輪のやうに。




             メビウスの輪




 昔から変な力があった。
 例えば、寺子でテストをしているとその答案用紙に書こうと思った文字が書いてあり、赤で丸バツが付いているのだ。
 何にも思わずにたまたま丸バツの二択問題であったから、見えたとおりに赤でペケがつけられている所に逆の答えを書いたら満点を取ってしまい、基本的にあんまりテストの点数は良くなかったのでカンニングしたのではないか、と怒られた。
 それから、そうすると怒られるっていうのが分かったので、テストの結果が見えてもそのまま自分の思ったとおりに書くことにした。
 他にも、近藤さんが剣術を教えてくれるときにここにくるなぁ、という軌道がその前に見えて、ふっと避けたら酷くびっくりされたこともあった。…まぁ、そのお陰でほとんど怪我することなく剣の腕を上げる事が出来たので問題はなかったりする。
 それは、未来を見る能力のようにも思えるのだが、そうでもないようだった。
 時々、変な服を着た土方さんが見えたときもあった。それは見たことのない室内…?だろうか、四角い箱の中に机が置いてあって、他の生徒も土方さんと同じ服装をしていたりもした。それは未来なのかもしれないし過去なのかもしれないが、今の俺が生きている時代ではない事だけはわかった。
 まぁ、その変な力は別段言わなければ周りはなんとも思わないようだったし、それほど凄い能力という訳でもなかったので、適当にかわしながら使いながら生きてきていた。

 変な力と折り合いをつけて生きてきた中、真撰組を近藤さんが立ち上げ、俺達は幕府の犬という役割で生きていた。
 後処理で人を殺すたびに血なのかもしくは別のものかは分からないが綺麗な赤を思い出して、感情一つ動かさなかった俺を周りの人間は冷徹だなんだと騒ぎ立てたが、どうしても血を忌むものだと思えなかった。
 綺麗な赤が見えるのだ。くるくるくる、と回って少女の声が響く。
 なんと言っているのか、聞き取れぬけれどふわりと見えた赤と青と桜色が何故だか酷く穏やかな気持ちにさせた。

 武装警察の仕事である巡廻のため、俺はかぶき町を歩くことになった。
 いつもは土方さんやその他の真撰組隊員と二人一組で歩いていくのだが、転寝をしていたら土方さんに怒られて俺一人で歩くことになった。
 適度に視線を彷徨わせながら歩いていると、万事屋と書かれた看板が目に付いて、ぐらりと視界が変化した。

『うぜーんだヨ、オマエ。やろうってのか?』

 ごく小さな少女が俺を睨みつけて口角を上げた。
 大人気なく表情筋を引き攣らせて目の前の少女に俺は笑っていた。
 そう、まるで近藤さんや土方さんと対峙するときのような――いや、それ以上に沸き起こる愉悦を感じながら。

『後悔するんじゃねェよ、チャイナ娘』

『後悔するのはそっちだろッ!』

 少女の声を喧嘩を売るようなドスの効いた声を耳に入れながら、先手必勝とばかりにふわりと跳躍する。と、真っ赤な傘に刀が当たってやすやすと弾かれた。
 しかし、それは仕込み銃だったらしく傘の先端から弾が発砲されて、俺はぽんぽんぽんっと飛び跳ねてそれを避けると刀で切りかかった。
 少女が一直線に俺に見せる瞳孔の開いた目はとても楽しんでいて、その一途なまでに純粋で真っ直ぐな光を映した瞳はとても美しくて、何故だか頬が緩むのを感じた。
 次の瞬間には眺めていた光景は終わっており、いつもの通りどこか空気の淀んだかぶき町の真ん中で俺は呆けたように突っ立っていた。
 光景を見せた、万事屋という看板は何事もなかったかのように其処に佇むばかりで。
 それが遠い過去なのか、それとも未来なのか俺には見当もつかなかったが、分かったのは唯一つ。
 その少女は昔見たことのある桜色を持っていた。



 屯所に戻り作ったアイマスクで目を覆い隠すと、見たことがないくらい俺との距離が近い空が映し出されて万事屋という看板を視界に入れたとき見えた、好戦的な少女がやっぱり真っ直ぐな目で俺を見ていた。
 まぁ、あの看板を眺めたときに見えた少女よりは年齢が高く、しかも牛乳の瓶の底ぐらいの厚さの眼鏡をかけていたが。
 セーラー服を着たその少女は赤い傘をくるくるくる、と回して俺の隣に座ると空を見た。

『回るんだってサ』

『何がでさァ』

 俺はその少女が何を言いたいのか全く理解できずに、問い掛ける。
 ただ空を眺めている横顔は少し大人びているようで、どこか子供じみているようにも見える…そんな矛盾に満ちた気持ちにさせるものだったが。

『人の魂がだヨ』

『魂?』

 魂といわれても直ぐにぴんと来なかった。
 眺めている風景は、魂なんて言葉と何処か無縁のような気がしたから。
 いや、何処か無縁だからこそ言葉として出てくるのかもしれない。俺のように命のやり取りをしていると、言葉にしなくても感覚で察する事が出来るから。特に、魂とかいう目に見えないものは特に。
 だから、きっと繰り広げられている風景の中に存在する俺も、桜色の髪をした少女も命のやり取りなどしたことがないのだろう、と俺は直感的に思っていた。

『魂はどんな状況下で暮らしていても、似たような人生を選ぶんだって、銀ちゃんが言ってたヨ』

『似たような?』

『似たような人を好きになって、似たような人生を送る』

 その言葉に、何故かぞっとするとともにどこか安堵にも似たものを感じた。
 何故、安堵を?
 ぞっとした理由なら直ぐにわかる。
 だから、風景を繰り広げている俺も、直ぐに質問を返したのだろう。

『じゃあ、俺が交通事故で亡くなったのなら次の人生も交通事故で亡くなるのかィ?』

『そういうことネ』

 少女は、俺の言葉に同意するように満足げに頷いた。
 恐らく、少女はその知識を知っているということに満足しているのだろう。
 銀ちゃん≠ノ教えてもらったその知識を、俺との話題の一つとして取り上げただけなのだから。
 でも、俺は顔をくしゃりと歪めた。

『…そんなの、虚しすぎやしねェか?』

『どういうことネ?』

 俺の言葉に、少女は訳がわからないといった具合に首をかしげた。
 さすがに変な力で見せている風景であったとしても、俺は俺なのか同じような思考を持ち、同じような疑問を持つもののようだった。

『人ってぇのは他人の芝生は青く見えるじゃあねぇが、違う人生を送りたいとその時々に思うものだ。それを決められているのは難儀ってもんでさァ』

 俺の言葉の意味を理解したのかしないのか、きょとんとした表情で一瞬俺を見て、だがしかし少女は真っ直ぐに射抜くような光を持った目で俺を見ると、にやりと挑戦的な笑みを浮かべた。

『そうか?私は私の人生を送れたのならきっとそれで満足ヨ』

 その言葉に、俺は敵わないと思った。
 俺とはきっと感情のベクトルが違うのだ。故に目指しているものも違う。
 だからこそ、これが俺の変な力が見せるいつだか分からず、本当に在ったのかも分からない風景に…桜色を持った少女に強く惹かれるのかもしれない。

神楽は、すごいな』

『それほどでもあるヨ』

 笑っている俺はとても幸せそうだった。
 けれど、その奇妙な光景は直ぐになくなって目の前は光を通さぬほどの真っ黒になっていた。
 それに落胆する自分の感情に苦笑して、眠りに付くことにした。きっと、土方さんが起こしに来るまで眠っている事が出来るだろう。
 ゆっくりと瞳を閉じると赤が鮮明に映し出された。



 今日は土方さんと二人で街中を巡廻していた。
 ふわり、と甘ったるい匂いが漂って原チャリで通り過ぎていくのはなんだか、魚が死んだときのような目をした男でふっ、とまた違う映像が見えた。
 セーラー服を来たあの赤い傘を指した少女が笑っている。

銀ちゃんはあったかいネ。パピーとは違うけど、一般的なお父さんみたいヨ』

 それに俺も少しだけ口角を上げて返す。

『本当に坂田さんには懐いているな』

 晴れ渡るような空の下で。

「…総悟?」

 土方さんの声でふっ、と我に返った。
 どうも、近頃同じ少女の姿を見る。あの万事屋の看板を見つけてから。

「どうかしたんですかィ?土方さん、気ィ抜いちゃいけませんぜィ」

「気を抜いていたのはお前だろうが」

 どこかあきれ返ったような土方さんの声に近頃この奇妙な力に翻弄されているような気がするなぁ、と反省しながら、先を歩くことにした。
 土方さんをからかいながら。

 その途中、路地裏に血まみれの人たちを見つけて応援をよこした。
 どうやら息があるらしいが、その身体には打撲痕と銃痕があった。見事に致命傷になる部分を避けているその痕から察するに、とても武術に長けているものがこれをやったのだろうと想像する事が出来て、隣で煙草を吸っていた土方さんは楽しそうに瞳孔を開いている。

「へぇ…、江戸にも面白そうな奴がまだ残ってるじゃねぇか。総悟、厳戒態勢を張るぞ」

 土方さんのその言葉に、俺は痕を眺めながら淡々と呟いた。

「その必要はないと思いますがねェ。攘夷の奴らと決まった訳じゃありやせんし」

 呟いた言葉は今までの俺の行動や性格を省みてもおかしなものだったのだが、長年一緒にいる土方さんもそう思ったようだった。意外だ、とでも言いたげに瞳孔の開いた目をきょとん、とした目に変えて俺を凝視していた。

「珍しいな、自ら踊り出るお前がそんなことを言うだなんて」

「俺は土方さんと違って、理性ある人間でさァ」

 にやりと笑っていつも通りの台詞を言うと、土方さんは眉をヒクヒクと動かしている。
 いつも通りの雰囲気に戻って、どこかほっとした。
 やっぱり、俺は俺の通りにいなければいけないような気がしたから。

「お前が何時理性があったってんだ」

「土方さん以外のときでさァ」

「おし、今からお前の根性叩きなおしてやらァ」

「返り討ちにしてやりますぜ」

 互いに刀を握りながら、なんで自分は土方さんにあんなことを言ったのだろうか、と考えていた。
 土方さんの言うとおりに、俺は白でも黒であると言い張って適当に切りつけるようなタイプだ。
 それなのに、まるでこの仕打ちをした人物を庇うような真似を…。
 俺は少しばかり、苦笑した。



 接待で色町に来ていた俺は、適当に酒を煽ってのんびりと街を歩いていた。
 ぎゃあっと悲鳴が聞こえて、ついつい職業柄か俺の本質なのかそこへ向かっていた。
 色町の路地裏にたどり着いた俺が見たのは赤い傘を構えている桜色の髪に切りかかられて、真っ赤に染まるその肩――。
 身体が動いていた。
 それが本当なのか変な力による予知だったのかは分からなかったが、小柄な少女を突き飛ばすと俺の肩に鈍い痛みが走った。
 どうやら切られたらしい。

「ナニやってるか!」

 声が響いて、咄嗟に刀を抜くと俺の肩を切った男を切り殺していた。

「…警察、か?」

 俺はにやりと口角を引きつらせて笑うと、血に濡れた刀を懐にしまいこんだ紙で拭いた。
 人を殺す事を公的に認められた俺たち真撰組は、刀を錆びさせぬようにいつも紙は持ち歩いている。

「なにやってるんでィ、お嬢さん」

 言うと、きっとその意志の強い光を伴った綺麗な瞳で睨みつけられた。
 変な力で見るたびに惹かれたその瞳のままで。

「人間風情がしゃしゃり出るナッ!切りつけられたって直ぐに治るネ!!」

「ひでぇや。お嬢さん、怒鳴る前に言う事があるじゃないかねィ」

「……。有難うなんて言わないアルヨッッ!」

 充分言っているけれど。
 俺はお礼を言っていることには触れる事も無く、刀をしまうととりあえず転がっている死体を確認した。…それは厳密には息の根の近い人間であったが、打撲痕と銃痕は見事なまでに急所を外されていた。
 つい最近見かけた人の山のように。

「お嬢さん、路地裏なんて危険なところに二度と入っちゃいけないぜィ」

「捕まえないのか?」

 少女は訝しげに俺を見ていた。
 まぁ、警察という役割に属している俺は、今回の喧嘩の成り行きを事情聴取しなければならないだろうし、前回の打撲・銃痕の犯人らしきこの少女を取り押さえないというのはおかしなことなのだろう。
 だがしかし、俺も真撰組という場所もおかなしな場所だったので、そのあたりは別段いいだろうと思った。
 それよりも、目の前の少女の腕前のほうが気になる。

「野暮でさァ。その代わりまた会う事があったら手合わせしてくれィ」

「…わかったヨ」

 傘を差してくるりと振り返り、帰ろうとする少女に俺はどこかから促されるように声をかけていた。

「あ、お嬢さん」

「なにヨ」

 くるりと再度俺と向かい合わせになった少女は、訝しげな表情をして俺を見た。
 それでも、曇ることを知らない瞳の光は、幻覚に見た少女のものと何ら変わりがない。

「やっぱりわっかになってやした」

「どういう意味?」

 言葉の意味がわからない、とばかりに首を捻る。
 けれど、それはつまり俺の自己満足のようなものなのだ。
 だから、実際に少女が理解していなくても問題は無い。だから、俺は少女の質問に答えることもなく話を進める。

「似たような道しか歩けないんでさァ、どんなに隣の芝生が青くて羨ましくとも」

「……」

「人間ってのは詰まらないものでさぁね」

 俺はひらひら、と手を振った。
 きっとまた会うのだろう。
 見たことのない過去か未来か、それとも幻想か。どちらにしろ、アンタはそう言っていたのだから。
 くるくると血のように赤く、だけれども綺麗な傘を回して。

「変える事は出来るヨッッ!」

 鈴を鳴らしたような甲高い声が聞こえてきて、それを信じられればどれだけいいのだろうか、と思った。
 遠い昔に見たことのある血にまみれた手を思い出しながら。



『まるで、わっかのようだねィ』

『わっかか?』

『そうでさァ。まるで残酷なわっかでさァ。同じような運命を辿ると知りながら俺達は死んでいかなくちゃいけないのなら、そこに救いなど何一つありゃしねェ』

『でも、同じ人生を送りたいと思うかもヨ?』

『そう思える人が居るという事は、そう思えない人も居るという事でさァ。神楽、それはとても残酷な事だと思わないか?神様は更正への道すらも残しちゃ居ねェ。あるのはただ』

『ただ?』

『罪の道だけでさァ』

 まるで小さな輪のように。



      >>20051019 銀魂世界にはナース服があるのでセーラー服の概念もあるような気がします。



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