黒いアリスを追いかけて




わたしはアリス。
おねえさまはキャロル。
きれいなひろいおやしきに
ふたりっきりですんでいる。
わたしはからだがじょうぶではないので
ベッドからおきあがることができない。
そんなわたしにおねえさまが
「魔法のお薬よ」
といってトロリとしたまっかなのみものをさじですくってさしだした。
クンといちどにおいをかぐと
なんだかおはなのにおいがする。
「夜明け前に咲いた夜露に濡れた薔薇の花
それにとっておきの秘密のエッセンスを溶かしこんであるの。
アリスのこんな病気なんて直ぐに良くなるわ。
さぁ、早くお飲みなさい」
「うん…」
おねえさまにうながされてコクリとひとくちのんでみる。
すなおにしたにしみる、まったりとしたあまさ。
スルリとえんかされるごくじょうの…ネクタルのような。
「これ…お、いし、いわ、おね、え、さま。
と、ても…とても、おいしい。
からだ、が、とても、かるく、なるかんじ。
これなら、おきあがって…はしり、まわるこ、とだってきっと、できるわ」
あぁ、もう何でも出来そう。
今までどんよりと重たかったオツムの霞がきれいに晴れていく。
明瞭になるわたしの思考。
今なら言葉だって滑らかに紡ぐことが出来る!
わたしは今目覚めたの。
漸く、新しい体にしっかりと馴染んで。
「調子はどう?新しい体は、もう大丈夫よね?」
「ええ、大丈夫。今までお姉様には面倒をかけっぱなしで本当にごめんなさい。
もう“狩り”にだって出られるわ」
ニコリと微笑みを向ける。
黒曜石の輝きを放つ、お姉様の瞳に。
「私の可愛いアリス―本当に良かった。
私には、あなたしかいない。私はあなたの姉だけれど…
あなたとは違う。卑しい人間でしかないのだから。
“狩り”ができるわけでもなく…これくらいのことしかできないわ。ごめんなさいね」
悲しげに瞼を伏せる。
「そんな、謝らないで!わたしにだってお姉様だけ、だもの。
お姉様はそこいらの下賤な者どもとは違う。こうしてわたしを蘇らせてくれた
偉大な魔女、なのだから」
そんな表情をなさらないで?
お姉様の手を取りきゅっと握りしめた。
お姉様はうっすらと笑みを浮かべる。
「有り難う、でもね…今少し、厄介なことがあるのよ。
“狩り”は少し控えた方が良いのかもしれないわ。
“ヴォルフィード”が暴れているし
正体不明の新参者が私達の縄張りを荒らしまくってくれてるから…」
「は?何、ソレ?!」
思わず大きな声で問い返す。
“ヴォルフィード”…異界の神の名を持つ聖なる獣。
それは好んでわたしのような―闇に住まう者の命を喰らう、という。
「ふーん、で、新参者って?」
「それが、サッパリ…でも、そいつの好みは、解っているの。
十七〜十八才位の金髪・碧眼の娘。今丁度、お誂え向きな娘がこの街にきているわ。
多分、そいつが次の獲物に狙っているのはきっと彼女ね」
「成る程、ねぇ」
「どうする、アリス?」
問い掛ける瞳に
「そうね…」
サラリとした黒絹の髪を揺らし、漆黒の瞳を細め
「遊んで、あげようと思うの。“ヴォルフィード”も“新参者”も」
わたしの流儀に従って、ね。
強気な答えを唇に乗せた。
お姉様はわたしの答えを聞くと一瞬目を丸くし、それから嬉しそうに
「それでこそアリスね!」
パッと華やいだ笑みを見せた。
「「じゃぁ、行きましょうか」」
きゃはははは、くすくすくす―

楽しそうな笑い声が宵闇に弾けて消えた。

数多くの神話・伝説の残された古都カレッサ。
石畳の古い街並み、諸侯・貴族達の屋敷やその跡地などの残る観光地だったりする。
「はぁ〜、雰囲気のある街ですよね。
こういう所にはきっと掘り出し物の骨董品ってたくさんあるんでしょうね。
お土産に是非とも買って帰らなくては…」
誰に言うというわけではなく、のんびりと呟いた
私、フィリア・ウル・コプト。
月の光に照らされて、黒い影が伸びる。
冷たい夜風に吹かれて、金色の髪がなびく。
ピンと張り詰めた空気に、“化け物”の気配を感じ取ろうと
全神経を研ぎ澄ませる。
悪意、は感じられない。だがしかし…
ひっそりと息をひそめて、私の後を付けてくる何者かの気配があった。
「誰、ですか?私の後を付けてきている気配は感じていたのです。
隠れていないで姿を現しなさい!」
凛とした声を放つ。
「…相変わらず鋭いんだな、お嬢さん?
でもよ、観光だって言ったってこんな時間に
一人で出歩くなんてあまりに無防備すぎやしないか?
アンタは優等生だったじゃなかったか?ライサと違って」
からかい口調な、昔私と一緒に暮らしていた懐かしい少年の声。
「え?まさか、ヴァルガーヴ?!」
夜陰からスッと姿を現したのは、昔の面影をほんの少しだけ残した幼なじみの青年。
琥珀色の瞳が懐かしそうに私をじっと見つめる。
「本当に、久しぶりだな。髪もそんなに、長くのばして…」
「…色々、あったんですよ。あなたがガーヴさんの養子になって
教会を去ったあの日から。ライサは死…、神父に殺されてしまいました!
あの男―“化け物”だったんです!!」
熱い感情の迸るままに、堰を切ったように溢れ出す言葉。
「―!」
彼は数瞬絶句してポツリ、ポツリと話し始める。
「…俺、気付いてた、アイツの正体。だから、俺アイツの側にいたら
命が危ないと思ったから、アンタとライサに一緒にガーヴさんの所に行こう
って誘ったんだ。ガーヴさんは太っ腹な親父さんだったし…
アンタは俺の誘いを断ったけど、ライサは俺についてくって言って
アンタも連れて来るって言って…それで一度教会へ帰ったんだけど。
アイツ、ライサを殺したのか?」
「……」
無言で私は、肯定する。
「―ッ、畜生っ!」
突然ガバッと抱き締められる。
「ヴァル、ガーヴ?!」
「うっつ、く―」
泣いて、いる。
彼は、泣いている。
そして私は…私も目頭が熱くなるのを感じた。
あの夜以来―怒りの心は持ち続けても、涙なんて涸れてしまった。
そう思っていたけれど。
「ヴァルガーヴ…」
そっと私も彼を抱き締め返してあげようと腕を回そうとした瞬間に
彼は、青ざめた顔で私から身を離す。
「その十字架…」
「え?熱ッ」
首から下げていた銀の十字架が急激に熱くなる。
これは…ごく、ごく身近に“化け物”がいる兆候。

「見つけたわ、第一目標。あなたが、きっとそうなのね?」
ふわりふわりと空中に浮かぶ、蝙蝠羽を持つ黒髪の少女。
まるで出来の良い人形のように、傷一つない滑らかな白い肌。
紅を引いたわけでもないだろうに、奇妙に赤い唇に
「血の、匂い?あなた、近頃この街を騒がす“吸血鬼”なのね?!
そうなのでしょう?!」
少女に詰め寄ると、少女はニコリと笑ってその白い牙を見せつけた。
「えぇ、そうね。わたしはそう呼ばれる存在だわ。
あら、あなた…彼の“獲物”なのかと思ったけれど。
そうじゃなくて、あなたが“獣”を飼っているのね。
ふーん、面白いじゃない。ってことは、どう?わたしと鬼ごっこやってみる?
わたしを捕まえられるかしら?」
追いかけてごらんなさい?
黒曜石の瞳に強い輝きが宿る。
心に働きかける、抗いがたい衝動。
追イカケテゴランナサイ―
もとよりそのつもりだった。
こんな催眠術にかけられなくても。
だって、私は…
「お待ちなさい、あなた―」
「わたしは、アリス」
少女は間合いを取りながら、クスクスと笑って私を誘う。
暗闇の向こうの国。
こことは別の所へ繋がった異空間に。
「おい、フィリア!」
遠くの方でヴァルガーヴの私を呼び止める声が聞こえたが
それを振り切り私は彼女を追いかける。
何となくいつか読んだ時計を持ったウサギを追いかける少女の話を思い出した。
追いかける理由は―好奇心ではなく、純粋な使命感に燃えての事だったけれども。

「あーあ、行っちまったか。でも、これで俺も目的人物と会えるのか、な」
すいと目を細め何もない闇の一点を睨み据える。
勿論こちらとしては、殺る気十分、だったのだ。
「あら、あなた―私に会いたかったの?
それでわざわざ私達の縄張り荒らしまくって自己主張していたってワケ?」
一度聞いたら虜にさせられそうな、蠱惑的な声と共にフイと目の前に現れた女は
確かに美女の範疇ではあるが俺のシュミには絶対に入らないだろう。
これならさっきの蝙蝠娘の方が俺の目には愛らしく映る。
何故ならば―サラリとした黒絹の髪は世間で言う“おかっぱ”で
否応なしに誰かを彷彿とさせ…
ソレが、女らしい体の線を強調し、深いスリットの入った緋色のチャイナドレス姿で
余計な色気(?)を振りまきつつ登場した時には…
正直にこれまでの戦意が一遍に萎えてしまった。
「何だかなぁ…思いっきり、目に硫酸?」
「どういう意味よッ?!」
「いや、アンタがアイツとは別人だっていうのは分かるんだけど
生理的に受け付けなくてよ。あぁ、相棒、お前の言った通りだったぜ。
このねーちゃんはお前に任せるさ、ヴォルフィード!」
俺の声に呼応して
ウォーン…
冷たい夜気を震わせて白銀の狼が対峙している俺と女の間に割って入る。
ゆらゆらと歓喜の光を俺と同じ色の瞳に宿して。
「何…ですって?!」
女は、信じられないと言う顔で瞬時に後ずさり逃れようとしたが
それよりもヴォルフィードの牙の方が速かった。
深々と女の白い咽に食い込み、破る。
「あ…り、す」
口元に赤い血を滴らせ、その一言で事切れた。
「あっけないもんだなぁ、おい」
のんびりとした口調で言うと
『……』
「どうした、ヴォルフィード?」
どうにも様子がおかしい。
『逃ゲラレタ』
申し訳なさそうにポツリと。
「何だとぉ?!」
『コノ女ハ、キャロル・ルースハ“人形作家”ダ。
恐ラクアノ娘ノ追イカケタ“吸血人形”ノ方ニ…』
「って、お前!この女を片付ければあっちは問題なしって言ってたじゃねーか?!
逃げられた、だと?って事は、フィリアの方が危ないって事だろう?!」
『ソウ…ナル、カモシレン』
アハハハハ…獣のくせにまるで人間のような渇いた笑いで応じやがった。
「馬鹿野郎っ!だから、俺は神ってヤツも信用できねーんだよ!!」
荒々しく吐き捨てフィリアの駆け抜けただろう後を追う。
つい先刻にはパックリと口を開きそのずっと奥の異空間にフィリアを誘い込んだ
暗闇の裂け目は今やその跡形もなく沈黙したままだ。
不気味なほどに静まり返り、俺とフィリアとを完全に隔てたまま―
得体の知れない不安が脳裏を過ぎる。
本当のところ、あの魔女や吸血人形くらいならフィリアは何とかするんじゃないのか?
そう思いたかった、いや、信じたかった。
ジリジリとした焦燥感を抱え込んで
「フィリアっ!」
叫ぶ声は空しく夜の静寂に吸い込まれて消える。

「おーにさーん、こっちらっ♪」
ふあり、ふありと身軽な蝙蝠少女は陽気なステップで私の追跡を難なくかわす。
「〜お待ちなさーいっ!」
体力には自信はあるのだが、ここにきて疲れてきたのも本当である。
そんな私に、やや飽きたと言いたげな漆黒の瞳。
「ヒトの身にはわたしを追うのっていい加減辛いと思うのよ。
さっさと“獣”を出したら如何?わたし、そっちと遊びたいのよ」
“獣”と言われても…
「??何のことです」
「あー、焦れったいわね。そんなに匂わせておいて。
“ヴォルフィード”飼っているのでしょう?!」
「ヴォルフィード?私は、そんなもの知りません。
私はあなたみたいな存在を葬る術を身につけた“魔狩人”です!」
目つぶしに、バシャリとポケットに隠し持っていた聖水をぶちまける。
「きゃっ!」
咄嗟に顔を庇った手に聖水がかかると、ピシリとその腕にひびが入る。
「やったわねぇ…人間風情が、お姉様が丹誠込めて作ってくれた
新しいわたしの体によくも傷をつけてくれたわね!」
怒りに瞳を煮えたぎらせ、牙をむいて私に襲いかかる。
それを紙一重でかわしつつ、手に銀の十字架を握りしめ
浄化の炎を蝙蝠少女に叩きつける聖なる言葉を唱える。
ぽぉうと両手にあたたかな火がともり、呪文の最後の音と共に手を放れ
浄化の火は蝙蝠少女を包み込んだ。
「ぎゃぁ〜」
絹を裂くような断末魔の声。
紅い炎に包まれて蝙蝠少女は膝から崩れ落ち、カクンと落ちる首。
炎がおさまる頃には、その胴から首が何故か離れ落ちていて…
「お人形?」
焼けずに残った黒髪の人形の首。
固く閉じられていた瞳がカッと見開かれ、私に向かって飛びかかってくる!
「え?!な、…」
「十字架です!」
「はいっ!」
深く考える間もなく、間近に迫った人形の眉間に銀の十字架を押しつける。
眩い光と熱を放った十字架に触れられた辺りから、サラサラと砂に変化して
風に吹かれて首は完全に消し飛んだ。
「これで…終わりですよね」
「彼女達は、ね」
ごくあっさりと答える落ち着いた男の声。
…この声にも、私には覚えがある。
「今夜は一体何だっていうのかしら」
「全くです。夜を渡り歩いていたら、何となく左手が疼き出してきて…
何だろうって降りてみたら、あなたがいるんですから。お久しぶりですね、フィリアさん」
声の方向へゆるゆると顔を向けると、はたしてそこには予想通りの顔がある。
その時浮かんだ感情を何と言い表すのだろう?
私にはわからなかった。
この時ばかりはただじっと瞳をそらさず真っ直ぐに、彼を見つめていた。

「…フィリアさんって、今でも僕を真っ直ぐに見るんですね。
怖い、とか思わないのですか?」
本当に、この化け物は変わらない。
否、化け物だから変わらない、が正しいのだろう。
私の記憶にあるままの―ニコニコとした、その実本当の感情など決して読ませない笑み。
「何を今更恐れる必要があると?」
冷めた瞳で彼を見据える。
実際、恐れの感情は湧かなかった。
五年前のあの夜とも違って。
スゥーッと一呼吸おいて
「私、“魔狩人”になったんです、神父…いえ、ゼロス。
私みたいな悲しみを背負う人が一人でも減るように―
憎むべき化け物どもの生命を狩る。
この五年間、ただひたすらに―力と技を求めました。
“魔”を滅す為の力と技を!」
銀の十字架を握りしめ、ギンと彼を睨み付け、力ある言葉を唱えようとすると
「成る程ね。それはそうと…僕が“邪眼”の持ち主だって事覚えていましたか?」
見開かれた瞳の金色の輝き。
魂を縛り身体の自由を奪う。
「―っ!ひ、卑怯者」
固く強張ってしまった身体。
辛うじて出来ることは途切れ途切れに言葉を発することのみ。
そんな私をゆっくりと眺めつつ、満足そうに細められる変幻自在の虹彩。
「正直、こういう狡い手段というのはあなたに対してあまり使いたくはないんですよ。
でも、まぁ…目的のために手段なんて選んでいられませんよね?」
スッと頤(おとがい)を捉えられ、近付いてくる顔。
『え?!』
ほんの刹那、重なり合う唇と唇。
驚きに目を見開いたまま―
じっと見つめた相手の顔は、満足そうな楽しそうな表情のまま―
すいと髪を一房梳かれ首筋を露わにされる。
「ここ…ほんの一噛み、ですよ。
あなたの命を奪うことも、僕の“花嫁”にすることも、ね」
口元に鋭い牙が光る。
花嫁ですってぇ〜
冗談じゃ…
「痛ッ」
露わにされた首筋に食い込んだ彼の牙。
傷口からこぼれ溢れる赤い血潮。
「思った通り、です。あなたの血はやはり甘いのですね」
どくどくと脈打って流れていく生温かな血を一滴もこぼさぬようにコクリと飲み干す。
ひぃやりと冷たいのは彼の薄い唇だ。
そんなことをぼんやりと思った。
意識がだんだんと遠退いていく―
私、このまま死んじゃうのかしら。
このまま、彼の花嫁になど…
「―花嫁、なんて冗談ですよ。だってあなたはそんなこと望まないでしょう?」
小さく笑う声とともに、ふわりと抱き締められる感覚。
「おやすみなさい、フィリアさん」
瞳の魔力もそうだけれど、これだって十分に反則技だと思う。
優しい手が幼子にするように頭を撫でていく。
繰り返し、繰り返し―
愛されていると信じていた、少女の頃と同じように。
そして私は落ちていく。
深くて暗い眠りの淵に。
そして、もう二度と目覚めることはないのですね?

閉じられていた闇の結界の入り口を無理矢理こじり開けようとする力を感じた。
あぁ、これは僕の知っている―
「フィリアっ!」
やはり、あの少年、ですか。
「遅かったですね、ヴァルガーヴさん。フィリアさんならご覧の通りです」
彼の瞳は僕の腕に抱かれて眠るフィリアさん一点に注視されている。
その表情が見る見るうちに凍りつく。
「て、めぇ、フィリアを―」
「“花嫁”にはしませんよ。永久の眠りにつかせただけです」
「本気で殺してしまったのか?!」
「えぇ、そうですよ。僕はあなたもご存知な様に“本当の悪魔”ですから」
にやりと笑って牙を見せた。
彼女の血を吸ってまだ赤く染まったままの牙を。
「大変甘くて美味しい血でした♪」
ヴァルガーヴさんはゴクリと咽を鳴らす。
そうだろう、彼は彼女に飢えていて幾つもの罪を犯したのだから。
彼が本当に求めているものは、唯一彼女の血で…
彼女の血だけが、彼の渇きを癒やすことが出来る。
彼自身解っているのだろうか?
「一つ教えて差し上げたいことがあるのですが?“花嫁”とは
ものは言いようで“人形”と同じものだって知っていました?」
「―!」
「僕は正直あなたがライサさんを“花嫁”にしたのを知った時
彼女が哀れでしたよ」
すいと瞳を細めて彼を見やる。
恥じ入るところがあるのだろうか?
彼の戦意は急速に萎んでいく。
彼のこういうところは青いですよねぇ。
あともう一押し、でしょうか?
「ライサさんは…あなたにとってフィリアさんの代わりでしかなかったんですよね?」
「ライサが望んだ…てめぇに喰われるよりは、俺と同じものになりたいと。
フィリアの代わりでも何でも、俺を愛してると」
「それは、それは…」
やはり僕には理解しがたい感情だと思った。
代わりでもいい?
そしてあなたは、フィリアさんの面影を追って
似ているお嬢さん達の血を啜り続けていたわけですか?
いつか彼女本人に出会ったなら“花嫁”にする心積もりで。
今まで、機会をうかがっていた?
「…渡せない、ですよね」
心の中の呟きのつもりが、うっかり口をついて出ていたらしい。
俯いていた顔を上げ、ヴァルガーブさんは訝しげに僕を見やる。
多少慌てて僕は表情を取り繕った。
そもそも長居は無用、なのだ。
東の空が白み始め、新しい朝が始まろうとしている。
僕はまた夜を渡って…月の仙女に会わなければならない。
聖なる乙女の魂は月へ向かって翔ていくそうだから。
「御機嫌よう、ヴァルガーヴさん」
最後ばかりは愛想良くニコリと微笑み、僕はこの場を立ち去った。



      >>20051112 九音様から頂きました!有難うございます♪



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