シズさんの服
それは、大きな湖に隣接されて作られた国だった。
おそらくは生活水の活用を目的とされて湖の近くに作られたのだろうと想像できて、やはり、その国の歴史資料館ではその旨が書いてあった。
無論、各国の歴史を知ることも楽しい旅のひとつではあるけれど、それ程奇異なことでもない。
ボク達はその大きな湖にきていた。
「うっわー、この国と同じ大きさぐらいの湖だね」
エルメスがびっくりしたような声をあげてそう言った。
確かに、緩やかなカーブを描きながら出来上がっているその水の固まりはとても大きく、まるで、その国の大きさぐらいで、でも、海のように先が見えないわけでもない。
だから、湖なのだけれども。
「今でも、生活用水にしているようだけれども、大雨が降って水位があがったときが怖いかもしれないな」
シズさんは湖を遠く眺めながら呟いた。
ある程度の距離があるけれども、水も時には凶暴な刃と化すときがある。
「旅人さん、ボートに乗ってみませんか?旅人さんならお安くしておきますよ」
そう言われたけれど、そのボートに乗らなかった。
ボクは、また、今度は一人でその湖に訪れていた。と、いうのもたまたま通りかかっただけなのだけれども。手には携帯食料やら、ともかく足りなくなったものを購入した。
近くにあった大きな木の下に腰を下ろす。
水ばかり見ていても有益なことなど何一つないだろうけど、そんな気分だった。
別にシズさんがうっとうしいとかそう言う訳じゃなく、時々、あの人のそばにいると、鼓動が早くなり、呼吸が苦しくなって、目がちかちかして、ともかく、苦しいことばかりで。
ちょっと、息抜きがしたかったのかもしれない。
それが悪いことではないと、ボクは知っているのだけれど。
「調子が狂う…」
それは本当だった。
「わぁぁああぁぁぁぁぁーーーッッ!!」
突然悲鳴が聞こえて、ボクは思考を切り替えて慌てて前を見ると、水しぶきが立っていて人が溺れていることに気がついた。
ボクは、とっさにパースエイダーのホルスターを外すと水めがけて一直線に走っていった。
水がボクにまとわりついて、混乱した人がボクの身体にしがみ付こうとするけど、これだと、体が引きずられてボクも溺れてしまう。
しょうがないから、ボクは気絶するように急所にこぶしを打った。
急所の場所はもちろん、パースエイダーを打つ際に必要だしきっちりわかっているのだけれど、いかんせん力が弱いからうまく気絶してくれるか心配だったけれど、その人は気絶してくれたようだった。
ぐったりとなった身体を引きずり、湖の外に出た。
水を吸い込んで重くなった身体に、水中から出ると浮力がなくなって、とたんに助けた人の体重がきつく感じる。
「クレルス!」
涙を浮かべた女の人が僕たちのところに懸命に走ってくる。
年齢からいって、この人の母親のようだった。
「旅人さん!有難う御座います」
未だ目をあけない(ボクが気絶させた所為だけれども)その人に縋りつくように座って、濡れているボクに向かってお礼を言った。
「いえ、病院に連れて行ってあげてください。ボクではその人を運ぶのは厳しそうなので…」
ボクはぺこり、とお辞儀をして集まってきた人たちをすり抜けるように歩くと、投げ出したホルスターを拾った。木の近くに行くと、遠くから走ってくる人が見えた。
「キノさん!」
シズさんだった。
ボクは濡れた髪をかきあげた。
「びしょ濡れですね…」
そう言って、タオルをボクに差し出した後、突然緑色のセーターを脱いだ。
「濡れたままでは駄目です。ホテルに着くまでそれを着ていてください」
「いえ、ボクは平気ですし、シズさんが寒いのでは?」
困ったようにシズさんを見た。
シズさんは上半身裸で、街中を歩くにはちょっと恥ずかしい状態だった。この国の人はみんなきちんと着込んでいるからね。
しかし…すごい、腹筋が割れていて、刀傷やら、銃の跡やらが酷くある体と思った。きっと、この腕に到達するまでに幾許か怪我をしたのだとわかるようなもので。
「いえ。女性が身体を冷やすほうが駄目ですよ。それに、今日は寒くないですから、ホテルまでは大丈夫ですし。私はここにいますから、それを着替えて早くホテルに戻りましょう」
ボクは、困ったけれど、ここで言い合いをしていてもシズさんは譲らないだろうし、それにべちょっと身体にシャツがまとわりついているのははっきりいって不快だったから、言葉に甘えることにした。
「では、ちょっと着替えますね」
ボクはシズさんがいるといった木の裏側に回りこんで周りをきょろきょろ確認した。
人はいないようだったので、手早く濡れたシャツを脱いでシズさんの服を着た。
緑色のセーターはボクの身体を優しく進んでくれたけれど、袖は折らないと駄目だったし、すそは丁度、お尻が隠れるか隠れないか程度。
なんだか、その体格差が妙にシズさんって、男の人なんだなぁ、と思った。
「行きましょう」
ボクは待っていてくれたシズさんにそう声をかけた。
ズボンもびしょびしょで、濡れた身体をきちんと拭くことは出来なかったからシズさんのセーターも少し張り付いていたけれど、さっきの状態よりはまだマシになったかな。
シズさんはボクが買って来た荷物を持って、ボクの歩調に合わせるように歩き出した。
…なんだか、シズさんの服ってだけで、暖かいような気がする。
「でも、なんでシズさんはここを?確か、散歩してくるって言っていましたよね?」
「ええ。街を大回りに歩いて丁度ホテルに帰るために通りかかったのですが、街の人たちが驚いたように湖に向かっていくのが見えたので、私も興味本位に歩いていったんですよ。そうしたら、びしょ濡れのキノさんを見かけたんです」
確かに、出かけるとき、こっちの逆方向に向かっていったのはわかっていたから納得した。
が、なんだか、ちらちらとシズさんの身体が目に入る。
「ああ。なんだか、こんなに身体に傷があると情けないですね。今ではほとんど怪我をしないのですが、未熟なときから旅をしていたもので、生傷が絶えなかったんです。よく死ななかったと今では感心するほどですよ」
なんだか、今のシズさんには似合わない言葉だとボクは思う。
シズさんほどの腕を持った人をボクは見たことがなかったから。もちろん、刀使いということに限定するけれど。
ボクもあの時勝ったのはシズさんが闘いに関して使命感を持って、気を入れすぎて闘っていた所為だと思うし、シズさんと旅を始めるときに対戦したときは、運で勝ったようなものだと思う。それほどにボクとシズさんの戦闘能力ってのは同じ程度だと思う。
「そうですか。ボクは師匠に鍛えられていた所為か、傷自体は少ないですね。大怪我をしてしまっては旅人としては致命的ですし」
「ははは、そうですね。私も、重傷を負ったときは運で良い国に入って、手術を施してもらったものですから。あの時は、本当に人々に感謝したものです」
その言葉に、ボクも何だかほっとした。
知っている人が死ぬっていう事はぞっとするものだと思う。それなりに付き合いがあった人は、特に。
そうじゃなければ、きっと、この体を今包んでくれているシズさんの緑色のセーターすらも見逃していたに違いないから。
「ああ、つきましたね。そのセーターを返すのはいつでもいいですよ。同じようなものを後3着持っていますし」
「そうですか。わかりました」
そう言って、ボクとシズさんは別れた。
部屋に入ってズボンは濡れて気持ち悪いのに、服を脱いでシャワーを浴びてしまえばいいのに、何故か、シズさんの服をなかなか脱ぐ気にはなれなかった。
>>20041206
旅を出た当初の古傷ってあると思う。
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