生きているものには壊れてしまう期限というものがあって。
 ぼくはそれを不便だと思うんだ。



      もしもの話 ―if...―




 帽子にゴーグルをつけて、ジャケットにコートを羽織り、腰には12経口のリボォルバーのパースエイダーを吊り下げている10代中頃であろう少年はモトラド(注:二輪車。空を飛ばないものを指す)に乗り森の中を突き進んでいた。

「キノ〜、街は見えないね」

「前の街で出会った旅人の話を総合すると、もうそろそろだと思うんだけどね」

 不意に、森が終わり、そこには高い壁に囲まれた国が存在していた。
 小さな小さな入り口を見つけ、入国審査を受けるために入ったキノとモラルドのエルメスを兵士は歓迎した。簡単な検査を受けると、二人は簡単に入国することが出来た。

「さぁてと、シャワーのある宿屋を探さないとね。ふかふかのベッドで寝れると思うと、嬉しいよ」

「キノはいつもそればかりだね」

「旅には楽しみがなくっちゃね」

 モトラドを走らせ、兵士に教えられた宿屋に行くことにした。

「あ」

 エルメスはそれはそれは嫌そうな声を出した。
 宿屋で泊まる手続きをして、エルメスを小屋に入れようとしたときに、見たことのある犬が二人の前にいたからだった。
 いつかの国で、シズという緑色のセーターを着た、刀の腕ではかなり上を行くのではないかという、青年の隣にちょこんと座っていた、白い犬だった。

「陸君」

「お久しぶりです、キノさん」

 エルメスのサイドスタンドを立てると、キノは近づいて、よしよし、と頭を撫でた。
 陸は嬉しそうにキノの顔を舐め出した。

「スケベぶりは健在だったようだね、スケベ犬」

「まったくもってボキャブラリーが少ないですね。ポンコツ」

 陸はふん、とエルメスからそっぽを向いた。
 キノは少しばかり困ったような表情をした。

「ええっと…、陸君はどうしてここに?もしかして、宿屋の中は駄目とかいわれたんですか?」

「ええ。ここの主人は犬というものにまったく理解が無いようで、私を泊めてくれるように頼んでくださったシズ様を『駄目だ、犬は毛が落ちて大変衛生的にも良くない。小屋のほうに泊めてくれ』と言われましてね。この街では此処しか宿屋がないようなので、私はここにいることになったのです」

「まぁ、此処の宿屋の主人は正しいよ。確かにこのバカ犬の白い毛を撒き散らされでもしたら不衛生この上ない」

「貴方のようなモトラドには分からないでしょうけれど」

 やはり、言い合いを始めてしまいそうな1匹と1台にキノは思わずため息をつきそうになった。
 ともかく、キノは言った。

「二人が仲が悪いところ申し訳ないけれど、エルメスも今夜は此処で寝泊りだよ。仲良くね」

「ええ――!?キノ、こんなリーダーなりたがり症候群を先天的に持ったやつと一晩過ごさなきゃいけないの!!?」

「仲良くね」

 やはり、微笑みを浮かべたまま、キノはエルメスをそのままにし、小屋を去っていった。



 夕日は落ちて夜になり、エルメスと陸の間にも星空が灯る夜が訪れる。
 静かに、エルメスは言った。

「お前のご主人様はキノのことが好きだよねぇ」

「ああ。自分でそのお気持ちに気付いておられるかはわからないけれど。そうゆうキノさんもなんじゃないのか?」

「さぁね。ぼくはそんな気がするけれど、キノってば、近寄ってくる男もいなし、寧ろ返り討ちにしちゃうし、よく分かってないんじゃないかなぁ」

 陸はふかふかの干草に上品に座った。
 モトラドであるエルメスは動くこともせずに、ただ、居る。

「生身の人間って不便だね。きっと、キノもあの元王子様もぐずぐずしている間に歳をとって死んじゃうよ。…もしかしたら、旅をしている最中にでも、殺されちゃうかもしれない」

「だからこそ、シズ様もキノさんも旅をなさるのだろう」

「ぼくみたいに頑丈だといいのにね」

「お前みたいに独りで歩けなくなるよりはいいだろう」

「死は怖いものなの?」

 エルメスは聞いた。
 純粋なる問いだった。
 陸は、そのふわふわの耳をぴくり、と動かした。

「全てがなくなってしまうからな。けれど、お前にも死はあるだろう。キノさんよりもシズ様よりも、もちろん、私よりもその人生は長いだろうけれど」

「……そっか、お前が一番早くに死んでしまうんだったね」

 その命の長さには順番というものが常にあって、それは不純ではあるが固定されているものでもある。
 比較的犬の寿命は短く、8年生きれば人間でいうところの還暦にあたる。
 逆にモトラドであるエルメスには寿命というものは存在しない、に等しい。それは、機械仕掛けであるものの運命である。

「死は生きるものの定めだ。もちろん、痛みもあれば恐怖もある。しかし、短いからこそ、命というものは素晴らしいのだ」

 エルメスはふーん、と生返事をした。

「ぼくは倒されても部品を取られても痛みは感じない。もちろん、横に倒されたままなら不快には感じるだろうけど。キノが死んでしまって、その後に乗り手がつかなければ、痛みも感じないまま、錆びて、動かなくなるだろうね。もちろん、お前のように寿命なんていうやつは存在していないけど…」

 もし
 もしもだよ?
 キノやお前の主人やお前がぼくと同じような寿命だったら…。

「……止めた」

 もしもの話をしてしまったら、きっと悲しくなるから。

「なにを自己完結してるんだ自分で歩けないモトラド」

 陸は、それがエルメスの名称のように噛むこともなく一字一句しっかりと言う。

「むっきー、リーダーなりたがり症候群を先天的に持ったスケベ犬には言われたくないな」

 もれなく、エルメスも言葉を返した。
 にらみ合うことも出来ない一台と一匹は、そうやってお喋りにばかり興じる。
 と、ちょこん、と干草から降りた陸は命一杯の力でエルメスの身体に体当たりし、―――べちょん。
 エルメスは横になった。

「そうしてるのがお似合いだ、ポンコツ」

「きー、ぼくが動けないからって、暴力に訴えるのは卑怯だぞ、バカ犬」

 それから二人は一言も喋らなかった。






 あと数十年後には確実にキノとの旅が終わっていて、
 あと数年後には確実にあのいつも人を子馬鹿にするように微笑んでいるバカ犬とは会えなくなる。
 人との出会いはぼくには幾通りもあるのだろう。それこそ、キノよりもあのバカ犬よりも。
 でも、この状態が心地よいのはきっと






 ばふばふばふばふばふ……。
 叩かれて、エルメスが目を覚ますと、陸に倒された胴体はきちんと元に戻っていて、キノが笑っていた。
 隣には、緑色のセーターを着て刀を持った長身の男。そして、視線を下にずらすと真っ白でいつも笑っている犬が。



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