孤独




 朝がゆらりと訪れて、私はその眩しさに目を開けた。
 その日は野宿をしていて、白い煙がゆらり、と揺れる焚き火の周りに私達はまるで円を囲むように、だけれども、直ぐに反応できるように武器を隣に置いて眠っていた。
 ふ、と辺りを見渡すとあのポンコツモトラドは勿論、シズ様も眠っていた。
 しかし、キノさんの姿は見えない。…もしかしたら、既に抜き打ちの練習ぐらいはしているのかもしれない。
 私は、自然に流れる風や、岩にぶつかりながら流れていく水のせせらぎの音の中に紛れる、人が動作する音をわずかに聞き分けながら歩いていくと、森の中を抜けて、地平線が綺麗に見える草原に出ていた。
 しかし、キノさんの姿は見えない。
 もしかしたら、私の耳も耄碌のようになってしまったのだろうか、と首を傾げつつも、朝日がゆったりと、しかし世界のリズムのままに登る姿をただひたすら感情も持たぬままに見つめていた。

「お早う、陸君」

 少年とも少女ともつかない高くも無く低くも無い声が聞こえて、私はは、と意識を現実に取り戻した。
 それは、ここ1ヶ月強で頻繁に聞くようになったキノさんの声だった。
 私は、くるり、とキノさんのほうを振り向くと、わん、と一鳴きした。

「お早う御座います。キノさん」

 キノさんは私の頭に手を置くと、くしゃくしゃ、と頭を撫でてくださる。シズ様はしない、そんな少女らしい行動に私は微笑むを浮かべる…と言っても、私はいつも笑っているようにしか見えないようだが。

「綺麗かい?」

 そう言われて、私はあの朝日のことを指しているのだと、恐れ多くもキノさんのほうに背を向けてその朝日を眺めた。

「綺麗ですね。しかし、寂しそうでもあります」

「そうだね」

 キノさんは肯定の言葉を返した。
 私と同じ感情を持ってくださっていたのだろうか?キノさんに背を向けていた私には、それを表情で確認する事は出来なかった。
 朝日は昇る。
 しかし、朝日は1つしかないのだ。
 同じものなど一つもなく、同じ時間に目を覚まして、私達を照らし続け、月とバトンタッチをする。
 それは、永遠に1人での行いで。

「僕は僕が生きていくために、太陽を見て感傷的になんて普通はならないけれど、陸君と二人きりだったら構わないだろう?」

 私は苦笑した。そうして、そうですね、と肯定の意を返すと、キノさんはくすくす、と笑っていた。
 キノさんはシズ様よりも旅人な旅人だ。シズ様は、自分が生きるためなら非常にもなれるけれど、それでも本来の生き方ゆえか、旅をする事が目的じゃないゆえか、人に対して甘くなるところがある。その所為で、たかられたりもするのだが、キノさんにはそうゆう隙は一切無い。私達が出会ったときに起こしたアクションは、恐らくはキノさんの中では単純に自分の腕を衰えさせないために行ったことでしかないのだろうし(最近はあの×××××モトラドと二人きりで留守番する事が多く、他愛も無い話ばかりを繰り返している中で聞いた話だった)、基本的には話を聞く以外にはその国に関わりをもたない。――もちろん、例外も多々あるようだったけれど、キノさんのスタンスは旅を続けるために行動する、それのみに尽きるのだ。
 感傷的になることなど――ほとんどなさそうである。

「ねぇ、陸君。同族が一人も居ない太陽と、同族はたくさん居るけれど一人で行動する人、一体、どちらが孤独なんだろうね?」

 聞かれて、それは酷く難しい質問だと思った。それは、当人の捉え方で変わるものだから。
 どちらも酷く寂しいに違いない。
 私は人語も喋れるけれど、普通の動物というものは同種にしか喋れないもので、例えばシズ様と意思疎通を図るための言葉を交わせなかったとしたのなら、寂しいと思うから。
 言葉を知っても言葉を話すこともなく。
 そうして只一人地上を見ている太陽は孤独なのかもしれないけれど、もしかしたら孤独という概念を知らないのかもしれない。
 逆に多くの者と言葉を交わすことが出来たとしても、心を許す事の出来る人が居なければ、言葉なんて意味のないものに違いない。
 そうして、孤独の概念を知っている人間は、同じ種族が笑いあっているというのに自分だけ異質な事に孤独を感じるのだろう。それは、寂しいと思うから。

「私にはどちらがより孤独なのか、決める事は出来ません。が」

 が?とキノさんが聞き返す。
 そう、どちらも体験した事のない私になどそれを決める権限など何処にもないのだ。
 けれども。

「孤独とともに歩まぬことを願うのです」

 シズ様にしろ、キノさんにしろ、歩いているのだ。それは、人でないものと。
 それは、1つの友情や主従の証には違いないのだけれども。

「例えば、キノさんには同じ人が居るでしょう。人が存在する限りは、共に歩んでいくのは人であるべきなのです」

 確かに、種族を超えたものは存在するのだろうけれど、種族を超えられないものも確かに存在するのだ。
 それは、目に見えるものも然り、目に見えないものも然り。
 だから、私は従者として、シズ様には人と共に歩み幸せを望むのだ。例え、一人でもいい。隣に1人、いるだけでも、きっと今の状況とは何かが違うのだから。

「だから、私は孤独と寄り添って歩いていくのではなく人と寄り添って欲しいと、傷を癒し悲しみと歩くのではなく人と歩いて欲しいと願ってやまないのです」

 呟くと、キノさんの気配が動いて、私の頭を撫でてくださった。
 私はキノさんの表情が気になって振り向くと、キノさんは微笑んでいた。それはとても悲しそうに、羨ましそうに。

「そうだと、いいね」

 そうだと、いい。



      >>20041227/20050214 他者の願い故に。



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