ここでさよなら




「此処で、お別れです」

 キノは、まるで表情を見せないで、シズさんにお別れを言った。
 シズさんは驚いた表情をした後に、悲しげに微笑んでいた。
 ぼくは、てっきりシズさんが「もう少し一緒に旅をしましょう」とか、粘ると思っていたから、次に聞いた言葉はびっくりした。

「わかりました…。次に会うときも、機会があれば一緒にこうやって旅をしましょうね」

 キノは、やっぱり表情を変えないままにまったく逆の方向にぼくにまたがって走り出した。
 ――遠くで、シエノウスのバギーのエンジン音が聞こえた。
 奴とももうちょっと並行して走りたかったな。もちろん、走ったらぼくのほうが勝つけどさ。
 と、キノは突然止まって、ぼくを反対方向の…恐らくは、シズさんが今走っている方向に向けた。

「ど、どうしたのさ!?キノ」

「こっちに行くのさ」

「だ、だって…!もしかしたら、シズさんに追いついちゃうかもしれないよ!?別れた意味ないじゃん!」

「けれども、追いつかないかもしれないし、シズさんは他の方向へ走って行っているかもしれない」

 そう言うキノの口調はとても楽しそうだった。
 けれど、ぼくにはキノが何を考えているのか、よく分からなかった。
 エンジン音が高く鳴り響いて、走る体制に入る。

「なんでそんなに楽しそうなのさ」

「ボクは賭けをしているんだよ、エルメス」

 キノの足が地面とはなれて、ぼくは器用に走り出した。
 ぼくがただスピードを出して、キノがそのバランスをとる。
 それが、ぼくとキノの関係。
 じゃあ、キノとシズさんの関係は?

「それはどんな?」

 エンジン音が響き渡る中ぼくは聞いた。
 キノは、前を見たままぼくの問いに答えてくれた。

「もし、もう一度シズさんと会うことがあったのなら、きちんと、ボクの気持ちを自分で認めよう。そして、それをシズさんに言おうって」

「キノ!それってつまり…」

 告白する事?
 ぼくはそう聞きたかったけど、聞けなかった。
 だってまだ、キノは自分の気持ちを認めていないんだから。

「恐らくは、エルメスが考えている事と大した差はないさ」

 やっぱり、言いたいことはこの場合、簡単に分かるよね。
 だって、恐らくキノはぼくが思っていたことを、知っていたんだろうし。
 っていうか、バカ犬と同じく見守る係だったからね。…一緒ってところで、癪に障るんだけど。

「じゃあ、もし…シズさんとずぅっと会えなかったら如何する訳?ある期間を決めて、シズさんに会うのを諦めるとか、そうゆう有効期限はあるわけ?」

 キノは、苦笑していた。

「そうだね…。ボクとの約束だから、シズさんと今後会えなくたって、一生そう言おうって決めたまま、死んでいくかもしれないし、一ヵ月後位には取りやめて、そのあとでシズさんに会ったって、ボクはシズさんに何も言わないのかもしれない」

「ふぅん…、難しいね」

 ぼくは自分との約束とかはしないから分からないな。
 第一、キノとか乗り手がいないとぼくは自由に行動できないから、あんまり考えないしなぁ。言いたい相手もいないし。

「難しくはないんだ。ただ、自分には誠実にならなきゃいけないだけさ。自分との約束なんだから」

「そっか、そうかもね。じゃあ、シズさんと会ったら、キノは旅を止めるの?」

「分からないさ。止めるかもしれないし、止めないかもしれない。ただ、ボクは、ボクの作り上げたキノ≠ニいう人物じゃなくて、もっと、ボクのキノ≠ノなるのかもしれないな」

 ぼくにはその意味がわからなかった。
 ぼくが目覚めたあの国では、もう、キノはキノだったから。
 まぁ、確かに最初のほうは髪も長かったし、自分のことも私≠チて言っていた。
 でも、キノはキノだったんだ。
 と、ふと、最初に会ったときにあの赤い花畑で揺れたキノの長い髪を思い出した。

「キノは髪を伸ばすの?」

 そう言うと、なんだか、キノが微笑んだような気がした。

「伸ばすのかもね」

 その言葉に、ぼくはシズさんに会った後の、自分との約束とやらを果たした後のキノが、なんだかとても幸せそうな気がして、早くシズさんに会えるといい、と思っていた。



      >>20050115 難しいなぁ。



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