ヤキモチ?




 その国に入ったとたんに囲まれた。
 ぼくが、じゃなくて、たぶん、ぼくに乗っているキノとか、隣でバギーを動かしているいかすけない犬の主人だとかが。

「きゃー、すごい素敵ー」

「ねぇねぇ、何歳ですか?あ、私は18でーす」

「こっちの子もすっごいかわいー!お姉さんが手取り足取り教えてあげるって感じッ」

 黄色い声が多くて、特に隣の緑色のセーターを着たスケベ犬の主人なんかはものすごくて、キノの顔を見れなくて良かった、となんとなく思った。

「あの、すみません、私たちは宿をとりたいので…」

 困ったように呟くシズさんは大変だー。そう呟くと「きゃー、声も渋いッ」なんて声があがって、なおさらどうしようもない感じ。
 ともかく、追って来る群れ(としか表現の仕様の無い団体だと思う)を避けるようにぼくをバランスよく動かし、それに並行させるようにシエノウスのバギーが走ってくる。
 お前も大変だよね、整備してもその倍以上でがたがたの整備不良にされちゃうんだからさ。

 でもって、やっとこさ、ぼくはエンジンを止められて、サイドスタンドを出す。
 さぶっ、と思った。
 キノはいつも通り平然とした表情をしているんだけど、ぼくから見ればそれがさぶいくらいに冷酷な空気を纏っている。あーあ、シズさんも大変。他人事だけどさ。

「表が騒がしいと思ったんだが、あんたたちなら分かるねー」

 恰幅の良いおばちゃんが宿帳に書いている二人の姿を見てそう言った。

「え、これは、この国ではよく行われていることなんですか?」

 キノが言ったその台詞におばちゃんは笑った。

「まぁね。私なんかは生まれも育ちもこの国だからなんとも思わないんだが、どうやら他の国より女性が強いみたいだね。この国ではデートを誘うのも女性、プロポーズするのも女性さ。かくゆう私も今の旦那捕まえるために化粧してアタックしたもんさ。…もっとも、嬢ちゃんには縁の無い話なんだろうけど、どうやら勘違いされているようだね」

「…嬢ちゃんは止めてください。ボクはキノです」

 以前よりはキノは女の子に見られやすくなったと思う。
 多分、シズさんのおかげだね。

「まぁ、そっちのかっこいい兄ちゃんは格好の餌食さ。キノさん、きちんと捕まえておくんだよ」

 茶目っ気たっぷりにウインクするおばちゃんにぼくは何だか拍手を送りたい気分になった。
 やっぱり世の中の人はそう思ってるんだよ、キノ。


 次の日、シエノウスのバギーは宿屋に置きっぱなしにして、ぼくとキノとシズさんとスケベ犬は大きな6角形の建物の中に居た。――別名、ペンタゴンって言って軍の主要施設なんだって。
 そこには、女の人がたくさん居た。
 で、その中の暇な人(役所的にはどっかの部隊の隊長さんで数々の勲章を授与された人らしい。すごいねー)がぼくたちを案内してくれた。ちなみに、この人も女性。

「あの、お伺いしても良いですか?」

「ええ。どうぞ」

「この軍用基地を見た限りでは男性より女性がより多く登用されている印象をお受けしたのですが、何故そのようなシステムなのですか?」

「ああ。単純に実力の差もありますが、言うなれば――宗教上男性より女性のほうがこの国では強いのです。旅人さんは数々の国を訪れ、その軍では力の差で男性のほうがより多く使われているのを見たことがあると思います。この国でも例外なくほぼ男性の方が腕力では女性に勝っているでしょうね。けれど、宗教上の理由も含め、女性優位の我が国では女性のほうが軍入隊を希望し、そうして軍に仕えます。男性は逆に家事や一般的な生活を補助するような役目――つまりは主夫ですね。それにつくことが多いです。無論、男性も入隊しますが、女性ばかりなので軍には居辛いようですね」

 はー、つまりはお国柄ってことだね。

「それでは、もし妊娠などした場合のブランクなども激しいのでは?」

 今度はシズさんの質問。
 確かに、女性のほうが子供を生産(違うっていわれるけど)するからそうゆうのがない男性のほうが戦うんなら向いているような気もする。

「そうでもないですよ。実際に妊娠などの遅れによって我が軍の戦力が著しく低くなったことは過去の履歴から見ても一度もありません」

 ふーん。でも、存外そんなものかもしれないね。
 同じ人間なら男性も女性も大して変わらないってだけだ。

「というわけで、シズさん。私と一度手合わせしていただけませんか?」

 わー、お誘いだね。シズさんもってもてー。

 というわけで、ちょっと広い、空が見える場所にぼくたちは来た。
 そこは、普段兵士の人たちが訓練する場所で、身体を激しく動かすには丁度いい場所らしい。
 ぼくとキノとスケベ犬はちょっとはなれた場所で隊長さんとシズさんが向かい合っている姿を静かに見ている。――あの人は早々に負けないだろうね。どちらかというと隊長さんのほうが緊張している感じするし。いや、ぼくはそうゆうの専門外だけどさ。

「キノ的にはどうなのさ」

「なにが?」

「シズさんとたいちょーさんの対決。どっちが勝つと思う?」

「シズ様に決まっているだろう」

 バカ犬が言う。
 盲目的って言うんだよ、それにスケベ犬には聞いていないし。
 ぼくがなにか言おうとする前にキノのほうが先に口を開いていた。

「さぁね。勝負は常に平等だから。――ただ、ボクの見た限りではシズさんの方が実力は上のような気がするけど、刀は専門外だしね」

 互いに一礼をすると、勝負は始まった。
 遠くからだからシズさんもたいちょーさんもどんな表情をしているか分からないけれど、キノを見てみたら、なんだか悔しそうな表情をしていた。
 勝負はやすやすとついたみたいで、バカ犬の言うとおりにシズさんが勝った。

「――お強いですね」

 どこか、頬を赤らませた隊長さん。
 むむむ、これはやばい展開だな。

「―――私と付き合ってくださいッ」

 あーあ、こっちまで聞こえてきちゃったよ。明らかにうろたえてるって遠くからでも分かるし、隣のキノの寒々とした今風吹いていないのにすっごく寒い空気がぼくを横に向かせることを恐れさせている。
 こわいよー。
 これだから、自分で走れないモトラドってのは不便だね。動けてたら絶対脱兎で逃げてるよ。
 あ、早足でこっちに戻ってきた。
 めぇ、きらきらさせてたいちょーさんが来てるよ?

「キノさん、行きましょう」

「いえ、シズさんはそちらの方とゆっくりお話なさっては?」

 絶対零度の微笑みってやつ、だと思う。
 キノってばさ、やっぱりそう言うの分かりづらいんだけど、絶対の絶対にさ――怒ってるよねぇ。

「まぁ!キノさん、協力してくださるんですか!?」

 あーあ、さっきまでものすごい真面目な人だったたいちょーさんが今や頬を赤くして、恋する乙女だよ。
 こんなことなら、何とか断ってあのバギーと一緒に留守番してるんだった…。


 なんとか、解放されたのが夕方になる頃で、キノが冷気を惜しげもなく出すもんだから、ぼくたちは黙っているしかない。
 でもさ、キノ。
 それって、やきもちって奴でしょ?

「キノさん!なんでそんなに不機嫌なんですか!?」

 …シズさんって、意外と鈍感?もしかして。
 十中八九シズさんがもってもてだからなのにねぇ。

「ぼくが不機嫌ですか?そうでもないですよ」

 それは嘘だ。
 絶対に嘘だ。
 白々しすぎるよ、キノ。
 ――こんな空気もヤだからね、しょうがない、助け舟を出してあげよう。

「この国に来てからシズさんが異様にモッテモテでウッハウハだからだよ。あれだね、焼いた餅」

「それを言うのならばやきもちだろう?言語変換機能誤植ポンコツ」

「きー、お前なんか気の聞いた台詞すら出てこないくせに。くやしかったらぼくのように気の効いた台詞でも吐いてみるんだな、バカ犬」

 口出しするなっての。
 まぁ、このタイミングでバカ犬がいってなければ、ぼくの言葉は無視されたんだろうけどさ。
 悔しいから感謝してやらない。

「やきもち――ですか?キノさん」

 シズさん、ちょっと嬉しそうだし。
 あーあ、キノ、夕日浴びてても分かるぐらいに顔真っ赤なんですけど。

「ここの女性のように積極的でも嬉しいですけれど、キノさんはそのままで十分ですよ」

 にっこりと笑っているシズさんに、キノは困ったような表情を見せてるけど。
 絶対零度の風は吹かなくなっていて。

 よかったよかった。円満だね。

 でも、二度とこの国には来たくないかもね。



      >>20041120 やっぱり世の中の人はそう思ってるんだよ、キノ。は私の言葉です。



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