追想




 その夜、パジャマに着替えて寝る準備万端だった私は、気配を感じ障子を開けて傘を片手に持って縁側へと出た。
 月がまぁるく輝いている。
 そんな綺麗な月は私が見惚れてしまうには十分だった。
 その下にきらきらと輝く髪の毛を見つけた。
 輝くといったら銀ちゃんのふわふわ天然パーマが一番綺麗だと思う。銀色が光で煌いて刀も煌いてきらきらきらきらまるですっと引いたら切れてしまう刃のように、綺麗なのだ。
 でも実のところ、彼の月の黄色をそのまま貰ったような髪色も好きだったりする。特に太陽の下で煌くとまるで第二の太陽のようで、直接太陽を見ることが出来ない私はとても憧れる。本人に言ったらバカにされそうなので、これは内緒なのだけれど。

「……やるかィ、チャイナ?」

 言葉は瞬きもしない間に消えた。
 しかし私は彼の言葉に呼応するようににやりと笑う。
 そうして、足を踏み込むと持っていた真紅の傘を彼に叩きつけた。
 だが、思った打撃の感触が来ない。
 私が打ち込むと同時に彼は抜いた刀で傘を受け止めていたのだ。――これだから、彼との喧嘩は意識が飛ぶほどに楽しいのだ。
 彼はとても楽しげに笑った。
 そうしながら、傘を弾き飛ばすように刀を振るった。一般人であれば私が力負けすることなどないのだが、彼に関しては違う。無論、私のほうが腕力的には勝っているのだが技巧の差で振り払われてしまう。
 だから、私はわざと飛んでやった。
 彼が吹き飛ばすタイミングと同じようにバックステップをし、距離を測る。
 同時に足を踏み込むと常人では見えない速さでの刀と傘のやり取りが始める。
 集中が途切れてしまったほうの負け。
 だがしかし、傘を打ち込めば打ち込むほど血が沸き立ち高揚していく。
 もっと戦いたいのだと。
 限界ぎりぎりまで力を出し切りたいのだと。
 そう夜兎の血が訴え始めるのだ。

「目が血走ってまさァ、チャイナ」

「オマエだって瞳孔開きっぱなしネ。多串君かってのッ」

 吐く息の間に交わす言葉はあくまで憎まれ口だ。
 この状態で愛のやり取りでもしたらとても面白いだろうが、私も彼もそんなつもりはこれっぽちもない。
 まったく勝負がつきそうにもない手のやり取りに焦れた私は咄嗟に彼の頭に傘の先端を向けると弾を放った。
 彼はそれを読んでいたのか、咄嗟に頭を逸らす。

「あぶねェな」

「思いっきり殺すつもりでやっているオマエに言われたくないっての!」

 それでも私の傘は彼に最後の打撃を与えるために大きく振りかぶって振り切ろうとしていたし、彼もまた拮抗した状況を切り崩すチャンスだとでも思ったのか刀を大きく振りかぶっていた。

「ニャア!」

 その時、膨大なる殺気と共に猫の鳴き声が聞こえて思わずそちらを向いていた。
 すると以前見たことがある白と茶のぶち猫がこちらに向かって飛び掛っていた。
 その肉きゅうには星の痣が――。
 しかし、振り切っていた手を戻すことも出来ず、猫から本来の私の体格より二倍近くある口の裂けたえいりあんへと姿を変えながら、私の上へと馬乗りになった。
 その手が奴を倒すための電子信号を脳から受け付けるよりも先に、えいりあんの飲み込むような口ががっぷりと開いた。
 そうして、飲み込まれる真っ暗な暗闇を見る。
 言葉を発することも出来ずに飲み込まれるのか。そう思った瞬間暗闇は消え失せ、光る月と同じ色をした金色が見えた。

「せっかく楽しんでたってェのに邪魔するんじゃねェェエエエッ!」

 よほど私との喧嘩を邪魔されたことが許せないのか、怒鳴り声を上げた沖田を見た。
 沖田は偉く不機嫌そうな顔で倒れているえいりあんを見て、刀を持ったまま踏み出した。
 えいりあんも私の手を逃れられる程度には死地を乗り切った猛者である。直ぐに体勢を立て直し沖田に向かってがっぷりと口を開いた。
 私は咄嗟にえいりあんの足に銃口を向け、撃った。
 ひるんだ隙を見て、沖田は全てを食らってきた口を真っ二つに裂くように切り捨てた。
 ドンッと大きな音を立て、緑色の血を噴出しながらえいりあんは二つに分かれて倒れた。
 緑色の返り血を全身に浴びた沖田はくるりと私のほうを見て、少し寂しげに笑った。

「俺ァ、自分の手で敵をとれて満足だがアンタそれでよかったんかィ?」

 だから、私はそんな心配など無用だといつも通り人を小ばかにしたような笑みを沖田に向けてやった。

「えいりあんを倒せれば誰の手にかかってもいいヨ」


 私はくるくると傘を差して屯所の前に立っていた。目の前には近藤、土方そして沖田がいた。

「オマエら芋侍でも十分役に立ったアル。助かったヨ」

 口角を少しだけ上げて、私は憎まれ口のように礼を述べた。
 それに呆れたような視線を向けたのは土方だった。

「お前なァ、もうちょっと言いかたってェもんがねェのか?」

「はっはっは。トシ、チャイナさんはこれでいいんだよ」

「アンタも随分女には甘いんだから……」

 大らかに笑って私を擁護する近藤に土方は呆れたようにため息をついた。

「しかし、俺をダシに使うとはいい度胸だぜ」

 まったく話題を変えた沖田は、言葉の内容とは裏腹に楽しげに笑っていた。
 同じサドをぶちのめすことを楽しく思う生粋のサドである沖田にとって、自分を出し抜く程度の力量があったほうが何かと面白いのだろう。
 私はふっと笑って説明した。

「オマエとはどうあがいても喧嘩にしかならないアルよ。喧嘩にしかならないということは喧嘩のレベルも知らない馬鹿は隙だらけ思うネ。私の存在を隠すのは私が表立って動かなくちゃいけない状況下じゃどうしても無理ヨ。だったら、あえて隙という餌を振りまいてやったネ。これも戦略の一つアルよ」

「ほんと、お前は理知的になったもんだ。よろず屋に居たときたァえらい違いだぜ」

「オマエは一度聞いたことも覚えられない馬鹿か?私はよろず屋に居たときから理知的だったつぅの」

 土方はアホの子のように一度言ったことを繰り返したので、はっと笑ってやると嘲るような視線を土方に向けて言った。
 「本当に生意気なガキだ」と言い捨てるのを聞きながら、私はふと沖田のほうを見た。
 沖田は真っ直ぐに私を見ていた。

「アンタいい女になったな」

 それは賛辞の言葉だったが、昔からいい女である私に対して逆にその言葉は失礼に当たる。
 だから、私は鼻で笑った。

「私は昔からいい女ヨ。見る目これっぽっちもねェな」

「そうだなァ。アンタは昔からいい女だったな。けれど、更にいい女になったぜィ」

 真っ直ぐに見る沖田の目は嘘をこれっぽっちもついていないものだった。
 サドで女ッ気のない沖田にそんなことを言われても別段嬉しくない(無論、普通の女を見るような価値観で私を見ることに対しては苛立ちすらも感じるが)。

「ホントのこと言われたってこれっぽっちも嬉しくないアルよ。これだから剣振るうことしか脳のない芋侍は」

 もっと褒め方というものがあるだろう、と罵るとしかし沖田はあくまで楽しそうな表情しか見せなかった。
 昔だったらもっとたやすく喧嘩へと発展していただろうに。

「俺ァ確かに言葉ァしらねーから表現しようがねェが、これが俺の本心でさァ。アンタはどこの女にも負けないぐらいいい女になったぜィ。交際を申し込みたいぐらいでさァ」

 その言葉に思わず私は笑いをこぼしていた。
 交際などという単語はこの男にはまるで似合わなかったから。
 けれど、喧嘩を全力で――じゃれあうように命のやり取りを出来るこの男と付き合ったのなら、とても楽しそうな気がするのはきっと私も沖田と変わらず戦闘狂的要素があるからに違いない。
 だから、私は沖田に微笑んでやった。

「オマエは面白い男アルよ。たまに江戸に来たときは遊んでやるヨ」

「嬉しいぜィ」

 本当に嬉しそうに笑う沖田に圧倒されながらも、視線を近藤と土方のほうに少し向けてみた。
 すると、土方は呆然と沖田を見ており、近藤はどこか嬉しそうに沖田を見ながら微笑んでいた。

「おおお、総悟がとうとう女の子誘っちゃったよ!こりゃあ赤飯の準備だな、トシッ」

 同意を求める近藤に、土方は呆れた表情で彼を見た。

「誘った女が化け物でもアンタはいいのかよ」

「チャイナさんは普通の女の子じゃないか」

 近藤のもっともな言葉に土方は顔を手で支え、深々とため息をついた。

「……俺が悪かった。アンタの目はどうも狂ってるらしかったな」

 まぁ、近藤は妙を嫁に出来るほどに心が広いのだ(本当のゴリラは駄目らしいが)。そのことが土方の念頭にあったのかあきらめたような声音がひっそりと消えてなくなった。
 そうして、私の久方ぶりの江戸での仕事は終わりを告げたのだった。



      >>20060915 ええっ!? 進展してねェ。という突っ込みはナシの方向で。



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