皮肉




 それは、果たして愛していたのだろうか?
 幼い俺にはそれを知ることは出来なかったし、人間の複雑な感情後の行動や、ひたすら後ろばかりを臨んでいた俺には分からなかったのだろう。――それは、今ですら変わらないこと。

「シズさんはなぜ剣を取られたのですか?よほどの腕がない限り、パースエイダーのほうが便利だと思うのですが」

 キノさんが不意に聞いてきた。
 俺は、微笑んだまま、それに返す。

「幼い頃から刀は近くにあったのだけれどね、逃げた街に刀を操る先生がいてね――多分、あの人が俺の師匠になるんだろうけれど、立ち振る舞いから効果的な人の殺し方――ともかく、俺が望んでいたことを教えてくれたのが彼だった。きっと、パースエイダーの使い手がいたのなら、俺はパースエイダー使いになっていたさ。キノさんもそうだろう?」

 尊敬する祖父が死に、母が自殺し、親戚の皆があの男の所為で命を落としていった。全ては、あの男の狂楽のみに振り回され、そうして、俺自身すらも何年もの間、あの男に縛られて生きてきた。
 皮肉なものだ。
 あの男を殺すためなら、俺は死んでもよかったというのに、何の因果か生かされている。
 人の生死、生き方は不思議なものだと思う。特に、あの男の呪縛から逃れ、あてもない旅を始めてからはなおさら。

「そうですね。そういうものなのかもしれませんね」

 そうして、俺の因果を狂わせた少女は隣で微笑む。
 不思議なものだ。
 俺は子孫を残すこともなく、自己満足を果たし、己を生かそうし刀の扱い方を教えてくれた人を、俺を逃がしてくれた人を省みることもなく死んでいく――そういう因果だと思っていたのに。
 愛なんて、ないと、恋なんて、あるわけもないと、そう信じていたのに。

    がちん。

 隣の少女が銃を取り出した。
 バギーを止め、腰につけていた刀に手を回した。

「ふぅ、近頃は追いはぎが流行っているんでしょうかね。いい加減、多いというものです」

 軽口を叩き、モトラドから降りた。
 俺も、それに重なるようにバギーから降りる。陸はそのままバギーに座っていた。

「彼らも生きていくために必要なことなのでしょう。…無論、同情するつもりもありませんが」

 刃は綺麗に透き通って、鏡のようにけれど、歪んで俺とキノさんの姿を映し出した。
 がさごそ、と森から音がする。

    ばさばさばさぁぁぁぁっっ!

 パースエイダーを刃を持った男たちが一斉に森の奥から現れて、俺は駆け出した。
 飛んでいく弾を弾いて、避けて、懐へともぐりこむ。
 驚いたままの表情で、真っ直ぐに切られていく。
 返り血がぶさまに噴出し、そのまま倒れていく。
 刀についた血を払いながら両手で掴んでいた刀を引く。
 一人、二人、三人、……。
 目を見開ききり、顔を恐怖に歪めて、死んでいく。

 何処かで、見た時のあるような顔がいたような気がした。

「シズ?……ッあうぁぁぁぁぁぁぁぁッッ!!」

 刃を弾き、切り裂いたその人は―――。




「シズさん?」

 死体が転がっている中で、そう、遠い昔に見た男が。
 笑っていた。
 彼も俺も笑っていた。
 庭には花が咲き誇り、優しげに微笑んだ母親がじぃっと俺と彼を見ていて。
 王冠を被った祖父はその皺だらけの顔をさらに皺を深くするように柔らかく俺と彼の頭を撫でて。

「運命とは皮肉なものさ」

 あの時が永遠に続くと信じていた。

「どうかしたのですか?」

 幻想を振り払うかのように俺は頭を振ると、バギーに戻った。
 残すものなど何もない。
 道は永遠に別れたままで。きっと、時が重なった幼いときは偶然の産物だったのだ。
 全ては流れていくのだから。

「行こう、キノさん」

「……ええ」

 果たして、あの男は家族を愛していたのだろうか?
 憎んでいたのだろうか?
 血を分けた全てのものを憎んでいたのだろうか?
 全て、過去のものは幻想のままで、動くことのないものは嘘で。庭で彼と微笑み笑いあったあの風景すらも幻想のままだったのだろうか。
 それを確かめる術はもうないけれど。

 運命とは皮肉なものだ。
 死を覚悟していた俺は生き、死を恐れていた彼は死に。
 愛など夢にも見なかった俺が、隣にいる彼女をひたすら思っているのだから。



      >>20041202 盗賊話連続2話で申し訳ない。



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