視線に犯される




 近頃良く視線を感じるようになったのは、好きな人と旅をしているからだろうか。
 とある国に着いた俺達は宿屋に宿泊の意向を伝えてバギーを止めると、気を利かせてくれた陸を置いて(非常に嫌そうな顔をしながらエルメス君の隣に居た)、キノさんと二人で町を歩く事になった。
 もちろん、引きこもりのようにそれが嫌だという訳ではなく、いつも国の雰囲気や町並みを見るためにしていることなのだが。旅をしているのにその国の文化に触れないというのは野暮というものだろう。
 …?
 ふと、何故だか刺さるような視線を感じて俺はふと左を見た。
 其処にはキノさんが居てばっちり視線が合った。少し恥ずかしくて、でも何とか微笑んだ。

「何かありましたか?」

 そうキノさんは言うと首を捻った。
 その仕草がなんとなく可愛らしくてほわん、と心が温かくなる。

「何もありませんよ。あ、あそこが広場のようですね」

 言って、大きな噴水のあるところを指差したので、二人で行くことになった。
 この町では鳩が平和の象徴らしく、白い鳩たちが所狭しとその噴水を埋めていた。その光景は心和むものというか…邪魔というか、多すぎることがいいことではないのだな、と思わせるようなものだ。
 俺たちが其処に行くと鳩達は重い腰を上げたようにようやく飛んでいく。
 恐らく、ここの人たちは鳩に危害を加えるということがないのだろう。ここの鳩達は警戒心がなくなってしまったのだ。鳩の糞は綺麗に清掃されているようだが、それでも処理しきれないのだろう、見事なぐらいに白と黒と土色のまだら模様になっている。
 などと考えていると、また刺さるような視線を感じて右側を見た。
 ばっちり、とキノさんと視線が合った。

「何かありましたか?」

 また同じ事を聞いてみると何もありませんよ、とキノさんは微笑んだのでならなんで見ていたんだろう、と思いながら足を進めた。
 やっぱり、鳩の根城になっている噴水を国の人は遠目で見ているだけで、近寄ろうとする人は居ない。実際、不衛生というのがかなり効いているのだろう。
 近くに飲み物やホットドックを売っている屋台を見つけて、あれを買って来よう、とキノさんの意見を聞こうと俺はキノさんのほうを見た。
 また、ばっちりと視線が合った。

「…?何かありましたか?」

「いいえ?」

 キノさんは不思議そうな表情をしている。
 それにしても今日は良く視線が合う日だなぁ、と不思議に思いながらも、キノさんの顔を見れるのは嬉しいのでそのままにしておこうと思った。

「あそこに何か売っているみたいですけど、ホットドックと飲み物を買いましょうか?」

 それぐらいなら奢りますよ?と言うとキノさんは目を輝かせた。
 …前にキノさんはエルメス君に「びんぼーしょー」と言われていたが、こういう表情を見れるのなら多少貧乏性でもいいかな。嬉しいし。

「ボクも一緒に行きます!この目で選びたいし」

 そう言って、二人でホットドックとオレンジジュースを買うとのんびりと鳩とその噴水が戯れる様子を見ていた。もっとも、表現するのと見るのは別で、鳩の量がものすごい故にそんなに美しい景色でもなかったが。
 ばくばく、と食べているとまた視線を感じて、その方向を見るとまた、キノさんとばっちり視線が合った。
 本当に、今日はどうしたのだろうか。
 照れくさいけれど嬉しい。
 だって視線を感じるってことは、それだけキノさんが俺を意識してくれているという事で。
 まさか、嫌いな人をじろじろと見る人はいないだろうから少しは好かれているのかな、と思う事が出来るから。

「次、行きましょうか?」

 促すと、キノさんは頷いてくれた。
 それからずぅっと視線を感じていて、なんだかくすぐったくてついつい顔を緩くしてしまう。
 視線はまるで俺を全て見透かそうと蠢いているみたいで、何処となしに体が硬くなってしまう。好きな人に見られていたらそうなるのは当然だろう?



 一通り国を歩き終わると、またあの鳩の根城になっている噴水の前に来ていた。

「キノさん」

 俺が、そう呼びかけてキノさんを見ると、キノさんは表情を変えずにじぃっと俺を見ていた。自然に口角が上がるのを意識しながら、キノさんに柔らかい表情を作ることを意識する。
 その俺の様子がおかしかったのか、不思議そうな表情になった。そんな表情一つ一つに心を奪われるのはきっと、俺がキノさんを好きだからなんだろうな、と思った。

「俺を気にかけてくれているみたいで、嬉しかったです」

 視線を良く感じたもので、と付け足すと、キノさんは自分の行動に気がついていなかったのか、だんだん顔を赤くしていった。
 そんな様子が可愛くて、キノさんの柔らかな短い髪に触れると顔を寄せて瞼にキスをした。
 ついとってしまった行動に近頃衝動を抑えきれなくなっているなぁ、と自分に苦笑しながら、真っ赤になって立ち尽くしているキノさんに少し苦笑すると手を握った。

「さぁ、宿屋に戻りましょう」

 キノさんは返事をしなかったけれど、手のぬくもりと視線がとても心地よかった。
 今日はまるで、キノさんの視線に犯されるようだ。



      >>20050723 裏テーマ、一話に一回はキス。



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