呼ぶ声




『…、……、…………!!』

 ああ、声が聞こえる。
 私の名前を呼ぶ、優しく微笑んでくださったあの方の声が。
 幼い頃から一緒にいた貴方は、私が死ぬときまで、一緒にいると思っていたのです。
 私は、呼ぶ声を聞きながら、懸命に瓦礫の下に埋もれているあの人を助けようとして……。

『……………………――くッッ!!』

 呼ぶ声ばかりが。






「陸?」

 優しいけれど、違う声が聞こえて、ゆっくりと眼を開けると、目の前には微笑んでいるシズ様の姿がありました。私は、思わずきょろきょろと辺りを見渡してほっと、ため息をつきました。
 それは、夢だったそれへの安堵と、一種の恐怖にも似たもので。
 バギーの上は決して快適とはいいませんが、眠ってしまっていた私はピン、と背筋を張りました。
 シズ様の安全を見て、シズ様の要望に直ぐにこたえられるように待機しているのが私の役目だというのに、私としたことが、眠ってしまったようです。
 あの夢は、そんな気の緩んでいる私への警告なのかもしれません。

「すみません、シズ様」

「いや、構わないんだけれどね、低い声で唸っていたものだから夢見が悪かったのかもしれないと、無理やり起こしてしまったんだ。――もし、良い夢を見ていたのなら、申し訳ないことをしたね」

 私はゆっくりと首を横に振りました。
 シズ様の思ったとおりに、私はとても苦しくて、辛い夢を見たのですから。
 この犬の身ではどうしようもなかった、そんな夢を。

「いいえ、夢見は悪かったものですから。――私を呼ぶ声が、辛い夢を」

「そうか。俺は、呼ぶ声など聞かなくなったしまったな」

 シズ様は遠い目で、空を見ていました。
 私にはシズ様の辛いお気持ちは理解する事も出来ず、癒す事も出来ませんが、その表情はとても辛そうで、自分の身が何も出来やしない、種族すらも違う、それがとても悲しく思えた。

「旅というものは、自分を覚えているのかどうかすらも分からず、何よりも、呼んでくれる人がいない――。それが、とても辛いのかもしれないね」

「シズ様――」

「少し前までは、キノさんが俺の事を呼んでくれたんだけどね」

 その言葉に、微笑んでいるまるで少年のような格好をした少女と、その隣で、あほのように佇んでいる×××××なモトラドを思い出した。
 はっきりいって、モトラドは思い出さなくてもよかったのだが。
 というか、思い出したくもなかったのだが。

「キノさんも、少しは寂しがっていてくれているのかな?」

 苦笑して、シズ様はそのままバギーを進める。

「私にはそれは分かりません。――一つ伺ってもよろしいでしょうか?」

「なんだい?」

「シズ様は、なんであの時、キノさんが別の道に進みましょうと、提案をしたときに強く反対なされなかったのですか?」

 その言葉に反応するように、シズ様はちらり、と私のほうを見やった。
 そうして、正面を向くシズ様の表情はなかなか読みづらいものだった。

「キノさんは、自分の言ったことを曲げない人だ。――それに」

「それに?」

「何故だか、予感がしたんだ。あそこで別れても、もう一度キノさんに会えるような」

 第六感といったものだろうか。
 そういったものは私たち犬のほうが強いはずなのだが、…まぁ、本能に任せている、と認識されているようだけれども…、ともかく、シズ様が感だけで、その様な事を仰るだなんて、珍しい。
 シズ様は、命のやり取りや交渉術を知っている所為か、勘に頼るといったことがほとんどないのだが。

「それで、良かったのですか?」

「いいんだよ。人との出会いは運だ。俺とキノさんの出会いは2度。もう一度会ったら、輪廻の中にキノさんという人は刻まれている、と思って、一緒にいられるように粘ろうと、そう思っているんだよ」

 少しだけ楽しそうなシズ様の表情に私は何だか嬉しくなった。

「もう一度、会えるといいですね」

「――そうだね」

 肯定するシズ様の声のほかにも、何故だか呼ぶ声が聞こえた。
 そう、シズ様を呼ぶ、その声が。



      >>20050123 陸の過去捏造(笑)



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