夏休み




 夏の暑さに毎年辟易している。
 あまりの暑さに眉をハの字にしながらわたしは、太陽がさんさんと照り輝いている十二時に寮へ戻るために校門までの道を歩いていた。
 何故、こんなにも日が高い中外に歩かなくてはいけなくなったか――それは、補習などという凶悪な事項を盛り込む学校側に全て責任があった。
 例えば、この心の声をエルメスが聞いていたのならば恐らく『きちんと勉強しないキノが悪いんじゃないかー』と正論を無駄に述べていそうだが、照りつける太陽を受ける人間からしてみればそんな正論など遥か星の彼方へ放り投げて、他人の所為にしなければ気がすまない。ただでさえ脳味噌が受け付けない知識を無理やり受け取り疲れているのだから、尚更だ。
 などと思っていると、急にざわっと風が吹いた。
 ん?どこかで見たことがあるパターンだな、と思っていると白い鳩がばさばさっとスローモーションで飛んでいき、現れたのは白い学ランに銃刀法などどこか遥か彼方に追いやったのではないかと思われるほど立派な日本刀を腰につけている、端正な顔立ちの男――静先輩がいた。
 静先輩とは本来まったく接点がないのだが、何をどう間違ったのかたまたま知り合いになって会ったときにはそれなりに話をしていたりする。ストーカーな犬山・ワンワン・陸太郎や厄介ごとを増やしに増やしまくる辻斬り男ことサモエド仮面よりかは遥かに――いいや、彼らと比べたらむしろ失礼に当たるぐらいいい人なので、好感度は高い。いつも登場時に鳩がスローモーションで飛び立つのは解せないけれど。

「偶然だね、木乃さん」

「ええ。静先輩はどうしていらっしゃるんですか?――補習、というわけでもないようですし」

 難なくクラストップを保持できるほどの頭の良さを発揮している(らしい)静先輩に補習などそれこそ失礼に当たるだろう。
 けれど、部活動でうんたら〜と言う話も聞いたことがなかったのでわたしは思わず首をかしげていた。
 わたしの仕草になにを思ったのか、静先輩はふっと思わず出てしまったようなこぼれた笑みをわたしに向けた。

「たまには歩くのもいいかと思ったのだけれど、来るところと言ったら学校しか思い浮かばなくてね。思わずこうして学生服を着て、学校をのんびりと歩いていたんだよ」

「へぇ〜、わたしだったらずっとベッドの中で寝ていますけどね」

 あんまり静先輩の考えるところが理解できなかったので、そんな風に答えるとしかし静先輩はまるで気にした様子もなくただ微笑んでいるだけだった。
 それにしても、日差しを遮るものもないような場所で話すのは本当に辛い。
 こうしている間にもセーラー服が滴る汗でべっちょりと気味が悪い感じで張り付いている。
 そういえば、静先輩は長袖長ズボンの分厚い学ランを着ているが猛暑真っ只中だというのに平気なのだろうか?そういえば、汗一つ掻いた様子も見せず、いたって涼しい顔をしている。

「もしかして、あの学ランの中にはクーラーのような冷房システムが完備されているのかも」

「なにがですか、木乃さん?」

 あちゃ、考えていたことが口に出ていたらしい。静先輩は不思議そうな表情でわたしを見ている。
 ごまかそうかとも思ったが、学ランの謎はぜひとも知りたいところである。目をきょろきょろと這わせ、迷うように口をぱくぱくと開けていたわたしは、意を決して言った。

「――暑くないですか? 学ランを着込んでいて」

 ああ、と思い当たったように静先輩は微笑んだ。

「実はこの学ランには薄型クーラーが仕込まれていてね。といっても、重さにして約百sはあるのだけれどね」

 まじでか!と叫びたくなってもわたしの所為ではない。
 そんなわたしの顔がよほど面白かったのだろう、静先輩はくすくすと口に手を当てて笑っている。

「冗談ですよ。まさかそんな最新機器をもっているわけないでしょう? 暑くて暑くて汗でびっちょりになっていますよ、この中は」

 そんなことを言うけれど、冬に着るべき学ランをがっちりと着込んでいてもにこにこと涼しげに笑っているさまは、冷房システムが学ランの中に装備されていると言われたほうが遥かに現実味がある。

「まぁ、それが現実なんだよね、きっと。あんまりにも嘘くさくても」

「そうですね」

「あー、もう本当に暑い!」

 にこにこと涼しげに微笑んでいる静先輩が本当に憎くなってきて(本当は静先輩のほうが灼熱の暑さを感じているのだろうけれど、それはそれこれはこれだ)、思わず叫んでしまっていた。
 大体静先輩に呼び止められなければ、既に私はラフな格好で寮の扇風機に顔を近づけてうーとか唸りながら、声の変化を楽しんでいる予定だったのだ。
 その予定が狂わされたとなれば、一つや二つ叫びたくなったってしょうがないだろう。

「それは私が引きとめたからですね。――そうだ、お詫びにパフェを奢りますよ」

 静先輩の言葉に、思わずガッツポーズをしていた。
 静先輩狙いの全女子学園に狙われたとしても、パフェの魅力を考えればそんなものどうだって良くなる。

「本当ですかっ! やったぁ!」

 思わず叫ぶと、静先輩はくすくすと楽しげに笑った。



      >>20060808 里雨様有難うございます!



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