甘い悲鳴




「きゃあ!」

 声が聞こえて、ボクは咄嗟にパースエイダーを構えて敵を確認した。
 隣に居たはずのシズさんは走ってその悲鳴をあげた人の所へと走っていく。
 弾の雨の中、ボクは木を盾にして一瞬だけ狙いを定めたように打ち返す。そんな事の繰り返しでぎゃあ、と気味の悪い悲鳴と共に弾の雨はだんだん止んでいって最終的には何も打ち返してこなかった。
 ふぅ、と煙を吐く筒を見てボクはホルダーにそれを戻すと最初に悲鳴をあげた人の元へと駆けつけた。
 すると、目に入ったのは血をぬぐうように刀を拭いているシズさんの背中に抱きついている女性の姿。
 …心臓がずきん、と一瞬ばかり痛くなった。

「――片付いたようですね」

 出てきて良いものかと少しばかり悩んでしまったが、所詮は仕事なのだ、と割り切るとすっと足が進んでシズさんにそう言っていた。
 背中に抱きついていた女性は少しばかり迷惑そうに顔を顰めたが、シズさんは顔色一つ変えることもなくボクににこり、と笑いかけると刀をしまって依頼主である女性を見た。

「とりあえず、少しの間は何も出ないでしょうから今のうちに先に進んでおきましょう」

 その言葉に女性は逆らう事もなく何故だか頬を桃色に染め上げてこくりと頷いていた。

 路銀がなくなるということは旅をする上では非常に困る。
 エルメスの燃料を確保できない事もそうだけれど、パースエイダーの弾丸や携帯食料…消耗品はもとより日ごろ使っているパースエイダーやモトラドの整備もしなければいけないので路銀はいくらあっても足りない。
 基本的には襲ってきた者の着ぐるみや路銀などを頂いたりしているのだが、それでも足りないのでたまにこういった国と国の間を行き来するときの護衛を引き受けたりもする。
 今回の場合は、依頼主を怨恨で狙っている人が居るらしく確実に狙われるような状況なので、必ず厄介事が降りかかってくると保障されている。で、なんの関係もない旅人であるボクたちが採用された訳だ。まぁ、もっともそれはシズさんが一芸を披露してくれたお陰もあるのだけれど。
 というわけで、ボクらは彼女が乗っている馬車の後を歩いていたのだけれど…。

「あの兄ちゃん、お嬢さんに好かれたらしいなぁ」

 シズさんは依頼主の女性に呼ばれてその馬車に乗っていた。
 変わりに、とボクと一緒に歩いている大柄な男性ははぁ、とため息をついて羨ましそうな声音で呟いた。

「坊主、もしかしたらあの兄ちゃんと旅するのは最後になるかも知れんぞ」

「どうしてですか?」

 なんとなくその先が想像できたけれど聞いてみた。

「あのお嬢さんに気に入られて愛人…うまくいけば旦那になれれば金に不自由はしないんだぜ?人間、誰でも楽して生きたいという願望は必ず持っているものさ」

 予想の範囲内を越えない回答に、ボクはそうですねとにこりと笑ってみせると前を見た。
 馬車の中で何を話しているかはまったく分からなかったが、何故だかずきずきと痛む心臓はボクが何を考えているのか明確に示しているような気がしてなんとなく嫌な気分になった。
 だってまるで――嫉妬しているみたいじゃないか。
 ボクがシズさんを少なからず好いているのは分かっているけれど、だからって嫉妬というのはなんだかあのときの無力な少女に戻ったような気がして情けなくて恥ずかしくなる。
 それ自体を決して否定しているわけじゃないけれど――、旅人としてはきっと失格なんだろうな。
 ボクははぁ、とため息を吐いた。

 その後、問題があるわけでもなく敵も現れずに隣の国に到着した。
 ボク達はその女性がこの国に滞在する2日間、護衛のようなことをして再度依頼人である女性が元の国に帰るときにその行き来を護衛した。
 それなりに人は来たのだけれど、どうやら腕はボク達より劣っていたらしく、ボクが護衛している間彼女が死ぬようなことはなく、依頼料を受け取ることが出来た。
 依頼主の女性はボクの隣に並んでいたシズさんにまるで甘い声で囁くように言った。

「ねぇ、この国で私の恋人として暮らしてくれないかしら?お金の心配はしなくていいし、何不自由なく暮らしていけるわよ?」

 シズさんは少し困ったように笑ったが、女性にきっぱりといった。

「私は、貴方自身にはなんら興味がありませんから。さぁ行きましょう、キノさん」

 促されるように歩いていく後ろのほうで悲鳴のような声が聞こえた。
 それは、まるで何かに襲われるときのような、ただ恐れているような甲高い悲鳴のような声だった。

「何不自由ない暮らしを捨ているというのっ!」

「……何不自由ない生活など、つまらないだけだ」

 小さく反応したシズさんの声はきっとあの女性には届かなかった事だろう。
 そうして、シズさんはボクににこりと笑うと、ちゅっと唇に軽いキスを落として、

「キノさんと一緒にいるほうがいいですしね」

 嬉しそうに笑った。



      >>20051126 微妙にお題を外している感じがするなぁ。



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