白い蝶の輪舞




光の粉がはらりと落ちる。
背に生えた真白な羽根から。
ひらり、ひらり―
身軽になった体は、空気の流れをとらえて
羽根を震わせてふわりと宙に浮かぶ。
黒い天鵞絨ビロードの闇に
青ざめたビードロの月。
月仙女ノ下ヘオイデヨ?
アナタニハ、ソノ資格ガ有ルシ
アナタノ帰リヲ待ツ人ガ居ルヨ。
だれか が かたりかける?
心惹かれる、引き寄せられる。
引き寄せられるがままに…目指すのは
つめたく ひかる びーどろ の つき。

「あら?こんなに綺麗な聖女サマなんて久しぶり、だわ。
地上にもまだこんなに可愛いヒトが居たのねぇ。しかも D だなんてねぇ?」
スッと伸ばされた色白の腕、そのしなやかな指先に真っ白な羽根の蝶が一匹。
「…今しばらくはここで少しのんびりしていると良いわ。
貴女と同じ仲間もたくさんいるし、ね?のんびりと羽根を休めてちょうだい」
赤、黄、白…今が盛りと咲き誇る薔薇の花。
どこからか白い蝶の群が飛来し、それぞれに全開の花に
6〜7分咲きの花に止まって羽根を休める。
ひら、ひらり―
7分咲きの白薔薇に彼女は移動する。
ルナの名を持つ女は穏やかに微笑してそれを見つめていた。
と、
チリ、リ、リ、リン…
澄んだ呼び鈴の音が鳴る。
「お客様?珍しいこと」
月仙女は呟いて、薔薇園をあとにする。

「お久しぶりです、ルナさん」
「本当に久しぶりよね…冥王のトコから不老不死の秘薬のレシピを
盗み出した時以来だから…丁度三百年ぶりってとこ?!あの時は貴方にも
何よりゼラス姐さんにも本当にお世話になったわ。ゼラス姐さんは元気なのかしら?」
ニッコリと、往古と変わらぬ美しさで…さしずめそれこそは盗み出したレシピ通りの
秘薬を作って試した効果、なのだろう。
月仙女の微笑みに僕もつられてニッコリと
「えぇ、ゼラス様も忙しいながら地上で精力的に頑張っていらっしゃいますよ」
「「ところで」」
僕と彼女とのセリフがかぶる。
「…どうぞ、ルナさん」
彼女は瞳を細めて、マントにすっぽりと包まれたフィリアさんの顔を覗き込み
「この娘…貴方の“花嫁”?」
全くどうしてこう皆さん…“お人形”相手にナニが楽しいんです??
変わらぬ表情で淡々と
「…“花嫁”じゃないですよ。見たままホヤホヤの普通の死体ですけど、僕の娘です」
「普通の死体って、嘘吐くんじゃないわよ。
この娘の首筋、咬まれた徴がある。貴方の仕業と違うの?」
これまた無表情に問い掛けられる、が
「娘?貴方の娘?!」
少し興味を引かれたようだ。
「拾った、養い子なんですけれどもね…
だから今日はルナさん、貴女にお願いがあって伺いました」
微妙にルナさんの表情が動く。
僕が何を言い出すのかと瞳に警戒の色を滲ませた。
「“反魂”の術を施して欲しいのです。この娘…フィリアさんに」
「この娘を生き返らせろ、って?あのね、ゼロス…あれって凄く疲れるし
何より禁忌の術だって事知っているわよね?」
「勿論知っていますよ。でもルナさん、貴女だって…
冥王様から秘薬の調合法盗み出してそれを調合して“月仙女”になった方なんだし…
それだって禁忌の術なのでは?それから、僕に借りが有るでしょう?冥王様の件で」
口元は笑っていたが、目元は笑わず…互いに軽く睨み合っていた。
「〜〜悪魔の中では貴方って話せる方だと思っていたけれど
やっぱりイイ性格してるのね。ここで、こういう形で返させる?」
上にバレたら、今回はかなりヤバいわよねー。
何やらブツブツ呟いていたが…どうやら覚悟を決めたらしい。
「良いわ、やってあげる。でもね、最初に断っておくけれど…
あたしがやったからといって完璧な術を施せる保証は出来ないわよ。
だって管轄外の“扉”を開いて、この娘の魂捕まえて
この体に返してあげなければならないんだから」
「いえ、ルナさん。貴女の管轄ですよ。この娘は“聖女”なので」
「はぃ?」
瞳を丸くして驚いた表情を見せる。
「悪魔の養い子が、聖女?そりゃあ、また奇談だわね」
ウンウン、聖女ならあたしの管轄だわ。
納得のご様子である。
「あら、そういえばさっき新入りの娘が…でもあの娘は…」
「あぁ、やっぱりもうここに居るんですね?」
「えぇ、もう感動しちゃうくらい綺麗な聖女の魂が一つ。
あたしの薔薇園で遊んでいるわよ。ふーん、この娘、だったのね?気付かなかったわ」
「気付かなかった、って…」
「だって、魂の色や形とその器って別物なのよ?
よほどその人に対して何らかの思い入れがなければ
それと分かるわけ無いじゃない?!例えば、そう…愛、だとか?」
「僕には愛なんて理解できないと思いますよ、本当の意味では」
「では、憎しみ?」
「それほど憎んでいるわけでもないんですけれど…
落とし前はつけなければダメかなー、なんて思うことはありますねぇ」
「落とし前、って、貴方ねぇ。何だか一抹の不安を感じるけれど…行きましょうか?」
あたしの薔薇園へ、促されるままテクテクと彼女の後ろについて歩く。
古びた門の前に立ち止まり、手をかけて押し開くと
きいぃーと軋みながら門は開かれた。
一歩足を踏み入れるとそこは、甘い香りの漂う満開の薔薇の苑。
柔らかな月の光に照らされた花々の風情は
陽の光の下で見るものとはまた趣を変えた幻想的な―。
「これは…見事なものですね」
僕の素直な賞賛の声に
「有り難う。でもね、まず最初にここは貴方が頑張ってよね?」
悪戯な瞳でニヤリと意味深に笑いかけられた。
「ルナさん?」
彼女は数歩分僕から離れた場所に立つ。
「貴方と娘さんとの縁ってやつをあたしに見せて欲しいのよ。
ここには貴方の娘さんの他にもたくさんの聖女達が居るから…
あたしには判らない、貴方の娘さんの魂をこの中からちゃんと見つけだして?」
ルナさんの声に反応したのか、それまで思い思いに花の周りを遊んでいた蝶達が
ごく一部を除いて僕の周りに群がってくる。
「熱烈歓迎、ってやつですかぁ?」
「多分違うと思うわよ」
その数数百…呼吸もままならないほどの、蝶達に囲まれて
さらさらと―彼女達の羽根から、光り散らしながら落ちる鱗粉。
「元が“聖女”だから、貴方みたいな“悪魔”には厳しいのよ」
「―か、は、っ?!」
「…一人一人の力は、ほんの微々たるものだけれどもね。
彼女達も命を削って守っているのよ、新しい仲間を」
粉雪のように降る鱗粉は、下位の魔族や化け物なら死に至らしめ
中位の者ならば瞬間意識を失わせるくらいの効果は期待できたかもしれない。
でも、僕に対してはどれくらい効くか、というと…実は全く意味のないことなのだ。
両手の平に熱が宿る。蒼白い炎がボッと浮かび次々に蝶達に焼き移り
灰をも残さずに焼き尽くす。
音もなく、声もなく―聖女達の魂は、別の扉の向こう側へ。
「あぁ、死ぬかと思いました、なんてね♪」
ちょっとした茶目っ気でペロリと舌を出してみせる。
「同志愛も美しい、と言えば美しいですが
虫ケラはいくら束になっても虫ケラでしかありませんから…
無駄に命を散らせてしまいましたねぇ?」
金の瞳を煌めかせて月仙女を見やれば
彼女の瞳にも燃える焔が浮かんで消える。
「…貴方に喧嘩を売ると全く高くつくわね。
彼女達の意思とはいえ、可哀想な事をしてしまったわ」
大きく息を吐いて
「貴方には、だいぶ楽になったかしらね?選択の幅が狭まって」
残りの蝶達は十七匹。
何事もなかったかのように、花から花へ移りゆく。
赤に六匹、黄に三匹、白に八匹。
ひら、ひらり―
「あぁ、見つけた―蝶の姿に変わっても貴女は確かに“聖女”ですね。
“黒”には染まらない、純真な“白”。…おいでなさい、月仙女が現世に戻る
手助けをしてくれますから。きっと僕に文句の一つや二つ言いたいでしょう?
それから、僕を滅ぼしたいというのなら―相手にもなってあげますから」
瞳を細めて手を伸ばす。
7分咲きの白い薔薇の花。
真っ白な羽根の小さな蝶に。
蝶は羽根を震わせて逃げる、でもなく―彼女なりの意志を持って
右人差し指の先へと止まった。
「…というわけでルナさん、彼女をお願いしますね?」
何とも珍妙な面持ちでルナさんは僕を見つめる。
指に止まる白い蝶とを見比べながら。
「じゃあね、この娘の体を持ってきて?ここでやっちゃうから、反魂の術」
「ここでって、魔術的な空間なり部屋でやるものではないんですか?反魂の術って?」
「別に何処でやっても同じだし、魔術的な空間やら部屋なんて新たに作るの面倒だし
貴方だって折角急いでここまで来たのは、少しの時間も惜しいからでしょう?
本気、なんだものねぇ…」
しみじみとした口調だった。
「そりゃあ、冗談でこんな大変なこと頼みに来ませんよ」
肩を竦めてみせる。それを受けて
「貴方達の縁ってやつを見てみたい、とは言ったけれど
まさか本気だとは思わなかった。貴方にしても、この娘さんにしても…
貴方は本当の悪魔、だから人間なんて“食糧”とか“玩具”にすぎなくて
いくらでも代えはあって、これまでの貴方はあまり執着なんて無かったみたいだし?」
「確かに“玩具”みたいなものですが、お気に入りはあるものでしてね。
飽きが来ないうちなら大事にしたいし、他人に奪われたり壊されたりなどされたら
無性に腹が立つようになりましたけれど。これって執着なんでしょうか?」
「ふーん…」
小首を傾げ、少し考えていたようだが
「あたしにも解らないわ。だって規格外れの悪魔の思考なんてねぇ?」
からからと笑う。
フィリアさんの魂である蝶を指先から受け取り肩に止まらせると
「ほら、彼女の体!」
僕に急かせるように言う。
「あ、ハイ」
ぱちんと指のひと鳴らしでマントに包まれたフィリアさんの体が現れた。
ひんやりと熱のない体を冷たい地面に寝かせると月仙女の肩に止まっていた蝶が
ひらりと彼女から離れ、フィリアさんの口元へ―
スーッと吸い込まれるようにして、消える。
それを見届けたルナさんの唇から紡がれる禁忌の術の呪文。
低く、細く―
(はつ)(かく)(こう)()(ぼう)(しん)()()…」
胸の前で手を組みそれぞれの音を表す印を結ぶ。
周り中の気が急に高まり始めピーンと張り詰め滞る空気の流れ。
柔らかな月の光をにわかに覆い隠す黒い雲。
『これは…』
ぴりり、と肌を刺す電気的な気が辺りに満ち始めて―
それを感じ取り月仙女はキラリと妖しい光をその瞳に宿し
明らかに人外の者の表情で溜め込んでいた気を一気に吐き出すかのように
高らかな声で呪文を詠じる。
「…(きゅう)(きゅう)(じょ)(りつ)(りょう)!」
響いた呪文に応えて、高い闇空から目も眩みそうな一条の光が
真っ直ぐにフィリアさんに向かって落ちてくる。
ぴかっ、ごろごろ、ずどんっ!!
凄まじい音とともにフィリアさんに落ちてきた光のエナジー。
僕も自分が可愛いので瞬間フィリアさんの側から離れて避難したのだが
さて、フィリアさんの体は大丈夫だろうかと少し心配になった。
目をやれば彼女の体には傷一つなく―
まるで彼女を守るかのように隈無く淡い光が全身を包み込んでいる。
青白く生気の全くなかった(死体なのだから当たり前だが)
肌にうっすらと赤みが差す。
ほぉう―と息を飲んだ。
本気になれば星をも落とせるだろう魔力を持つ月仙女の施した禁忌の業。
奇跡の起こらぬわけなど無い―
じっと見守る中、ピクリと震える瞼。
ゆるゆると目覚めて、ゆっくりと身を起こす。
「フィリア、さん―」
名を、呼び掛ける。
僕の声に反応して、深い青色の瞳は真っ直ぐに僕を見つめる。
「ゼロス―私を呼んだのは、あなた?」
ぞくり、とした。
その声音は、僕が会いたかった“ペリクムの聖女”。
遙かな過去に、それとも未来に?
いつかきっと―それは契約、夢の中の。
夢?
眠らない僕が、そんなものを見るわけなど無い。
ならばそれは…白昼夢?
「ゼロス」
僕を呼ぶ彼女は現実の黄泉帰りを果たした彼女で。
間違う事無く、彼女自身で。
深い青色の瞳の奥底に、キラリと輝きを放ち落ちていく星の欠片が一つ。
見えた、気がした。

「フィリア、さん―」
名を呼ばれて、瞳を向ける。
金色の魔物の瞳。
つめたく ひかる びーどろ の つき。
「ゼロス―私を呼んだのは、あなた?」
つい先程の―私が魂だけだった時に
小さな真白い蝶だった時に
他に何人かの全く同じ魂の中に紛れていた時に
真っ直ぐに私に手を伸ばした。
「あぁ、見つけた―蝶の姿に変わっても貴女は確かに“聖女”ですね。
“黒”には染まらない、純真な“白”。…おいでなさい、月仙女が現世に戻る
手助けをしてくれますから。きっと僕に文句の一つや二つ言いたいでしょう?
それから、僕を滅ぼしたいというのなら―相手にもなってあげますから」
そう言って。
今一度だけ、信じてあげてもいい、と思った。
いいえ、それよりも…
「ゼロス」
彼は私を見つめたまま、ボンヤリとしている。
「…一発殴って良いですか?」
拳を固めて息を吹きかけ彼を睨み付ける。
「勿論文句の一つや二つも言いたいけれど、まずは殴ってスッキリしたいんです」
「…拳で、ですか?」
「あなたそれだけの事、私にしてるでしょう?」
すいと髪を掻き上げ首筋の傷を露わにして
「痛かったですよぉ、直で神に召されるものだと思いましたもの」
「はぁ、ですが…帰ってこられたでしょう?
拳は止めて、せめて平手にしてくれませんか?」
貴女、怪力なんだから…ボソリと呟いた言葉
しっかりと耳に届きましたとも!
「さぁ、しっかり歯を食いしばっておいた方が良いですよ?
あと目も瞑っていて下さいね♪」
ニッコリと微笑んで言ってやる。
「………」
彼は観念したように目を瞑る。
私も深呼吸を一つ。
本当のところ…こんなことなんかで彼は
『痛み』など感じることはないのだということ、私は知っている。
そして、人間の生き血などが彼の生きていくための糧などではないことも。
ただこの世界に在るために、彼自身枷をはめていただけ。
それもどういう理由からか外してしまったようだけれども。
そんな彼に少なからずダメージを与えるには―
構えていた手を頬に添え、唇に唇をほんの軽く押しつける。
私と関わる以前にはきっと彼は知らなかっただろう感情。
愛情のキスを私から。
驚き見開かれた彼の瞳と真っ直ぐに対峙して
「あなたなんか、愛で滅びてしまえば良いんですっ!」
顔を紅潮させつつ言い募った時
ぱちぱちぱち・・・拍手の音。
「面白いもの見せてもらったわ。規格外れの悪魔の相手は
並の女の子じゃあできないものね?とても疲れてしまったけれど
蘇らせた価値はある娘ね、貴女」
ふわぁ〜と一つ欠伸をしながら、近付いてきた影。
瞳に鋭い光を宿した紅い髪の美女。
「この人―」
口をパクパクさせながら、ゼロスに視線で問い掛けると
「月仙女のルナさんです。彼女に反魂の術を施してもらって貴女生き返ったんですよ」
いわば、命の恩人、ってところですか。
「ど、どうも有り難うございます」
慌てて礼を述べたのだが…顔から火が出る思いだった。
私ったら、私ったら他人様の目の前で―
「あたしの存在に全然気付かなかった?」
先より少し光の和らいだ優しい瞳に問い掛けられるが、恥ずかしすぎて
彼女の顔を真っ直ぐに見ていられず俯いてしまう。
「ま、良いけどね。術も無事終了したことだし、後はもうあたしも邪魔しないから
痴話喧嘩の続行をするも良し、愛を確かめ合うも良し―」
「へ?!」
驚いて顔を上げる。
「本当に有り難うございました、ルナさん」
ゼロスの手はさり気なく私の腰を抱き
「これから、フィリアさんと二人っきりでめくるめく濃密な
愛欲の時間を過ごしたいと思います♪」
「え゛?!」
「頑張ってねぇ♪」
ヒラヒラと手を振り、それからきびすを返すと
月仙女は私達を置いて門の外へと行ってしまった。
「じゃあ、始めましょうかフィリアさん?」
「は、始めるって一体何を?!」
「キスの続きとその先のコト♪」
全開された悪魔の瞳、体の自由を封じ込めようとする厄介な邪眼。
いつの間にやらしっかりと抱き締められていたりするし…
「止めて下さいぃ〜、私、そんな…あなたのこと愛していますけれど
今は、そんなつもりなんかじゃなくって―」
ジタバタと暴れて抵抗する。
「…やっぱり効かなくなってしまいましたね、邪眼」
「ほぇ?!」
「これでも力全開、なんですよ?でも動くでしょう、フィリアさんの体」
クスリと笑いながら、抱き締めていた腕をゆるめた。
「多分どんなに力のある邪眼でも…
ゼラス様のものであっても、今のあなたには効かないかもしれない」
どんな瞳に出会っても、あなたは惑わされることはない―
「痛い思いをさせて…悪かったです」
首筋につけられた傷に顔が近付く。
一瞬牙を立てられた恐怖がよみがえったが
「ひゃ、ん…」
唇が優しくすべるだけ。
傷跡を優しくたどって、そっと離れると今度は唇にくちづける。
初めて受けた時の軽く触れるようなくちづけ、ではなく
体の芯から熱くなるような、意識があちらに飛んでしまうような激しいもの。
解放された時には、呼吸もぜぇーぜぇーいいながら、半ば涙目になりつつ
「〜どうしてこんな凶悪なキスが出来るんです?」
「悪魔だから、でしょうね」
愛情とは無縁、ですけれど…欲望には忠実ですし、それは僕達の領域ですから。
しれっと、のたまわった。
「…私は、あなたにとっての何ですか?」
怖々と問い掛ける。
娘なんかじゃない、人形なんかじゃない―
心の中で呟いて。
「何なんでしょうね…僕自身にも正直解らないです。
ただこうしてあなたを抱いていると何だか有り難い心地になって
幸福な夢を見られそうな気がするんですよ・・・」
「ゼロス?!」
「zzz・・・」
「眠っちゃってる?!信じられない…あら?」
気が付けば私達の周りをひらり、ひらりと蝶達が舞う。
光の粉を散らしながら。
夜ヲ渡リ歩イテ疲レタノネ。
アナタノタメニ、アナタノタメニ―
ソシテ、コレハ予定調和。
大イナル御方ノ御意志。
世界ハ D 達ノ見ル夢。
目覚メサセルハ、星ヲ宿シタ乙女。
眠リナサイ、新シイ朝マデ。
愛シイ男ノ腕ノ中デ―
私をここまで導いた声。
すぅーと瞼が重くなる。
穏やかな眠りに誘われて。
ぱたりとゼロスの胸に倒れ込んだ。

「ウチの息子が面倒かけて悪かったわね、月仙女殿?」
寝室に入ると、開け放たれた窓辺に止まっていた
真っ黒な一つ目の怪鳥、畢方(ひっぽう)(くちばし)から
ゼラス姐さんの軽やかな声。
「お久しぶり、確かに面倒かけられたし、あたしこの術のせいで今とても眠たいんですけれど?面白いものも見られたから
これで良し、としても良いんだけれど一寸気になることもあるのよね」
ベットに腰掛け枕をギュッと抱き締めながら
じっと姐さんの伝言を携えた畢方を見つめる。
「あの娘が蘇る時に星が落ちたのが見えたの。あれって―」
「暗黒星。滅びを呼ぶ星とも言われるわよね、一般には」
「!」
クスクスと一つ目の怪鳥は笑う。
まるでゼラス姐さんのように。
「世界はね、D 達の見る夢なのだそうよ。私達然り、我が息子然り
息子お気に入りの子供達然り―目覚めの時が来ているのよ」
私達が別の場所で出会う日も近いわねぇ。
のんびりとした口調だった。
「…全ては予定調和、というワケ?」
「そういうこと、みたいね」
そして厳かな声で告げる。
きっとあの娘の言うように、世界は愛で滅ぶのよ―



      >>20060316 九音様にはいつもお世話になりっぱなしで頭が上がりません。



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