何かを取り戻して果たしたいと願っていた。
抱き締める要因
小さい頃からなにか、小さなしこりのようなものがあった。
それは物心ついてから常に思っていた事で、大きくなっていってもそれがなくなることはなかった。
でも、小さなしこりのようなもので例えば小さな約束を果たせなかったときに残るようなもののような気がしたから、私は積極的に誰かと遊んだりしてそれを果たそうとした。
けれど、それがなくなることはなく。
それと同時に、何故だか無性に心をかきむしりたくなるような感覚に襲われてはこれは一体なんなのだろうか?と悩むときがあった。
それがなんなのか気付いたのは9歳の頃で、家で買っていた兎の定春が死んだときだった。
苦しくて苦しくて胸をかきむしりたくなってこれはなんなのかマミーに聞いたら、マミーはなんだか疲れたような涙を流す直前のようなまったく奇妙な顔をして笑って、
『それは悲しいって気持ちなのよ』
って言って、私をぎゅうっと抱き締めた。
だから、私はときどき心をかきむしりたくなるようなこの気持ちは悲しいって気持ちなのだとようやく理解した。
そうして、小さなしこりと胸をかきむしりたくなるような悲しいって気持ちを何故だか持ち続けた私は、他国の戦争で傭兵をしていて長年いないパピーの書斎で一つの国の本を見つけた。
その国は私の小さな心を何故だか安心させた。
悲しい気持ちもしこりもその国の本を見ているだけで何故だか小さくなったような気がして、幼心にこの国に行けばこの奇妙な気持ちは消えてなくなるんじゃないかと思った。
それよりも何よりも、何故だか奇妙なぐらいに懐かしさとマミーの腕の中にいるような安心を覚えるこの国に私は行きたいと強く願ったのかもしれない。
マミーにそれを相談したら、マミーは
『神楽はまだ小さいから駄目よ』
って少し苦笑されて言われたのでちょっぴ悲しくなって、それでもパピーの書斎から盗み出したその国の本を暇なときがあれば眺めていた。
それでも、私はどうしても諦め切れなくて絶対どうにかしてこの国に行こう!と心に決めながらも、パピーがいなくて二人っきりのこの空間にどうしてもマミーを残して私の行きたいところへなんていけなかったから、野望を実行する事が出来ないでいた。
しかし、転機は意外なところから訪れた。
マミーがその国へ留学する手続きをしてくれたのだ。
もしかしたら、私がその国の本をずぅっと見ていたのを不憫に思ってくれたのかもしれない。理由はわからなかったが、とにかく嬉しかった。
それと同時にマミーを一人で此処に置いて行っていいのか分からなかった。
「マミー…、行っていいの?」
「ええ。神楽にまでお父さんのように傭兵になられちゃ困るし、なにより行きたかったのでしょう?」
「でも、マミー一人ぼっちだよ?」
「気にしなくていいわ。お父さんもいないことだし愛人の一人や二人ぐらい作ろうかしらね?」
くすくす、と冗談交じりに話すマミーは私に心配をかけまいと気を使っているようにも見えた。
マミーは私なんかよりとても強いから大丈夫だとは思うけれど、それでもマミーのことはとても心配だった。
「行ってらっしゃい。子供は親の手から羽ばたくものよ」
マミーはずっと私のことを優先にしてくれた。
そうして、私は今江戸に居た。
かぶき町より少し奥にあるところに全寮制の学校があるらしい。
私はスポーツバック程度の少ない手荷物を持って来たのだった。
空港に降りればこの二つの気持ちがなくなるのか、と思えばまったくなくなっておらず、じゃあこの国に来たことを実感すればこの二つの気持ちがなくなるのか、と思えば確かに私は江戸に来たのだと実感しているのにまったくなくなっておらず、困惑する。
この小さなしこりと悲しい気持ちは案外範囲の狭いところであるのだろうか?
それはともかく、ととりあえず寮らしきほうに顔を出すとくるんくるん跳ね回っている天然パーマの白衣を着た人と遭遇した。
銀色の髪は私の周りでまったく見たことが無くて、そのきらきらと輝く様はパピーがこっそり見せてくれた刀の刃のようで綺麗だと思った。
それに反して目が死んでいたけれど。
「あー…、お前が留学生か?」
「私のことを聞く前にまず名を名乗るネ!」
「はいはい、俺は坂田銀時。ここの学校でセンセーをしていますよ。ハイ、そちらさんは?」
「私は神楽!」
「おう。やけに日本語の上手い転校生だなァ。じゃ、こっちこいや。お前の部屋とこの寮のルールを教える。…くぅ、あそこで負けてなけりゃ今頃……」
「早く案内するがヨロシ」
漫画でしか見ないような牛乳ビンの底のように厚い眼鏡を上げると、ぶつぶつと愚痴をこぼしていた銀時センセーを急かした。
銀時センセー…銀ちゃんって言ったら容認してくれた…が案内したのは二人部屋の一室だった。丁度私が奇数になるらしく同室の人は居ないらしい。
銀ちゃんの説明は全部ざっくばらんで微妙に役に立たないものばかりであったが、この人の身に纏っている雰囲気は何故だか酷く安心を覚えた。きっと、銀ちゃんは私がそんなことを思っているだなんてまったく考えていないだろうけれど。
女子寮と男子寮があるらしく、女子寮の寮長である志村妙さんはとても優しそうな人だった。
傘を持って歩いてもいいか、と聞くとどうして?と問われたが既に半身であったそれを置いておく事が出来ない、と答えると許してくれた。なんだか、優しさと強さを感じる非常に美しい人だと思った。
で、銀ちゃんの説明によると今は夏休み、という期間中で学校が始まるのは1週間後だという事だった。
門限さえ守れば街を出歩いてもいいらしいので慣れればいい、と銀ちゃんに髪を撫でられた。一瞬セクハラで訴えようかと思ったけれど。
ともかく、次の日から私はかぶき町を歩くようになった。
凄く濁った、人の生き死にが激しいとてもエネルギーの強い町だと思ったけれど、この町の空気は私に合っていたらしい。もともとこの街に住んでいたかのような慣れの早さに戸惑うと共に来て良かった、と思った。
けれど、それでも私の中にある心をかきむしりたくなるような悲しみと、小さなしこりがなくなることはまったくなかった。
そんなある日、降り始めた雨にいつも持ち歩いていた真っ赤な傘を差して公園に来ていた。
小さな鳴き声が聞こえて、私はそれにつられるように歩いていた。
草陰に隠れて見えたのは――金色の髪。
それはまるで、ひよこを思わせるような明るい色だった。
その髪の持ち主は私の物音に気がついたのか不意に振り返った。
何故だか視界がぐらりと揺れ、花が枯れる前の退廃的な美しさを思い出した。
しかし、そのめまいのような感覚が終わったかと思うと、目の前に居るのはまるで正反対のどこか人生舐めきっているような無表情で端麗な顔に似合わない強い光をその瞳の奥に持ち合わせている、まるで太陽の下が似合うような綺麗な男だった。
どうして退廃的な美しさ、だなんて思ったんだろうか?と不思議に思ってじぃっと男の顔を見ていると、男は無神経に顔を見られていることにムッとしたのか、睨みつけるように私を見た。
何故だか胸がわくわくしてたまらない。
「何かついてるのか?」
「…鳴き声が聞こえたアルヨ、お前、知らないか?」
「ああ、これの事でさァ」
ふっ、と身体を避けるとそこにいたのは小さな子犬だった。少し変わった眉をしている。…昔、本で見た事がある勾玉みたいだった。
その白い子犬は私の心をぎゅうっと引き寄せた。
「定春」
あわせるようにくぅん、と鳴く声に何故だかしっくり来るものを感じて、私は定春を抱き締めた。
寮だから無理かもしれないけれど、出来る限り置いてもらえるように交渉しよう。
何故だかあの学校には優しい雰囲気を感じる。もしかしたらあの学校に住んでいる人たちに、なのかもしれないけれど。
「じゃ、チャイナ娘まかせた」
「おう、任せられろヨ!」
「じゃ、俺はこの辺でお暇しまさァ。元気で」
去っていくあいつに何か投げつけたくて、大切な傘を投げつけると定春を抱いたまま走った。
「返しに来いよッ、総悟!」
遠かったから聞こえただろうか。
咄嗟に出た名前は知らないものだったけれど、叫んだら満足したのでそのまま寮に帰った。
定春は銀ちゃんのところで飼ってもらえる事になった。でも、銀ちゃんは育て居るのめんどくさいとか言いやがったので、学校にいる間は私が面倒を見るのだろう。
傘がない事に妙――姉御と呼んでいるけれど――は心配して聞いていたが、返しに来ると断言するとニッコリと笑って同意してくれた。さすがは姉御だ。
それから学校が始まるまでの残り3日間、何度もあの公園に足を運んだけど偽名・総悟には出くわす事はなかった。
1年Z組は銀ちゃんが担任なのだという。
夏休み明けの転校生というのは中途半端すぎて不自然だ。これがまだ2年とかだったら別段変でもないのだろうけれど、1年だから違和感はある。それ如きでやられるような体質でもなかったし、なんだかこの学校を包む雰囲気というのが私にぴったりだったので問題は何一つない。
「銀ちゃんッ、定春どうしたヨ!」
焼け爛れそうなぐらい危ないおっさんが銀ちゃんにクラスの前で私を引き渡したので、私は定春の顔を思い出して叫んだ。
銀ちゃんはやる気の無い半目のまま思い出したかのように言った。
「ああ、持って来たよ。留守中に暴れられちゃたまんねェ」
「定春はそんな酷い子じゃないヨ、銀ちゃん私たちの子供を信じちゃいないの!?」
「おいおーい、何時からあのわんこがお前と俺の子になったんだ〜?」
「知らない、貴方なんかもう知らないワッ」
そんなことを言っていると、廊下と教室の境界線の役割をしている窓が空いて、メガネをかけた男がやや呆れたような目でこっちを見ていた。
「漫才する前に入ってきてもらえませんかね〜?」
「あ〜、わり。ともかくほれ、定春だ」
銀ちゃんの白衣の中から真っ白な犬がぴょこん、と私に抱きついてきてそのふわふわの毛並みを抱き締めているととても嬉しくなってきた。
「あー、先生学校にペット持ってくるのは禁止ですよ〜」
眼鏡男の後から妙に地味な奴がそんなことを言っていた。
銀ちゃんはそれに答えずにがらがら〜と戸を開けると、そのまま教壇へと向かってしまったので、大人しくその後をついていくと、真っ黒髪の真っ黒目に学ランまで真っ黒すぎて、お前は烏か!と突っ込みたくなるよな男の隣に、定春を拾ったときにいたあの何故だか退廃的な美しさだと思ってしまった、ひよこ頭の男がいた。偽名・総悟だ。
「あッ、偽名総悟!」
指差しで言ったら、隣のまっくろくろすけがものすっご笑ってた。
「お前、何時から偽名が苗字になったんだよ?」
「センセー、土方さんやっちゃっていいですかー?」
偽名・総悟が挙手をして銀ちゃんに許可を求めている。
銀ちゃんはさしてやる気が無いままに隣同士の席でにらみ合っている二人をだらりと濁った目で一瞥して、間延びした声で言った。
「あー、もうちょっと待て。この転校生を紹介してからにしてくれ」
「ちょ、少しは止めろよ、坂田!」
カラス男はぎっ、と鋭い目で銀ちゃんを睨んでいるが、銀ちゃんは見事なぐらいその視線をかわすと私の頭にぽんっ、と手を置いてめんどくさそうに言った。
「あー、これ留学生の神楽。皆仲良くしてやってくれや。自己紹介はいいだろ、少なくとも総悟は知っているようだし」
「あれ、本当に総悟って言うのか?」
「え、なにお前総悟の名前知らずに呼んでたわけ?」
やや驚いたように銀ちゃんは言ったが、私だって何故当たったのか良く分からない。
けれども、まぐれ当たりでも私の勘が良くてもまぁどちらでも大した違いは無かったので、別段気にすることなく銀ちゃんに即答した。
「うん。ちなみに隣の真っ黒い瞳孔開いている奴の名前は多串君だと思うんだけど当たりか?」
「当たりでさァ。さすがはチャイナ娘」
それは銀ちゃんに聞いたはずなのに何故か総悟が代わりに答えていた。
にやりと口角を上げて笑っている総悟に私は同調するようににやり、と口角を上げて笑った。
けれども実際は全てが同じなわけではない。
120%アイツのほうが腹黒そうだ。
「やっぱりナ。私の感は鋭いアルヨ」
「十中八九外れだァアアァァァァアァッッ!」
怒った多串君が叫んで立ち上がりながら私と総悟を交互に睨みつけていたが、私は別段表情を変えないままさくっと言った。
「短気な男はモテないヨ。銀ちゃん、私の席どこ?」
「ああ、あそこの窓側の席だ」
何かを一通り話して竹刀でつばぜり合いをしている総悟と多串君の席をちらりと見ながら私は決められたその席に座った。総悟の鞄の脇に私の赤い傘が置いてある。
くぅんと鳴く定春ににっこりと笑顔を付け足すと、なんだかとても嬉しくなって窓の外を見た。
空は何処までも澄み切っていて、まるで群青日和。
そういえば、何時の間にかあの心をかきむしるような悲しさが消えている事にふと気が付いた。
定春のお陰だろうか?
私は、この国に来て良かったと思った。
>>20051012
どうにか題名を捻くりだしました。
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