貪欲なキス




 二人で食事に出かけた。
 エルメスはモトラドだから人間のような食事はしないし、陸君は何故か遠慮していた。まぁ、その前に犬が飲食店に入れるかと言ったら疑問ではあるけれど。
 向かい合わせに座って、ボクは一番安い定食を頼んだ。そうしたら、シズさんは少しだけ笑ってボクと同じものを頼んだ。少しだけむっとした。
 そうして、定食が運ばれてきてボクはばくばくと食事を進める。
 久しぶりの普通の食事はとても美味しかった。携帯食なんて味気ないから。
 ふ、とシズさんの方を見るととても丁寧に食事をしていた。さすが元王子。食べる姿が優雅で様になっているなぁ、とかふと思いながら顔を覗き見するとふと唇が目に入った。
 薄いけれど、形の良い唇はボクの心臓を素手でなぞられたようにざわりと動いた。
 薄く口が開いて、ご飯を口に持っていく。少し箸を加えてゆっくりとそれを引くと、唇が歪んで…。
 例えば、あの唇に噛み付くようにキスをしたら心地よいのだろうか。

「…キノさん?」

 シズさんが不思議そうにきょとん、とした表情でボクを見ていた。
 ボクは少し恥ずかしくなって微妙にシズさんの顔から視線を逸らした。

「俺の顔に何かついていましたか?」

 そう言われて、ボクは冷静なフリをしながらいいえ、と短く答えた。
 シズさんは少し不思議そうに眉をひそめたけれど、まぁいいかと思ったのか、また食事を再開する。
 ボクは食事のほうに視線を移しながら、ちらりとシズさんの顔をのぞき見た。
 基本的に色恋沙汰に興味がなかったのと同じく人と身体を温めて同じ時間を共有し、肉体的なコミュニケーションを図るといった一通りの行為にはまったく興味がなかったし、旅人をするのにも妊娠すれば動けないし病気を移されるかもしれないし、もしかしたら無防備になったときに刺されたりするかもしれないといい事など何一つなかったので、そういった情報は基本的なものを除いて一切耳に入れていなかった。というか、よほど危ない道にでもいかなければ旅人の耳になんかに入るような情報でもないが。
 そう考えていくと、なぜシズさんならいいのだろうか、と不思議に思う事もあるが順序良く考えたところで結論に至るような問題でもないだろう。
 そして、シズさんの唇が気になるような理由も、考えてもしょうがない事なんだろう。きっと。

「…?さっきからどうかしたのですか?」

 そう言われて、シズさんの方を見るとやっぱり不思議そうな顔をしていた。
 ああ、どうも考え込んでしまっている。

「ごめんなさい。どうも取りとめも無く考え事をしてしまいまして」

 ボクはとりあえず、目の前の定食を片付ける事に専念する事にした。


 食事を済ませると、二人で一緒に街を歩く事になった。
 旅の醍醐味はその土地の歴史を見ることだから、町並みを歩きながら人々の話を根気良く聞く。
 そんなことを繰り返しながら、レンガ造りの街を静かに歩いていく。
 シズさんの顔を見るとどうしても唇が目に入って、胸がざわざわした。
 ああ、どうしてしまえばいいのか。

「キノさん」

 再度呼ばれて、見上げるとシズさんは不機嫌そうに眉間を寄せていて。ああ、そういえば今日はずっと上の空だったな、と思い出した。
 ボクはどうすれば良いのか分からずとりあえずシズさんを見た。
 すると、シズさんはボクの手をひっぱって、路地裏へと引き込んだ。一歩、踏み入れてしまうと綺麗な町並みとはかけ離れた、静かで薄暗いそこは誰もいなかった。
 壁に押し付けられて少し眉をひそめてから少し上を向いてみると、悲しそうな顔をしたシズさんの顔が見えて、腕の中に閉じ込められている事が分かった。

「俺では、貴方の気持ちをここにとどめておく事すら出来ないのですか?」

 言われて、どう答えれば良いのか分からなかった。
 だって、ボクをここにとどめていなかった原因も確かに目の前の人なのだから。

「……」

 何も言えなくて、でも何か言わなくちゃいけないことは分かったから口を開こうと少しあけたその刹那。
 息を奪うようにキスをされた。
 乾燥したシズさんの唇は少し痛くて、でもそれ以上に熱を交換し、熱を上げてしまうようなキスはボクの意識すらも奪おうと蠢き、目を見開いたままだったからまるで刃物のようにすらっと通った鼻筋や、目やらがボクの視界に入って、視界すらも侵す。
 少し離れては繰り返し繰り返し唇を奪われて、まるで飽くことを知らぬような素振りすらも見せて。
 それが、心地よくすらも感じられるボクはきっと末期症状なのだろう。

 ようやく、唇を離されたときにはボクの息はまるで走った後のように上がっていて、力すらも入らずにでもどうにか壁に寄りかかると、シズさんをじぃっと見た。
 シズさんは少し困ったように手を当てて顔を伏せていたけれど、ふっと手を外すとボクを見た。
 そのシズさんの顔は後悔している顔でもだからといって劣情に動かされている顔でもなくて、自分に嘲笑するように笑った後に、ボクに向けていつもの笑みを浮かべていた。
 そうして、ボクの唇に優しいキスを一つ落とすと。

「ごめん、こんな処に引っ張ってきてしまって。俺も未熟ですね」

 笑って、ボクから少し離れるように立っていた。
 ボクは入らぬ力を無理やり入れると、表に出るように歩き出した。

「嬉しかったのに」

 呟いて。



      >>20050611 キスはするけどヘタレです。



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