1) 「あなただけ…」だと、今、誓え。






























時勢は、戦争(いくさ)が動かすものなり。




限り無く惨劇に近い悲劇のシナリオを避けるなら 7つだけ言う事を聞け もしそれが出来ないなら・・・・・




国守の落胤として、ボクが城入りしてから早3年。
それから色々な半年を経てから、幽閉されること1年半。
天守閣に憑いた小刑部姫の様な生活に、慣れてきて11ヶ月。

現在のボクの居住まいである城が隣国から攻められ、
大した用意も無いままに、無謀にも籠城戦を決込んでから・・・・1ヶ月。

落城と敗北の色が、いよいよ濃厚になり。
城は、あでやかな腐香を纏嗅ぐわす。


「流石と言わせて頂くべきですか。
 乱世の姦雄の二つ名は吹聴(はったり)では無い、と。」

「随分、余裕かましているけどさ。ヤバイんじゃないの?
 討たれちゃうかもだね、とうとう君もさ。ハハハ・・・!!」


ボクの笑い声が気に入らなかったのか、ヤツはボクの頬に爪を立てる。
さっきまで添えるだけで、撫でる動作さえしなかった癖に。そんな処は、嫌い。
ヤツの爪先を食い込んだまま怒鳴るもキレるもしないボクは、もっと嫌い。

食い込む力が増されてボクの血が、ゆっくりと輪郭を伝って床に落ちる。
ヤツはその流れなんか気にしないで、ますます指に力を入れた。
ジュクジュクッ、とした鈍痛が煩わしくて。ボクは視線を下に向かせる。


「私は、死にませんよ」


格子越しに伸ばされていたヤツの腕が、その向こうへ戻っていく。
態と残像でみせるように勿体ぶって魅せつける動作は、嫌味としか言いようが無い。

時々その程好く筋肉が付いた腕に、節くれ立った漢らしい手に、今では
ボクとヤツとの、唯一肉体的接点を持つ指先に――――・・・・噛み付いてやりたくなる。
その肌を上下の唇で挟んで。その体温に前歯を立てて。その色が赤に染まるまで吸い付いて、どこまでも舐めてしまいたくなる。
そんな欲求に駆られてしまう。

思わず薄く開いてしまった口から溜息が漏れ出た。


「残念ですが、時人。私は死なないんですよ。」

「へぇ、おかしいじゃないか。君が城主のくせに?」


ヤツは、皮肉気に口端を片側だけ上げて。
陶然と目を細め笑みを、ボクにつくりみせる。誇示する如く。
そして、そのままボクには目もくれず。薄情にも部屋から居なくなっちゃうんだ。
また気が向いた時に構いたくなるまで置き去り、無視し続ける。

そんなヤツの様にさえ、ボクは熱をもって反応するんだ。
―――例えば、こんな格子を乗り越えて。

ヤツの。口唇に喰らい付いて、首に指を絡ませて。
思い切りに胸に縋り付いて、爪で全身を隈なく掻き毟って。
いっそ、狂おしいぐらいまでに―――――愛されて・・・・たい。




時として過剰な愛は 我を見失い 諸刃の剣と化して 悲劇を産みおとす




1) 我が後継は、妾アキコの子とす。


病に臥した先代城主が枕を涙に濡らしながら掠れ声で、
戦国の世に心身を削り拵えた己の資産と領土と臣民を与える目録を。
若い時より頼みとしてきた薬師を挟み、直属や下走り問わず公表したのは、3年前の春。


2) それ以外は何人たりとも、後継を許さず。


最早、気でもふれたかと。家臣各々が諦観と落胆する中、それはいっそ厳かに行われ
病魔に苛まれた城主の狂気としか言い様の無い意思に、口出しはおろか音を発する事さえ憚れる有態。
それは城主が己の死に際に悔恨の念にかられて、だと解っているからこそ。余計で。


3) それが男子の場合は、城主後継の者とする。

4) それが女子の場合は近隣の親国より養子を迎え入れ、
   子を城主とし、養子は補佐として主に仕える者とする。


直属だけでなく、およそ主家と関わりすらない家臣の下男も混ぜての過去に類の無い異例の後継者公表の仕様には、訳有っての事だった。
そもそもアキコは、城主がまだ若い時分に城下で一目惚れをしたと言う、若さ故の過ちか気の迷いとしか思われても仕方ない背景があった為に、妾の地位でいた人で。
周囲の絶対反対があったものの、城主の無理強いもあって城入りはした。しかし、城主が近隣親交戦略の下、正室を持ってからその存在はいよいよ危うくなり。
若い城主の愛も彼女の命と矜持を守るのに充分でなく。結局は、なあなあと済崩しに咎人の様に城を追い払われてしまった憐れな女性であった。


5) もしも、その子が後継を拒否する意思を公にした際には、この目録は無い事とし
   子の意思の下に城主後継は無いものとして、政務は家老衆に託すものとす。


よって、アキコの行方のみならず。その胎に宿っていたと言われていた子の現状など、城内の誰も知る処が全く無かった。思い当たる事さえも。
背に腹は変えられぬ。家臣はおろか、下男さらに下々に主家に関係した事を暴露した事実は、そんな後先を考えない。思慮の浅い決断・・・・否、判断力などあって無い城主の醜態を晒す事となり。


6) なお、その子の生命を脅かす存在。或いは従属しない者があった時は
   その判断、処遇、罪罰に関するもの全権は子に委ね。それは城主の命とする。


そんな状況だったから。
場末に身を置いていただけで、およそ権力、家柄に関係の無かった筈の時人の耳にも、城主後継の噂やそれに纏わるあれやこれやが聞こえたのは当然だったのだ。


7) この遺言は、アキコ自身の既の死亡の場合。若しくは、その子の死亡が
   真実、確かな証拠を以ってで無い限り恒久のものとして持続維持可能とす。


時人には、器量の自信が特にあった。
己の血脈柄に、土地に謂れづけられた確たる証拠が無かったのを。
さも己こそが落胤である、と。平然と、後ろめい思い無く公言するのに
ある意味の強味があった事が、更にその背を。その欲望を圧した。
時人自身には、己がそうで無いと何者にも証明されない自信があった。





・・・・まさか、真の後継者が、居る、と。
妾アキコの実息子が、この浮世に存在しているなど。
それも己より先に入城を果し臣下として、実父に仕え。
折しも。我こそは、との名乗りを上げる瞬間を狙っていたと知らず。


無知(しらず)故の驕りに、己自身が気付かないまま。


























我が身に堕ちてみれば。なんてまぁ、情け無い姿だろう。

入城を無事に果し、邪魔になりそうな奴等を手当たり次第に殺しまわり。
そんな陰ながらの努力の甲斐あって、やっと城主として君臨できると。
仕事ぶりと成果に、ほくそ笑んでいた矢先だった。


「これでやっと亡き父母の希望に副うことが出来ました。有難う御座いました、時人。」


闇夜にて。閨に就く間際のこと。

従順と頭を下げていた筈の臣下が、新たな城主をしっかりと見据えて。
尊大と言って不足ない面持ちを見せ。双眸には如実な欲望と翳りを湛え。
口端に描かれる弧は、美しい歪みを形づくり。声はしんと、夜に深く深く染み渡らせた。


「私の名はアキラと言います、と。名乗りましたのに、
 ―――・・・・そこに伏線が。何も意味が無いと思っていたのですか?」


天守閣に幽閉されたのは、その夜からだった。――――そして。
物心ついた頃より暗黙を以って偽り続けた性別が、他者に暴露(あばか)れた夜。






























イヤな予感がしないか? 空気を読めるなら 魔がさした君のあやまち すべての引き金となり




鬱陶しげに目を覚まして、きな臭い城内の気配に。
妙な静かさが目立って不気味な、これまでの日常との相違点。


「いよいよ、落城の時がきた訳だ。
 悪は栄えた例なしなんて、よくも言ったね。」


やはり何時もと同じで格子越しだってのに。
ボクには、新しい感情が湧かない。

寂しい、とか。悔しい、とか。
・・・・そんなのばっかりだ。



ヤツは、ボクを見下ろしている。
はっきり言って、見てられない顔をして。
あんな言葉を7つも吐いた、かつての人物と思えない。


「ねぇ? なんて顔をしているのさ」


ヤツの態度に、苛立ってくる。
言い募ってやりたくなるじゃないか。
大人しく虐げられる、そんなん柄じゃないだろ?
君は、ボクの前では絶対的じゃないと。
そうじゃないと、嫌なのは。ボクなんだ。


「――――・・・・なんでさ。」

「なんで、ですって? あなたには状況判断力が無いのですか。
 この城が落ちるって言うのに。まさに馬鹿ですよ。この期に及んで。」

「大人しく、差し出せば良いじゃないか」






「その為に。その為だけに。ボクを捕らえて、囲って、生かしていたんだろう?」






「上手い具合に、君のお父さんの顔とボクの顔が、良く似ていたから。
 例え他人でも空似でも、首実検にかけちゃえばさ。わかんないと思うよ。」






「そしたら君が、生き永られる」


今更。ボクの口から言わせないでよ。
この3年間、どうせ自分が本当の後継者だって公言してないくせに。
ボクに偽りを被せたまま、この戦国の浮世を過ごそうと思っていたんだろ?
何かあった時は、全部ボクに擦って。利用する算段があってさ。

格子越しに、ボクの首にヤツの指が絡まる。
やっぱり此処に、ボクの傍まで来ては呉れないんだ、と。
真一文字に締まったヤツの口元に、一抹の寂しさを覚える。
遣る瀬無い感情が、いっぱいだ。フフフ・・・。




「―――――・・・・時人。」




感情を込められた声にさえ、ボクは反応しなかった。




限りなく惨劇に近い悲劇は最悪の結末 苦しみから逃げたい僕が 7)を遂行した




「 1) 「あなただけ…」だと、今、誓え。 」


「 2) 罪を感じて懺悔をしろ。 」


「 3) 蹴られても抵抗するな。 」


「 4) 泣いて許しを乞え。 」


「 5) そして、言い訳をしろ。 」


「 6) 次は、いつもの様に甘えてみて 」



相変わらずの格子越し。
そろり、とボクは腕を伸ばす。
念願だった、ヤツに、まず指を絡ませる。
触れるものが在ったから、今度は格子の内側に。
抱き寄せたい気持ちに、かなり驚きつつも、それも実行してみる。





「・・・・愛されて、殺されたかったのに。」





動かない体は、重たくて。
正直、触りたくない意識もある。
なんか違うモノの様で、冷たさが厭わしい。
同時に涙が出る程、いとおしくもある。


「 アキラ 」


初めて、君の名を刻んだ。
城が落ちた、その日。


























7) それができないのなら、ここで、今、死んでみせてくれ・・・・・・。



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