つかず離れずの距離を保っているボクらの関係は縮まっていくのだろうか?
それとも離れるのだろうか?
ボクはどちらにも恐怖を覚えている。
そんなの無理…
とある国に着いた。
一日目はバギーを宿屋において四人(詳しくは二人と一匹と一台)で国を回った。
二日目になると、つい最近では日常となってきたのだがエルメスと陸君が何故だか妙に遠慮するので、二人を置いてボクとシズさんで携帯食料や弾丸などの必要なものを買い揃えながら街を闊歩した。
すると、無意識的に郊外に出ていた。
家がだんだん減ってきていた事などちゃんと意識していたはずなのに。
「郊外まで来てしまいましたね。キノさん、戻りましょうか?」
シズさんにそう聞かれて、返事をしようかと視線を上げたときふと遠くのベンチに座っている人を見かけて、ボクはシズさんに言った。
「その前に、あの人に話し掛けてから戻りましょう」
「ああ…。はい、そうですね」
シズさんは視線を移して、人を見つけると頷いた。
近づいて、今日和と挨拶するとその人はにこりと笑った。
腰の辺りまで流れる緩くウェーブのついた艶やかな黒髪に、透き通るようなきめこまやかな肌。薄色のぷっくりとした唇が愛らしさを表現していて、それらの良いパーツが涼やかな雰囲気を伴うように上手くまとまっているなぁと感心させられるような妙齢の女性だった。
「旅人さん?」
「はい。そうです」
その言葉に緩やかに微笑んだその人は、隣の空いている空間に座るようにとボクとシズさんを促した。
しかし、シズさんはさらりと断るとボクには座るようにと促して、促されるままにその美しい人の隣に座った。
「ところで、お聞きしてもよろしいですか?」
「ええ」
「どうして貴方はここに?」
その女性は一瞬光の含んだ黒い瞳を見開き、しかし口元に涼やかな笑みを浮かべた。
何故だか、その瞳は哀愁のようなものを感じた。
「思い出に浸っているのよ」
「…何故だかお聞きしても?」
立ったままのシズさんが太陽を背にして、無表情のまま聞いた。
女性は哀愁の光を止むことも無く、だからといって口元に微笑みを浮かべるのを止めることも無くこくりと頷いて、少しこもったようなソプラノの声で語り始めた。
「昔、とても愛した人が居たのよ。その人は旅人で怪我をしたからと私がたまたま拾って看病したの。――そう、一ヶ月ほどだったかしら?その間にね、彼が何故旅人をしているのか聞いたのよ。彼は死んだ友人のために世界を回っているのだと言ったわ。自分のために死んでしまった友人が生前に憧れていた旅人になって世界を見て回るのだと。それが義務で、自分はそうしなければならないと言ったわ。その、彼の強い思いに私は好きなのだと言い出せなかった」
そのまま、彼は旅立ってしまったの。と朗らかに笑う彼女はまだそれを引き摺っているようだった。
ボクは女性の言葉に潜む彼女自身の考えを読み取ろうと、その横顔をじぃっと眺めた。
透き通った白さは一種の幽霊を想像するような実体験の無い恐怖すらも感じて。
自我を通さずに生きていくことを選んだ彼女の後悔とはどのくらいなのだろうか、と考えを張り巡らせていた。
「たった一ヶ月の逢瀬よ。でも、私は彼を忘れられないのよ。だから、こうして彼と二人座って話して眺めたこの場所に来てしまうのね」
ボクはどうなのだろうか、と思った。
多分、ボクはシズさんが好きなんだと思う。
でも、その考えはボクの旅人であるという信念にも似た願いをきっと遮るのだろう。どこかに留まり、彼と二人で暮らして家族を持つのかもしれない。
そこにボクが望んで止まなかった旅人という状況は無い。
でも、旅人であることを取れは、ボクはシズさんという存在を何らかの形で昇華するのか失わなければいけないのだろう。
ボクの考えは利己的であるけれど、その本質は対して彼女と変わりないだろう。
そう、二択の道があってそれは好きな人を失う道かそうでない道か。
きっとそれは変わらない。
「旅人さんはきっと、私のような悩みは無いのでしょうね。自由に旅を続ける事が出来て、自由に止めることが出来るんだもの」
でもね、と彼女は続けた。
「――私のような選択を迫られても後悔しないでね。私のように過去に引き摺られたままでいないでね」
「ええ」
シズさんはにこやかに微笑んで彼女に肯定の意を示した。
微笑みを貼り付けたままの彼女は目元も緩み、本当の笑顔を浮かべていた。
挨拶をして、ベンチに座ったままの彼女にお別れをすると、ボク達は歩いてきた道を戻る。
「キノさん。キノさんはどちらを取るのですか?」
問われて、先ほどの話の続きだなと読み取ったボクは、顔を強張らせた。
努めて無表情であることを意識しながら背の高いシズさんを見上げる。
シズさんはただ穏やかに微笑んでいた。
「…今のボクには選べません」
そんなの、無理。
ボクは心の中で呟いた。
それを選択する場面に出くわしていない所為かもしれない。
ボクの精神が広い視野から全てを見渡せるほどに達観していない所為かもしれない。
どちらにしろ、今のボクには無理だ。
すると、シズさんは荷物を持ったまま、見ていたボクの唇にキスを落とすと、ただ微笑んでいた。哀しみの一つも感じないような瞳のままで。
「それもまた答えなんでしょうね」
>>20060114
やっぱりラブラブより暗い話のほうが書きやすい。
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