血鬼




 肉を切る小気味良い音が沖田の耳に響く。
 彼が握っていた刀は血で赤く染まり、同時に視界を遮っていた人だったものは肉塊となって沖田の視界から消えた。
 ぶんっと血を振り払うように一振り刀を振った沖田は、感情を映し出さない茶色の瞳で刀を見た。

「刃こぼれがすげェや」

 懐紙を取り出しすっと血糊を拭き取ると、かちんと鞘に収める。
 すると、沖田の耳に声が届いた。

「そっちは終わったか?」

 声に反応し、彼が振り向くと真っ黒な隊服を赤く染め上げた土方の姿が見えた。
 その姿は常人ではないものを人に感じさせるものである。
 しかし沖田は、自分とは正反対の姿ににやりと皮肉に満ちた笑みを浮かべるだけだった。

「いつまで経っても下手でさァね、土方さん」

「俺ァ、お前がどういう切り方をすればそんなに綺麗なままでいられるのか聞きてぇよ」

「そりゃあ、土方さんの気持ち一つでさァ」

 既に物体と化した自分らが切り捨てた者達を面倒そうに蹴った沖田は、血まみれのまま近づいてきた土方の匂いに顔を顰めると外へ出ようと促した。
 土方もそれには賛成だったのかこくりと頷き、滑ってしまいそうになる血溜まりとごろごろ転がっている肉塊に足をとられないよう気をつけながら野外へ出た。
 外の新鮮な空気は血の匂いで詰まってしまった沖田の鼻を通らせ、彼の隣に立っている土方に付着した血の匂いの強烈さがよく分かる。
 その匂いに顔を顰めながら、沖田は土方の瞳孔が開ききった目を見た。――ギラギラと輝くそれを。

「土方さんは剣の技術を持っているお人でやす」

 唐突に述べた沖田の言葉に、土方は少しばかり驚いた表情で彼を見た。

「お前に褒められるたァ、槍でも降ってきそうだな」

 そうして、クククッと楽しげに笑った土方は、まるで冗談を聞いたかのような反応を示した。
 しかし、沖田はそれに対していつものようにバズーカを打つこともなく(手元にないだけかもしれないが)、にやりといつものように人のことを舐めきった笑顔を見せるだけだった。

「ただ、アンタァ人を切るのが好きなだけでさァ」

 そうだろィ? と聞いた沖田に、土方は驚いたような表情で彼を見たがしかし直ぐにふっと笑った。

「それは沖田、テメェのことじゃねェのか?」

「俺は喧嘩をするのが好きなだけでやす。自分の剣の腕を確認できやすからね。無論、人をいたぶるのも好きだが人を殺すのは別にそれほど好きじゃないですぜ。けど、土方さん。アンタは違うだろィ?」

 ただ真っ直ぐに、感情の読めない透明なガラス玉のような瞳で見つめられいわれた土方は、沖田の言葉を遮ることはなかった。

「アンタは人に勝つことに楽しみを覚え、人を殺してしまうことに楽しみを覚えていまさァ。きっと、アンタがいい人過ぎたからですねィ」

 ふっと沖田は息を吐くように笑った。
 土方は言葉を挟むこともなく血にまみれた隊服をどうにかしようとする仕草すら見せず、沖田の言葉をじぃっと聞いていた。

「同種を殺すことに罪悪感を覚えるのは道徳観念を叩き込まれていることもありやすが、なによりも種の保存上必要なことだからでさァ。よりよい遺伝子を残すよりも先に種を残すことのほうが大切ですからねィ」

 もっとも、飽和状態になった場合は種の保存よりもよりよい遺伝子を残すことのほうが優先されるようだけどねィ、と沖田はついでのように付け足した。

「けれど、アンタは後者のほうを優先しちまっている。それは考える葦である人間にとっちまえば、精神を麻痺させてしまう行為でさァ」

 考えるものでなければ、そんなことはありえなかったんだがねィと沖田は少しだけ笑った。
 土方はそんな沖田を微動だにせずじっと見ていた。

「精神を麻痺させちまったアンタは、人を切ることで充足を覚える精神異常になっちまったんでさァね。まぁ、もっとも職業柄としてはいいのかもしれやせんが」

 狂っちまうなんて、なんて楽しくない。と沖田は言った。
 それはそれは詰まらなさそうに。

「だから、俺はアンタが嫌いなんでさァ」



      >>20061117 「燃えよ剣」寄りの土方と沖田。



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