覇者からの一転。それは住み家が無かった頃よりも劣悪の身上であった。
落城から翌日に時人が眺めた空は、季節に似合った静かな雨が降り止まない憂い
色をして。罪人同然に引きずられ行く様は、生気が欠片も無い。






























































「 1) 「あなただけ…」だと、今、誓え。 」






血臭が失せて、悲涙も晴れた今日だった。
改めて周辺一帯への君臨を衆知させた狂は、自領と
旧国領民に、侵略の際に捕縛した旧国城主たちの処刑を公知する。

手法は獄門や磔だったりで、いずれも公開での執り行いだった。






「 2) 罪を感じて懺悔をしろ。 」






戦国時世では―――、戦敗は浮世からの別離をする事。
とどの詰まりは終末(おわ)りに直結し、いずれの敗者にも
恐らく平等だろう采配が下される。それは時人とて例外では無く、
どこまでも均等で、果てしなく同等に、他の者たち同様の処遇だった。






「 3) 蹴られても抵抗するな。 」






「お前は、獄門だ。」



何が、と問うのも無意味で。何を、と問うのも無駄なあがき。

処刑の日取りは、晴天の渇きに嘆く蛙の声が耳痛い
空梅雨の景色の中で、時人の返事に関係無く決められた。






「 4) 泣いて許しを乞え。 」






しかし、時人は視線をさまよわす動作も開き直る行動もする事無く、
黙したまま告知を聞き届けていた。穏やかに、柔らかな笑みすら浮かべて。



「ボクは何処から、間違えたんだ?」



不思議にも落城した日から溢れ続けていた涙は、この瞬間もまだ流れていた。






「 5) そして、言い訳をしろ。 」






日を過す毎、アキラが死んだ現実を独りで生きるのは重すぎた。






「 6) 次は、いつもの様に甘えてみて 」






「違うか、間違えなかったら合えなかった。
 ・・・・でも正しかったら、逢えなかった。じゃあ、」



いったい、何処に『  』けば、君に会えて。合えたんだ?



















「アレが、そうか」


「紛れなく、だろう」


「面立ちも酷似してる」


隣国領にて為れた時人の身柄検分は、想像以上に甘くいい加減なもので。
アキラが城主と名乗らなくても、もしくは時人の影武者を仕立てたとしても
素通りが出来そうな程だった。きっと検分する側には真実は関係なくて、
捕え処した事実が目的だからだろうが――――――、この現実は、

時人からみれば堪らなく口惜しかった。



「はん!お前らにとっては、そんな程度なんだ!?
 何だよ、何なんだコレ!ふざけんなよ、クソ野郎共がッ!」



恐れていた現実に時人は、悔しくて泣きわめいた。
結局は自分の価値を計るにもアキラの存在はなくてはならなくて。
その価値を見出すのも重んじてくれたのも、アキラだけだったから。


喪った事に気付かされる瞬間に、時人は孤独を知った。



「お前らにとってその程度の価値なら、
 ボクを還してくれよ!…ボクに還せよ―――!!」



時人の刑の執行は、梅雨が明ける前の末日の、予定は夕刻とされる。
それは、たった7日后であったが―――、時人には永く遠くに思えた。



















時人の精神が冷静なる矜持を保持していられたのは、
処刑勧告から5日目で限界だった。その日は、ここ一帯領主となった狂が罪人牢に
初めて訪れた日であって。詰まりは、落城日以後では二者の初顔合わせとなる。
当然ではあるが、その面談には思いやりも憚りが掛けられない敗者観賞であった。



「監守から聞いてはいたが、随分と情けねえ面してるな。」



恐らくは報告だろう。罪人牢の経過監察を―――時事刻々と『人間』が
崩壊していく生音を、片耳で聞き流しているのだ、この憎き男は。

瞬発。雨季さえ蒸発させてしまいそうな焼き滾った視線を真っ直ぐに、
時人は憎しみと怒りと悲しみを綯交ぜした感情を剥きだしにして対峙する。

その表情には報告にあった自暴自棄な様は見えなかったが、それでも
日々の食事すら拒んでいる現状を知っていれば、狂に対する攻撃意欲と
復讐心で歯向かっているのが容易く分かってしまえた。いっそ、当たり前に。

故に勝者は、どこまでも貪欲になれて、傲慢なる権力を振り翳すのに躊躇しない。



「俺様が、憎いのか?その上に、悔しいか?…この扱いが。」



視線は逸れる事無くかち合っている。意識を喪失してる訳も無い。
しかし、時人は返答をしそうになくて。今にも殺しに来そうな位に睨んでいる。

その抵抗が、この問掛けは最高の愚問である、と。
狂の側人達や他の罪人牢の投獄連中には聞き取れた。



「・・・なら、答えは簡単だな。お前が死んで、みせれば良い。」

「ボクが・・・?此処で、死ねば良い、、?ボクが、死ぬ?」

「そうだろうさぁ?そうすりゃ、お前は晴れて自由の身だろう。
 しかも自分で、この俺様に歯向かったっていう勲章付だったら、」



と、一端、言葉を切って。狂は自分の腰元から脇差を抜き出すと、
側付が居て立ち会う中を構わずに、牢内の時人に渡し寄越してくる。

殺気を漲らせ気張ってる時人ならば、自刃する前に狂自身を刺殺しかねない
―――そう考える方が自然だ。故に側付らの手はその粋狂を抑止しよう動くが
狂自身からの凶器譲渡は、ひどくあっさりと、すんなり呆気なくされてしまって
まるで啓示の如く時人の手の中に納まってしまった ――――。

手中に望みの武器が納まると、時人は鞘から凶器の刀身を抜き放つ。
よく研かれた刃は、人体から魂を絶たせるのに、似合いの逸品であるのを
深く認識させた。しかし、その先から時人の動きは途端に無くなった。

まるで、反応も何も出来なくなってしまった様に。出来なくされてしまった様に。

硬直した時人の様子に、狂は自身の予測に誤りがなかったのを確信する。
仄暗い嘲笑混じりの、しかし哀れむ様な不可思議な微笑を、敢えて見せながら。



「お前ら全部…みんな、出ていけッ!出ていけええぇぇッ!!」



視線は変わらず凄まじい殺気がみなぎっているのに、
時人の声だけは只管に泣いて、喚いて、拡がり轟いて。

静かなる慟哭を孕んだ時間は悲しげに後を残さず、流れ過ぎた。

























































結局、処刑宣告の7日目まで、時人は生きていた。





狂の殺害を諦めた時点で自刃し涯てるだろうと考えていた狂の家臣らの
確証の無い推測は、刑場に引き連れられる時人の生きている姿を以って否定された。
そのいっそ清清しく、武士道に沿った雄雄しげな様に狂以外の誰しもが、感銘を受けて。
喚かず黙って歩く時人の様に、敗北しても矜持を振り棄てない将としての生き様と
敗戦したと云え取り乱さない誠の男気と、施政者の思念の具現体を見た気がしていた。

勿論であるが、狂は時人の上面が何で整えられているのに想像がついていたから
冷静に振舞う時人の姿に対して、問いかけ質す言葉と科白を、既に選び終えていた。



「諦めたのか?絶望したのか?・・・・無駄だと、いじけたのか?」

「・・・・煩いな、―――― 違うさ、どれも。お前ら皆、全部、が。」



期待に応えられなくて、悪かったな、と。少しも悪ぶれずに。
此処では場違いな渇望と期待を眸に滲ませて、時人は笑ってみせる。



「だって。もうボクは、アキラの居る場所に行けない。」



殺してみろ、と狂から云われた瞬間に悟ったのは如何しようもない事。
どこまでも当たり前で、永遠と変わらない理論。不知を掲げ、逃れたい先。
脳裏に瞬いたのは、死んでしまっては何も如何しようもない・・・・と云う事だった。


結局、魂の存在なんて無い今世の摂理から逃れられないボクとアキラが、
死んでしまってから未来に、同一線上のベクトルなんて巡り逢えないから。

逝く先が無いのに希望を抱く気持ちは芽生えなかった。
ただ、生きて想うだけの日々にも苦痛を感じていたけど。


それでも、――――――――。・・・・・。



「お前は、信用できない。ボクの抜け殻の、扱いについては、特に!」

「そいつは・・・・、妥当で賢明な判断だな?・・・・ま、当然じゃねぇか?」



死んで大地に還っても、アキラはあの焔の中で灰燼と化してしまったろうから。
おおよそ、今日までの百篇の謳い文句にあるように。死して一緒にはなれないし。
況して、死後には意識は翔けて行けなくて、逝き先絶たれてしまうだろうから。
時人の人生としての結末として、老い先まで生きた同じ様にしたかった。


つまりは此の7日間を―――、さっさと自害して骸になるだけよりも、
痛みを伴ってもアキラを愛して、想って、生きていたい、と。望んだまま。
それを今日まで遂行してきたのだった。その考えは何処か自己中心的で
独り善がりに見えて、非常に女々しいけど。痛みを噛締めて生きる、
苦難苦境の底辺人生を味わってきた時人だからこその、発想であるが。


それでも還りたいと願っても叶わないのなら。君が呉れた妄執の
全部を返せないままで、かなり悔しい気持ちが残ったままの精一杯で。
―――あなただけ、・・・・・アキラだけだったと、今誓うよ。



こんなに愛して、想った相手なんて、君だけだ。・・・・絶対に、云ってやんないけど。






「だから、さぁ。ボクを殺して、みせるがいい。」






それとも、寂しいって云えば。君と同じ場所に逝けるのかな?


見っとも無く泣き喚いて、凍える位に暴れまくって。嘆いて、怒って。
そんな出来もしない事をやってみせたら。・・・・しょうがないな、なんて?

君と別たれなくて済んじゃうのかな?――――、絶対に為たく無いね。
































「 7) それができないのなら、ここで、今、死んでみせてくれ・・・・・・。 」






























ああ、だからボクは、こんなに孤独に死んでしまうのか。






刃を持った細鉄が、時人の首を斬り落とす音がした。



      >>20070117 風崎様、有難うございました!



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