらねーや」

 納得できる言葉だったけれど、結局そいつの言葉なんてどうでもいいというスタンスを取っている私は、酢昆布を変わらず貪りながらどうでもいいような声音で言った。

「ふーん。そんなもんか」

「そんなもんだろーねィ」

 そんなやり取りがアイツの中でどんな意味を持っていたか今理解できたって、意味がない。
 それよりも、何故そのときにアイツが話していた言葉の裏に気付く事が出来なかったのだろう?
 アイツは全く変わらないアイツのまま笑っていたから、私は…。

「神楽ちゃーん?アイツのとこにはいかねぇのか」

 万事屋のソファで寝転がっていたら銀ちゃんがひょこり、と私の表情を覗いてきた。
 乙女のプライバシー侵害だよ、と言ったら寝顔を見ることがプライバシーの侵害かよ、と笑われた。
 私がそういう気分だったのだから、銀ちゃんはそれで返してくれればいいのだ。
 憮然とした表情のまま他愛も無いことをべらべらと喋り倒す。本当は銀ちゃんの中で聞きたいことが違うはずなのにそれでも付き合ってくれる銀ちゃんは、やっぱり銀ちゃんらしいと思う。

「行かないヨ」

 忘れた頃に呟いたら、銀ちゃんはぽりぽり、と頭を掻いて酷く困ったようにその死んだような目を宙に彷徨わせた。私はその様子を見ながら、銀ちゃんの行動は本当にパピーかマミーのようだと笑いたくなった。
 そうして、どうにか考えをまとまらせたのかそうでないのかは私の知ったこっちゃないけれど、ともかく銀ちゃんは私を見た。
 それはやっぱりパピーかマミーのような表情だった。

「後悔するぞ」

「しないヨ」

 返すと、銀ちゃんは苦笑した。

「するさ。枯れるときなんてぇもんは一瞬だ。それは花であれ人であれ大差はねェ」

 枯れる、という単語にじゃあ私とじゃれていたときのアイツは満開の花だったのだろうか、と思った。
 見た目はタンポポのようだったのに、きっとその心理は棘の花のようだったに違いない。種族に翻弄された私のように。そう思ったら、なんだか笑えてきた。

「…なに笑ってんだ?」

「さぁな。乙女の微笑に秘密はつきものヨ」

 そうして、私は横になっていたソファから立ち上がると定春を呼んだ。
 定春は嬉しそうにぴょこぴょこと私の隣に来た。

「……いってらっしゃい」



 やはり、真撰組屯所は門構えだけは人を威圧するように大きいくせにどこか虚勢のような寂しさすらも感じるような場所だった。
 正攻法で入っても止められるに決まっているから適当な塀を見繕うと定春に言った。

「飛ぶヨ」

 ぴょん、と簡単に飛び越えると、真っ赤な椿が見えて中身は汗臭いおっさんばっかりの集まりの癖に風情出してどうするんだよ、とか思いながら着地すると以前見たことのある池を見つけた。
 その辺りをテクテクと定春と共に歩いていると、ぷぅんと嫌な事を思い出させるような匂いを仄かに嗅いで、私は顔を顰めた。
 きっとアイツはそこにいる。
 定春は私よりも先に走ってしまうとはっはっは、と空いている障子から入り込んで部屋を荒らしているようだった。ものすごい物音ばかりがした。
 私は少しばかり怖かったが、それでも勇気を出して覗き込んでみた。

「定春、外で遊ぶがヨロシ」

 定春が外に出て行くのを見届けた後に、中にいる人を見てびっくりした。
 喰えない笑みはそのままのはずなのに、人が斬れるとは思えない中肉中背のその姿はもっとほっそりとなっていて、頬がこけている。太陽に反射して眩しいぐらいのひよこ頭は今はパサパサで艶すらも見えなかった。なによりも誰にも負けぬはずの屈強な瞳には死の色だけが濃く描かれていて。
 でも救いなのはきっと、その瞳に負けん気の意思だけが見えることだろう。

「不法侵入ですぜィ」

 にやり、と笑うその顔に私はいつも通りにべーと舌を出すと、床についている総悟の隣に座った。

「気にするナ」

 大して表情を変えないままそう言うと、総悟はその硝子玉のように何も写しやしない瞳を私に向けるといかにもめんどくさい、といわんばかりの声音を発した。

「土方さんが五月蝿くてかなわねーや」

「それはお前がどうにかしろヨ」

「面倒な事押し付けんじゃねぇよ、チャイナ娘」

 減らず口は相変わらずなのに、銀ちゃんが言ったとおりにまるで花弁が落ちる前の禍々しいほどに艶やかで目を惹かれるような、そんな退廃的な雰囲気がそこにはあった。
 それを見たら死んでしまうんだな、という事実だけがストン、と落ちてきた。

「アンタは大丈夫かィ?」

「平気ヨ。お前、私が夜兎族だってことすっかり忘れてるんじゃないか?とうとうボケたようだナ」

「失礼だぜィ?人を年寄り呼ばわりしねえでくれや」

 ふん、と私は鼻で笑った。
 その様子にむっとしたようだったけれど、こいつは何一つ手出ししてこなくて虚しさばかりが募った。
 前だったら、喧嘩を一発でもするところだったのに。そっちのほうがよほどすっきりする。
 それが私たちのスタイルだったはずなのに。

「…もう、喧嘩出来ないのかヨ?」

「無理言うんじゃねェ。さすがにそれは無理でさァ。もう、起き上がれやしねぇんだから」

「そうか」

 呟いて、一言も言葉を発しなくなった。
 そうして随分沈黙ばかりが続いたかと思うとどたどたどた、と忙しない音が聞こえてきた。定春が誰か甘噛みでもしたか?と考えているとこいつは目で出るように合図した。

「どうしてヨ?」

 意味もわからずに問うと総悟は表情を変えずになにも感情など映さないような、いつも通りのわけの分からない雰囲気を持つ顔をして私を見ていた。
 ただ横になって、布団の上で起き上がることもせずに。

「ここに来ると他の隊員に伝染るんでさァ。さすがに此処にいるのに我侭言ってるのに、そこまで迷惑かけることは出来ねェ」

「愁傷な性格になったナ」

 私がにやりと口角を上げて笑顔を浮かべると、総悟はまったく似合わないぐらいの真面目な表情で呟いた。

「…此処が、一番大切な場所だからな」

「そうか」

 総悟の意思は同感できるほどに理解できたから立ち上がった。 そう、コイツの意思通りに他の隊員に伝染さないために。
 そうして、死んでしまいそうなこいつに笑った。

「また、来るヨ」

 総悟はにっこりと笑った。

 廊下に出てみると、どうやら定春が甘噛みしていたのは、多串君のようだった。
 真っ黒な隊服に真っ黒な髪に真っ黒な目は真っ黒が大好きなんじゃないのか、と思わせるには充分だった。まぁ、実際は遺伝と隊服であるというまったく自分の意思など介入する暇の無い姿であることは分かるけれど。
 多串君は珍しいものを見るように私を見た。というか、定春がいるのだから私がいることも容易に予想できたはずだろうけれど多串君はそこまで頭が回らなかったのだろうか。

「…総悟のお見舞いに来たのか?」

 私を眺めている表情はどこか疲れたような悲しげなような、負の感情が終結している奇妙なものだった。それは、恐らく長い付き合いである総悟を思い割り切れない思いを抱えている所為なのだろう。
 だからこそ、私は口角を上げて笑みを作った。

「ああ。死にそうだったナ、アイツ」

「…だろうな。もう、末期だ」

 多串君はただでさえ奇妙な顔を歪めて悲しそうな表情をしたから、私はニヒルな笑みを作り続けた。
 多串君が苦しむ事をあいつはまるで望んじゃいなかった。きっと、その逆で幸せに生きるように、とこの場所を作り上げた真撰組全員に思ったはずだ。
 それは、私も同じ思いをいつも万事屋に持っているから。
 人数の差はあるけれど、心はまるで変わることなどない。

「色町に行ったみたいだったヨ」

 まるで関係のないことを言っているような私の言葉に多串君は目を見開いて私を凝視した。
 きっと、その意味が何処にあるのか瞬時に理解する事は出来なかったのだろう。
 じぃっと私の考えを探るように多串君は私の瞳を見つめながら、ツッコミを入れるように大げさに叫んだ。

「行ったことあるのかよッ」

「ないけどナ」

 そんなの当たり前だろう、と笑うとようやく多串君も笑った。

「しかし、末期の病人に向かってその言い草はなんなんだ?」

「多串君は知ってるだろ?」

 何をだ、と顔を歪ませる多串君ににっこりと笑ってやった。

「退廃的なところは色町となんら変わりないヨ」

 定春、来い。と呼びよせると、定春は大人しく私の隣に来たのでくるり、と多串君に手を振って歩いた。
 既に来た事はバレたのだから、帰りは正攻法で帰っても構わないだろう。



 次の日から、朝起きると直ぐに真撰組の屯所に行って夕暮れ時に帰ってくるような事を繰り返した。
 その事に関して銀ちゃんも新八も何にも言わなかった。
 きっと知っているのだ。
 もう、命の灯火が消えてしまう寸前だということを。

「また、生まれ変わるのかねェ」

「輪廻転生、か?」

 いつの日だったか、他愛も無い事の一つとして喋っていたその内容を思い出した。
 くるくると回って人は生まれ変わり、死んでいく。そしてまた生まれ変わり同じように死ぬのだという。それはリセットしてやり直しているようで、そうではない螺旋のような繰り返し。
 総悟は別にそれに返す事も無く、ぽつりと呟いた。

「…今度は寿命を全うしてぇもんでさァ」

 吐息を吐くように呟くその声音はもう、力を持っていなかった。
 私は表情も変えることなく、今まで総悟に接したままの通りにそっけなく言ってやった。

「今のお前の寿命は今だったんだろ?」

「そうかもしれねェが、若いうちに命を散らせるのは周りにも本人にとっても傷は大きいからな」

 言葉は深刻なものだったのに、ふわりと笑ったその表情は今までに見たことの無いぐらいに安らいだものだった。私に見せるには奇妙なほどの。
 黙った私に、総悟は頭を斜め横にし私を眺めるように視線を送るとにやりといつものような喰えない笑い方をした。先ほどの笑みがまるで幻だったのだといわんばかりに。

「チャイナ娘、アンタは俺の葬式でも笑っていてくれや。それが救いでさァ」

 私は敢えてその返事をしなかった。
 する必要がなかったから。
 それは総悟も理解していたのか返事を求めずに無表情のまま、私を見ていた。

「生まれ変わったら…」

 その代わり、別な言葉を紡いでいた。
 生まれ変わったら、なんて残酷な事だと知っているのに。

「また、喧嘩しろヨ」

「勿論でさァ。今度こそ、決着つけようぜ」

 そう笑う、総悟の表情は死に行く前の退廃的な美しさなんかじゃなく、確かに健康だった頃の太陽の下が似合うような明るい笑顔だった。
 そして、総悟は息を引き取った。

 私が通って1週間目の事だった。



 葬式には真撰組関係の人がほとんどだったけれど、一応万事屋とも知り合いではないと言えぬほどには知り合っていたので葬式の列に参加した。
 私は総悟の言葉のとおりに決して泣きなどしなかった。
 寧ろいつも通りに笑い飛ばしていたら、多串君が顔を歪めて私を見た。

「お前は悲しくないのか?」

 筋肉を引きつらせて笑った。

「悲しいヨ」

 私と多串君の見送り方が違うだけだ。
 喪主を務めて忙しそうなゴリラは私と多串君のやり取りに目を配らせたのか、ぱたぱたと走ってやってきた。

「トシ。チャイナさんは、総悟に安心していって欲しいから笑っているんだ」

「…ああ、分かっているさ」

 お人好しのゴリラらしい言葉に多串君は同意を見せながらも、泣き腫らした目で私を睨んで言葉を紡いだ。

「だが、あんたの心が泣いていりゃあ、アイツだって安心していけないだろうさ」

「それは私の勝手だろう?総悟になんと言われようと私の心は私のものであって、決して総悟のものじゃないからナ。…だから、また遭遇するまで私は笑い続けるヨ」

「そうか」

 その言葉に、多串君はふっと表情を緩めた。
 この葬式で初めて見せた泣きはらした顔と仏頂面以外の表情だった。

「多串君に言われる事じゃないけどな」

 私は軽く言葉を叩くと笑って、何を考えているのか分からない葬式だというのにあいも変らず死んだ目をした銀ちゃんのところへと走った。
 この寿命を全うして、輪廻転生した暁にはまたアイツと喧嘩できるだろうか?



      >>20051005 言いたいことを詰め込みすぎた感のある文章だなぁ。



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