すき?
ボクは好き、という感情を意識したことが無い。
好きって奴には様々な種類があって、愛でるようなものや、親類に対するものや、友情に対するものなどがあるけれど、ボクはそれらを作らずに生きてきた。
ものに対するものや、旅に必要なものなんかはまだいい。
でも、人を好きになってしまえばボクは――旅を続けていけなくなってしまうから。
なのに、今。
ボクの隣には人が居る。
「綺麗な星空ですね、キノさん」
「ええ」
ゆっくりと草原に寝そべって、ボクと彼は星空を眺める。
何処までも何処までも光り輝いて闇夜を照らし出す星たちはたくさんの星達に囲まれて寂しくも無く同じ位置で光り輝いているのだろう。
例えば、同じ国に生まれ、同じ国で育ち、同じ国の人と結婚し、同じ国で生涯をとじる人々はきっと、この星達と同じに違いない。それだけ、その国が好きなのだろうか。それとも惰性なのだろうか。それとも、その国しか知らない所為なのだろうか。…ボクには分からない。
「星はボク達とは違いますね」
「どうゆうことですか?」
「ボク達のように流れてはいかない」
「…それでも、月日は過ぎていきますよ。そして、変わっていないものでも変わっていくものです」
変わらないものなんてない。
けれど、変わらずに存在しているものは確かにある。
それは感情なんて酷く曖昧なものではないはずだけれども。
「キノさんは…まるで変わらないことを好んでいるような気がするよ」
「……どうして?」
ボクは空を眺めたまま聞いた。
「旅をするということは一見変化に富んでいて、とても騒がしい感じがするのだろうけれど、エルメス君とずぅっと旅をしていくという行為自体はなんら変化に富んでなんか居ない。もちろん、それもまたキノさんの人生だし、旅をしている俺がどうこう言うことじゃないんだけどね」
そう言われて、たぶんその意味はわかるような気がした。
ボクは、旅を止めてしまうことでキノ≠ェいなくなる事を恐れているから。
ボクを助けてくれて、世界へと視野を向けさせてくれて、そうしてエルメスと出会わせてくれた彼の存在を風化させてしまうような気がしたから。
とても、とても恐れている。
恐らく、それは思い出を美化しすぎているのかもしれないが、幼かったボクにはとても大切な出来事だったし、とても、キノ≠フ事が好きだったから。
「そうかもしれないし、そうじゃないのかもしれない」
どう転ぶにしろ、ボクは旅をすることが好きで、旅をすること以上に好きな人とか執着するものとかがないのだから、やっぱり旅を続けていくのだろう。
それは、果たして本当なのか如何なのかはボクには見当もつかないけれど。
「そうやって、一点に留まることを恐れているんだね」
うううん、それを恐れている訳じゃないんだ。
多分、好きになることを恐れているんだ。
他でもない…。
「ある意味では恐れているのかもしれませんね」
貴方の事を。
「どうして?」
「変化を望むために執着するものを作ることは、ボクにとっては身を破滅に追いやることにしか考えられないからね。それは、とても恐ろしい。恐ろしいことですよ」
そう、とても怖いんだ。
そうして、好きだというものを手に入れて、なくしてしまう事を考えると。
全ては壊れるために存在していくのだから。ボクは、そう思っているから。
「恐れていては何も手に入らない」
「では、シズさんは恐れていないというのですか?」
「いいや。怖いさ。だから、こうやって旅をしている。けれど、無くす以上にその経過を共にいられなくなるのは恐ろしいから、俺は俺の思うままに行動をする」
それは恐らく、失った後にも失う前にもとても大切なものがあるから言えることで。
ボクは、あの時から人を好きになることを恐れているんだ。
執着して、そうして肉親のように思っても何時の間にか無くしてしまうことを。
キノ≠忘れて、貴方に執着してしまって、貴方すらも無くしてしまったら、ボクはどう生きていけばいいのか分からなくなる。
そうして、それが恐ろしいから。
「シズさんは強いんですね」
「いいや。とても弱い。…悲しいぐらいに弱いよ」
それでも、恐れることのない貴方の行動は多分、すごいことだと思う。
ボクは、好きだと疑問視を加えることにすら恐れを感じているのだから。
>>20050103
多分、恐怖に打ち勝てるからこそ人間なのだろう。
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