かわいい




 かわいい。というものはたくさんある。
 例えば縫いぐるみだったり、例えば赤ちゃんだったり、例えば猫だったり、例えば犬だったり、例えばモトラドだったり、例えばパースエイダーだったり、する。
 もちろん、人それぞれかわいいの定義が違うのだけれども、今、それは俺の中では目下――キノさんだったりする。

「ここは、"かわいい"国です」

 そう言われたとき、隣に立っていたキノさんの眉がぴくりと動いた。

「―――は?」

 そして、再度聞きなおすように聞くキノさん。
 俺は、静かにそのやり取りを聞いておく。例えば、この話がこれでお終いになってしまったのなら、事情を聞くために再度聞きなおすということを俺はしなければいけないのだけれども、終わりではなかったから、話を遮らないためにも黙っておく。沈黙は金なり、とは先人も良く思いつくものだ。

「つまり、皆がみんな、かわいいものを集めているんです。そうして、かわいい物だらけになったこの国は"かわいい"国。というわけなんです」

 実に面白い話である。
 実を言うと、この入国審査局の中も随分おかしかった。
 ピンク色にあふれかえった中には、ふりふりのレースにかわいいクマの縫いぐるみが自分の居場所を誇示するようにそこら辺に鎮座している。飾ってあるパッチワークは何処かののんきな田舎の風景をこれまたファンシーに仕上げた作品で、小さなシャンデリアがきらり、と光る。
 さらに、目の前の人も、フリル満点のピンクのワンピースにこれもまたフリルがなさっている白いカーディガンを着ている。…ちなみに、性別は男。
 まぁ、伝統の一部だと思ってしまえばそれなのだろうけれど。

「そうですか」

 キノさんはこれ以上追求するのは止めたらしい。
 …その方がいいのかもしれないが。

「で、滞在は何日で?」

「3日間です」

 というわけで、かわいい国に俺達は入国した。

 入ってびっくりしたのは町並みだった。
 かわいい国というだけに、建物は全てファンシーなレンガの家とかそうゆう物かと思いきや、コンクリートのビルもあったし、無骨に鉄筋を見せているものすらもあった。大きさもまちまちで、大きいのもあった。もちろん、小さいのもあった。

「これは…どういうことなんでしょう?」

 キノさんは不思議そうに首を捻った。
 どうやら、発想は俺と同じようだった。

「あら!旅人さん、今日和。それがかわいいファッション?」

 そう尋ねた女性の格好は、真っ黒な皮のスカートに真っ黒なブラウス。ネクタイは赤地に蜘蛛が描かれていて、耳には銀色のピアスが垂れていた。

「いえ。実用重視ですが…。それが、あなたのかわいい<tァッションですか?」

「ええ、もちろん!この国の人は皆かわいいと思ったファッションをしているのよ!」

「じゃあ、貴方は周りの人の姿が、かわいいとは思わないんですか?」

「思わないわね!なにがかわいくてあんなファッションをしているのかわからないけれど」

「そうですか」

 じゃあ、と一礼してその女性は去っていく。

「…人の好みは謎だね」

「うん」

 それはともかく、ホテルのチェックインを済まそうと中に入った。
 等身大の少女達の人形がじろじろとこちらを見ている。それは制服姿やらナース姿やら猫耳姿やら…良く分からないものたちばかりだ。

「ああ、お客さんかね」

 そういう店長は、普通の格好をしていた。
 いや、ナース姿までは覚悟していたのだが…。

「ええ。二部屋お願いします。…ところで、この人形達は部屋までは居ませんよね…?」

 キノさんの質問はもっともだと思った。
 人形に四六時中睨まれていたら休む気もしない。

「ええ。こんなにもかわいいのに何故か不評でね。どうしてだか、わかるかい?」

 キノさんは、少しばかり困ったように微笑んでいた。

「いえ、ボクには」

「そちらの、背の高いお兄さんは…?」

「私にも、わかりません」

 そうして、エルメス君と陸にお留守番をしてもらうと、キノさんと二人で必要なものを買いに行ったのだけれども…。
 街の人々のかわいい≠ノは様々な種類があって驚いた。
 パースエイダーをかわいい、といってキノさんに譲ってくれるように懇願した人もいたし、緑色が好きらしく、髪も緑色にして服も全て緑一色の人に、俺の緑色のセーターを譲ってくれないかと泣き疲れたりもした。
 かわいい、といった概念は皆同じようなものだと、俺は勝手に勘違いしていたようだった。
 と、キノさんが俺のほうを向いて、首を傾げた。
 その仕草はかわいい。

「シズさんはどんなものがかわいいと思いますか?」

 俺はにっこりと笑った。

「今、一番かわいいと思うのは――君だよ、キノさん」

 その言葉に、キノさんはすっと頬を赤く染めた。
 そんな表情もかわいい。

「冗談も程ほどにしてください」

「いいや、至極真面目に言ったつもりだけど?」

 そう言うと、キノさんは少し困ったように頬を掻いた。
 そんな姿がかわいい。

「キノさんは、全てがかわいいよ」

 言葉に、キノさんはにっこりと笑った。
 それもかわいい。

「…シズさんも、かわいいですよ?」

 そう言って、不敵に笑うキノさんも。
 かわいい。

 笑っている俺に、キノさんは少しばかり、にやっと笑って、明後日の方向を向いた。
 かわいいものは、全部違うけれど。
 それでも、キノさんはかわいい。



      >>20041217 この話だと、×っ子の姿をしたキノさんなんか見たらシズさん鼻血ものだね。



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