生きていたいと思ったんだ、君の顔を見るたびに。




             同じで違う色




 一般的な高校三年生は受験でぴりぴりしているっていうのに、3年Z組ではそんな雰囲気など何処にも見当たらなかった。担任の銀時先生が酷くのんびりとしてどうでもいい、と言わんばかりの現代人そのままの性格ゆえにか、それを反映したように3年Z組ものんびりとしていた。
 俺は土方さんの隣でのんびり寝ているのにも飽きたので、授業をサボってして屋上へと登った。
 雲ひとつない青空はとても綺麗で、人間のちっぽけな悩みなんてどうでもいいと思わせる。
 もっとも俺にはそんな悩みなんてなかったのだが。
 日陰に座って、自作のアイマスクを装着してポカポカ陽気の中眠りについた。

 目を開けてアイマスクを外すと一面に真っ赤が入り込んで、驚いて隣を見ると桜色の髪を持った留学生が眠っていた。
 一面の真っ赤はこいつがいつも持ち歩いている傘だという事に気がついてほっと胸を撫で下ろすと、腕時計を見て時間を確認した。
 既にお昼前。
 食事を逃すと隣のこいつはものすごい剣幕で怒るだろう、という予測がついたのでゆさゆさと肩を揺らして、俺にしては随分優しい起こし方で起こしてやった。

「起きろよ、神楽」

 覚醒のためのうめき声をあげて、ゆっくりと瞳を開けていく。
 俺はコイツの瞳が好きだった。
 何者にも屈せず媚びたり卑屈になったりしない、ひたすらに真っ直ぐな目。

「んんっ…、お昼か?」

「そうでさァ。どうせ、神楽は早弁したんだろ?売店にいかないとパン、売り切れるぜィ?」

「飯!」

 食事の話をすれば直ぐに覚醒したらしくぱっ、と立ち上がると俺の腕を引っ張った。

「行くぞ!食事は戦争アルヨ!」

 俺に誘いをかけてくれる、その真っ白な腕に俺はふんわりと柔らかいものを感じながら急かされるままに、売店へと急いだ。



 午後の授業は真面目に受けて、掃除の時間になった。
 いつものように土方さんにちょっかいをかけつつ、適当に掃除をする。

「そんなところに居ると邪魔でさァ。ちょっと焼却炉に入ってくだせェ」

 いつものように淡々とした口調で言うと、土方さんのこめかみがヒクヒクと動いてだんっと一歩俺の方に踏み込むと、瞳孔を開いたまま俺をにらみつけた。
 既に戯れの一環なので、それほど怖くは無い。
 土方さんも本気で怒っているが、俺の言葉がそれなりに戯れであることを心の奥底では理解している所為だろうと思うが。

「お前は俺に死ねといっているのか!」

「ゴミはゴミらしく焼かれてくだせェ」

「…分かった、俺に喧嘩を売っているんだな総悟。ボコにしてやっからこっちに来い」

「返り討ちにしてやりやす」

 俺にとっては言葉遊びを炸裂すると、箒を竹刀代わりにして本気で叩き込んだ。だがしかし、さすがは土方さん。そうやすやすとやられてくれない。
 まぁ、それが楽しいのだけれど。
 ちらり、と見ると山崎はミントンを一人で振っているし、神楽は何故だかゴミ箱を振り回してゴミを床に撒いていた。
 そんなクラスの様子にふっと笑ってしまうと、ぐらりと目の前が揺れたような気がしてがたんっ、と遠くで音が聞こえた。何時の間にか床に面していた俺の顔を、土方さんは酷く驚いた様子で覗き込んでいる。
 神楽も同様に。

「どうした、総悟!?」

「何かしたのか?多串君程度にやられる輩じゃないだろ?」

 そんな様子に俺自身も倒れた事に驚いていたのだが、何よりこの3年Z組のみんなを心配させる訳にはいかないなぁ、と思ってさっと立ち上がると、いつものように口角だけを上げて嫌味な笑みを作り上げた。

「こうでもしなきゃあ、土方さんは俺に勝った気持ちを味わえないでしょうから」

「んなことしなくともお前に何ぞ直ぐに勝てるわ!」

 俺が叩いた軽口にクラスメイトは酷くほっとしたような表情を見せて、再度掃除へと戻っていった。
 その眩暈が全ての始まりだなんて知らずに。



 それから、俺はよく眩暈を感じるようになった。
 それと共に呼吸困難に陥り、剣道をしている間でも息苦しさにしゃがみこんでしまう事が多くなった。
 食欲もだんだんなくなり、体重も減ってきている。なんだか身体が熱っぽく感じて測ってみると37度台の微熱を常にもっているようだった。
 それでも直ぐに治るだろうと放って置いて、1ヶ月程度が過ぎた。
 今日もまた授業をサボって、まっさらな空を見上げていた。
 俺の姿に不信を持ったのか、土方さんはよく病院に行け!と怒鳴るのだが、俺はそれを無視していつも学校に居た。
 確かに体調は芳しくないけれどそれでも大丈夫だなんて、なんとなく思っていた。

「総悟〜」

 声が聞こえて、そちらの方向を見ると桜色の頭がひょこりと見えて、神楽なのだと視覚した。
 神楽はにっこりと笑顔を作ると俺の横に座って、赤い傘をくるくる、と回している。
 彼女はとても日に弱いらしく、いつも傘をさしていなければ駄目なのだそうだ。

「銀ちゃんの授業ぐらい出ろヨ、オマエ」

 神楽は俺たちの担任、坂田銀時を盲目的に慕っていた。…何故だかお父さんに接する娘のようで、それでいて甘えているのは親ではないからかもしれないなぁ、となんとなく思っていたのだけれど。
 俺は微熱で朦朧としている頭のままにやり、と笑った。

「坂田さんなら大丈夫でさァ。サボりに文句をいわない人だぜィ」

「でも銀ちゃん、総悟のこと心配してたヨ」

 顔を歪ませて、それでも声は平坦なまま呟く神楽に、俺はくすりと小さく笑った。
 神楽の言葉も、坂田さんのへらへらしてふらふらしている外見からは想像できない面倒見のよさも、想定内だったからだ。
 本当に、俺の周りにはいい人が集まっていると思う。

「そうだろうな、あの人はそういう人でさァ」

 俺の言葉にぴくんと眉を吊り上げた神楽は、くるくると赤い傘を回す手を止めてじぃっと俺をにらみつけた。
 分かっていても心配かけている俺に、神楽はなんと思ったのだろうか。

「だから、心配かけんなヨ」

 出てきた言葉はたったそれだけだった。

「なるべくそうするつもりだ」

 にやり、と笑うと共に咳が唐突に出てきて、おもわず手で押さえた。
 ぷぅん、と血の匂いが漂っていてなんでだろう、とその手を覗き込むと血で手が赤く染まっていた。

「総悟っ」

 悲壮そうな声が神楽から出て、真っ青になっているその表情にああ、申し訳ないことをしたなぁと唐突に思ったけれど、どうしようもなくて二人とも固まっていた。
 空は青いのに、手の中は血で染まっているだなんて、あんまりにも滑稽すぎる。



 医者の診断を受けたところによると、結核の一種なのだという。
 病原菌は薬で殺していくのだが、病原菌だって薬に免疫がつく。そして、そのときに進化した結核菌は効いていたはずの薬がまったく効かなくなるのだ。…つまり、俺はとても厄介なものにかかってしまったようだった。
 前の結核菌のように咳による空気感染はないとの話だったが、強すぎるその結核菌はすでに俺の肺を征服し、殺していくだけなのだという。
 つまり、もう打つ手がない。
 その話を聞いたとき、俺の親は泣いていた。
 でも、俺は何故だかまぁ、いいかと思った。
 残された時間があるだけマシだ。
 医者は学校に行っても良い、というので体力が続く限りは学校に行こうと思った。
 3年Z組の雰囲気はとても好きだったし、なにより神楽と馬鹿騒ぎをしたかった。
 学校に行くと土方さんはこの世の終わり、ぐらいに悲壮そうな目で俺を見るから俺は笑い飛ばしてしまっていた。

「なに貧相な顔しているんでさァ。土方さんが死んでしまいそうですぜィ?」

「総悟、お前ッ…」

「気にすることはありやせん。これが俺の運命とやらだったんでさァ」

 笑っても、土方さんの瞳の奥から悲しそうな光が消える事はなかった。
 俺はため息をついて、土方さんの隣に居ると心配ばかりかけそうだなと思ったので、席を離れるといつものようにサボって屋上へと登った。
 そして、ほどよい日影の場所を見つけると手製のアイマスクをつけて眠りに付いた。

 目を開けて、手製のアイマスクを取ると赤が目の前に広がった。自分の口から吐いた血を思い出して無性に怖くなったら、ふわりと赤は急に消えて、目の前に踊り出たのは神楽の顔だった。

「総悟らしくないネ」

 言われた意味がわからなくて神楽を見ると口角を上げてにやり、と笑った。

「赤を怖がるなんて、総悟らしくないネ。赤が血だと思うんなら、私の傘を思い出すアルヨ。私の傘は綺麗だろ?」

 その言葉に俺は心のどこかでほっと安堵するのを感じた。
 ずっと、血を恐れていた。
 自分の命を削っていっているという証拠の血を。
 けれど、神楽は何も変わらずに神楽のままだったので、俺は呆けたまま同意した。

「…ああ、綺麗でさァ」

「綺麗なものをオマエの血と同一にするな」

 ぎっと睨みつけて言われた神楽の言葉に、俺はそうだよなぁと素直に納得した。
 神楽の白い肌と桜色の髪に似合う、あの傘を俺の血なんかと同じだと思ってはいけない。
 何故だか、そんな風に素直に納得していた。

「すまん」

 素直に謝ると、神楽の表情が緩んでごくごく自然な笑顔を俺に向けた。
 それは、とても神楽らしい真っ直ぐなまでの太陽の光のような笑顔。

「分かれば宜しい」

 呟いた言葉と共に目に宿るその光はいつものようにただ真っ直ぐに透き通っている、俺の好きなものだった。

「神楽」

 俺が呼ぶと、神楽は嫌そうに表情を歪める。
 喧嘩ばかりを繰り返して、楽しみながらもいつも敵対の意思を揺らげなかったが故の結果だ。
 それでも互いに心の底から嫌いあっているわけではない、と思っているのだから一種性質の悪いものかもしれない。
 そんなどうでもいいことが頭をよぎった。

「なんだヨ」

 話を続けない俺を訝しげに思ったのか、神楽は先を促す。
 俺は別に皮肉めいた笑みを浮かべる訳でもなく、ただいつもの通り無表情のままなんてことの無いように、言った。

「好きでさァ」

 告白すると、ひゅぅっと空気を飲む音が聞こえて神楽の表情を覗き見しようとすると、少し頬が赤くなっているのが分かった。神楽の肌は透き通るほどに白かったので尚更。
 いつもは不遜で俺にも引けを取らぬほどの格闘センスの持ち主だというのに、その少女らしい反応に少しだけ俺は笑った。
 神楽は怒ったように眉を上げて俺を睨むけれど、頬が赤くなったままじゃあ迫力に欠ける。

「好きでさァ…、神楽のこと」

 死の宣告を受けたのに、空は相変わらず青かった。



 病名がわかったと同時に急激に状態は悪くなっていって、直ぐに学校に行けなくなってしまった。
 床で寝ているだけしか芸のなくなった俺に、土方さんや近藤さんは毎日見舞いに来てくれた。そのたびに見せる悲しげな表情は俺に罪悪感ばかりを植え付けて、酷く申し訳なく感じた。
 3年Z組のみんなもお見舞いに来てくれたのだが、神楽だけ姿を見せる事はなかった。
 窓の外には青空が広がっているけれど、あの屋上で見たみたいに青空を間近に感じる事は無くなっていた。その事実に死んでしまうのだな、と妙に納得させられた。
 そうして、流れていく時間を無駄に過ごしながら、死ぬそのときを白い布団の中でじっと待っていた。
 この生活に突入するとその日から毎日、日が暮れてくると部活を終えた土方さんが飽きもせずに俺の顔を見に来た。
 今日も例外ではなかったようで、土方さんは俺の家に来た。

「なにサボってきてるんでさァ、土方さん」

 剣道という競技に全力を注ぎ、近藤さんが作り上げてきた剣道部を強くする事に尽力を注いでいた土方さんの変化に俺は笑った。
 土方さんは俺が揶揄しても、表情を変えることなく青白くなってしまった俺の顔を眺めながら、その黒い目に悲壮そうな色を宿していた。

「剣道部には顔を出している」

「けど、前より手を抜いているじゃありやせんか。そんなことじゃあ、直ぐに弱くなりますぜ」

「お前が気にすることじゃないだろう」

 視線をきょろきょろと彷徨わせて、仏頂面のまま呟く。
 仏頂面で誤魔化してはいるが、その目の動きが罪悪感を覚えていることを示している。
 この人は、バカだ。

「土方さんが馬鹿だから言ってるんですぜィ。部長が誰よりも早く帰ってきてどうするんでさァ」

 思ったことをそのまま口に出したら、土方さんは怒ったように身を乗り出した。

「あのな…っ」

「そんなこと、誰も望んじゃいやせん」

 にやり、と笑っても土方さんは何も言わず。
 俺にいつものように学校であった事を話すだけだ。この人も、いい人過ぎる。なにより情に厚いところが近藤さんとまるでそっくりで、俺のことなんか気にせずに剣道をすればいい、と思うのに俺に話し掛けるのだ。
 俺が死んだ後も俺のことを引きずりそうで嫌だなぁ、なんてなんとなく思う。

「…あのチャイナ娘は来ていないのか?」

「神楽は神楽なりに忙しいんでさァ。まるで土方さんとは大違いですぜ」

「その減らず口叩き割ってやろうかァアアァァアアァッッ!」

 いつもの調子の土方さんににやり、と口角を上げながら話ばかりを聞く。
 そうして、今日も神楽の姿を見なかった。



 誰も来ない昼間前ぐらいだろうか?
 ふと、窓辺に気配を感じてそちらに頭を向けると、いつもの真っ赤な傘にふわりと揺れる桜色を見つけて、心が沸き立つのを感じた。
 にやり、と笑った表情はいつもと何一つ変わらなかった。

「…神楽」

 開けっ放しの窓を開けて不法侵入してくる。
 此処は4階なのにどうやって窓まで来たのかは甚だ疑問ではあったが、この人に聞くのは野暮というものだろう。

「久しぶりだナ、総悟」

 枕もとにすとん、と座ったその瞳は土方さんや近藤さんのような悲しみに満ちた光を何処にも感じなくて、何故だかほっとしていた。
 一瞬、くしゃりと表情を歪めた神楽はやっぱりいつものような人を小ばかにした無表情のまま言った。

「銀ちゃんに説得されて来たネ。本当は死ぬまで総悟に会うつもりはなかったヨ」

「薄情でさァ」

 本当は別に薄情だなんて思っていなかった。
 人一人が死ぬのだ。それも、自分といっしょに馬鹿やってた人間が。
 いくら神楽が強い女だからってそれを割り切るのは難しいと思う。
 そして、死ぬと決まっている人間と残り少ない時間を過ごすのか、それとも過ごさないかはその人の自由でいいと思う。
 俺がどう思ったところで、置いていく事に変わりはないのだから。
 けれども、神楽の言葉はそんな悲壮めいたものではなく。

「オマエに情を掛けてやる必要もないだろ?」

 その言葉はあくまで神楽らしいものだった。
 だから俺は、不遜げに言い放つ神楽の言葉になんだかほっとした。

「そうだねィ」

「私の自己満足に付き合え」

 自己満足だと言う、神楽の言葉に少し笑いながら俺は同意した。

「勿論でさァ」

 そうして、一週間ずっと神楽は俺の下に通い続けてくれた。
 俺が、死に旅立つまで。



      >>20051015 病状は騒音さんの創作です。



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