あなたには勝てない




「例えば、ここで、俺とキノさんが別れてしまって二度と会えないとしたら――キノさんはどうする?」

 無くなってきた携帯食料や、冬に備えての防具を買いだしに行くために、俺とキノさんは二人で町を闊歩していた。
 そのときに、唐突に思いついて、キノさんに聞いてみた。
 キノさんは、やはり、というか訝しげな顔をして、俺を見た。
 そうして、言葉を選ぶように口を開いた。

「それは、一時的にですか、それとも、今後別れてしまえば永遠に――という意味ですか?」

 永遠に――。
 きっと、こうしてキノさんに再度会って、一緒に旅をしているのはきっと奇跡に近い。
 本来ならば、二度と会う事も無く、俺たちは別々の道を歩んできたに違いないから。
 俺は、微笑んだ。

「後者だね」

 そう言うと、キノさんは躊躇いも無く言った。

「実際、生きている限りはありません。…それに、ボクは初めてシズさんに会って別れたときは二度と会わないという意味で別れたのですが」

 そうだろう。
 この広い世界で、俺もキノさんも常に移動している。
 もちろん、俺はこのまま旅人でいるつもりは無いのだが、キノさんは旅人でいる事をまるで義務としているような部分もあるので、何故だか俺は、一生エルメス君と旅をしているような気がしていた。
 そうすると、あの、故郷で出会ってから、会う事は二度とないだろう、とキノさんを見送ったのだが。

「そうだね。俺も、きっと、キノさんには会わないだろうな、と思っていた」

 その言葉に、キノさんは少し眉をひそめた。
 その意図は、俺にはわからない。

「そうでしょう?互いに旅をしている身ですから、どうなっていても解らないのですから」

 けれど、あの時の事を聞きたいわけじゃない。
 あの時と今では、時が進んでいるのだから。
 時が進むに連れて、気持ちが変わっていくのは至極自然な事だ。

「けれど、俺が今聞きたいのは、今のキノさんの気持ちだ」

 そう言うと、キノさんは訝しげな表情を見せた。

「建設的な話ではないと思うのですが?」

 その言葉はキノさんの言葉らしい、と思った。
 なんとなくだけれども、旅人というものは一瞬一瞬の状況判断をしなくてはいけなく、不必要な事はしないほうが、やりやすいものだと思う。

「それでも、ありえない話ではないよ」

「……」

 キノさんは黙った。
 どう答えていいものか悩んでいるのか、それとも、言いたくないことなのか。
 分からないけれど、それでも、聞いてみたいような気がした。

「どうするんだい?」

 そう、促すとキノさんは口を開いた。

「――それでも、ボクは旅を続けることを止めたくはありませんから」

 なんとなく、予想していた答えだった。
 俺は、キノさんのことが好きだけれども、キノさんがどう思っているか分からないから。
 それに、俺よりも、旅を続ける事を優先しそうな気がしたから。

「それが、君のスタイルかい?」

 そう聞くと、キノさんは酷く悲しげに微笑んだ。

「いえ――、酷く、消極的なだけですよ」

 その意図がわからなかった。
 変わらぬ事を続ける行為もまた、積極的なことに変わりは無いと思うから。
 それを、どんなに恐れていても。

「どういう意味だい?」

 俺が聞くと、悲しげな表情のまま、言葉を続けた。

「ボクは、失うことを恐れているだけなんです。旅を止めてしまうことで得られるものはたくさんあるのかもしれないけれど、それは、とても危ういものだと、ボクは知っていますから。けれど、旅はボクが止めてしまわない限りは、決して失うことは無い」

 そこで、言葉を切ったキノさんに、俺はその先が聞きたくなった。
 何を失う事が無いのだろうか。
 なにを失いたくないのだろうか。
 キノさんが、抱えているそれの一端を、俺は知りたかった。

「なにを」

 だから、促す。
 すると、キノさんは、少しばかり黙って、でも口を開いた。

「美しい思い出と、それを与えてくれた人を」

 そういうキノさんの表情は、とてもとても悲しく寂しげで、一体、何があったのだろう、とそう思った。
 俺の知らないキノさんの過去。
 その過去に、キノさんはどんなに悲しい思いをし、どんな傷をその心に負ったのだろうか。
 そして、俺は、それを見ることも叶わないのだろうか、と。

「だから、例え、ここでシズさんと別れて、二度と会えなくても――ボクは、旅を止めることなんて出来ないんです」

 その心の傷ゆえに。
 キノさんが、旅を続けなくてはいけないとしたら。
 なんと悲しい事なのだろうか。

「キノさんは――弱いんだね」

 俺がそう言うと、キノさんは微笑んだ。

「はい」

「けれど俺は――君には勝てないよ」

 君のその過去に。
 君の美しい思い出に。
 君の、心にいるその人に。
 俺は、勝つ事なんて出来やしないほどに、弱く、力が無い。
 それが、悲しい。
 どんなに剣の腕があろうとも、どんなに旅をしてこようとも。
 キノさんにも、キノさんの心にも――勝つ事は出来ないのだから。



      >>20050108 似たような話を書いてしまう傾向があるらしい。



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