the Beautiful World
防寒用に耳あてのついた飛行帽の様な前に鍔のついた帽子に、風や砂埃から目を守るためであろうか、ゴーグルをちょこんと帽子の鍔に乗せて、女性にとってはやや大きめの茶色のコートを羽織り、腰にはパースエイダーを二本吊り下げている妙齢の女性は、まだ一桁の数字を刻んでいるであろう少年を抱きかかえるようにモトラド(注・二輪車。空を飛ばないものを指す)を運転していた。
その後からはシエノウスのバギーがついてくる。
其処に乗っているのは緑色のセーターが特徴的な腰に刀を装備した青年と、白髪の十代半ばから後半ぐらいであろう少女だった。
ちらり、と視線をバギーに向けた女性は、はぁとため息を吐いた。
それはもともと三人(実際は二人と一台)で旅をしていたのに、予想外に人数が増えたことにあるのだろう。
「キノが悪いんだからね」
出会ったときから全く変わっていない変声期前特有の子供らしいだがしかし、女性だか男性だか判別のし辛い甲高い声をしたモトラドの言葉にキノと呼ばれた妙齢の女性は困ったように眉をハの字に下げた。
「大事にする気はなかったんだけどね」
「キノさんが喋っていなければ大事にもなるよ。なんってたって、認識してなかった自分の子供が突然現れたようなものなんだから」
キノに抱きかかえられるようにモトラドに乗っていた少年は肩をすくめて、まったく呆れたように呟いた。
「まさしく、隠語発覚!」
「……隠し子、だろ」
合いの手を入れるように誤植変換で元気よく叫んだモトラドは見事に空回りだったようで、場はまったくもって白けていた。
この、奇妙な一行の前に現れた国は城壁に囲まれているごくごく一般的な国だった。
入国審査は簡単に通り(もっとも、モトラドとバギー+子供達というなんとも大所帯な一行に訝しげな目は向けられたが)、キノの旅における信条の通りに3日間の滞在を告げると、早速安くてなるべくならシャワーもついている宿屋に向かった。
部屋を二つとって(この辺りは様々に考慮された結果とも言えよう)、チェックインを済ませるとバギーに乗っていた白髪の少女はモトラド故に外の小屋で一晩過ごす事になってしまった彼のところへと何も言わずに行ってしまった。もともと、何も言わなかった辺りは少女が無口であることも関係しているのだが、その行動は青年とキノに気を使ったのもあるのだろう。
キノと少年とバギーを運転していた青年はともかく一端同じ部屋にいた。
ばたん、と扉を閉じると少年はベッドに腰掛け、キノは入り口近くの壁に寄りかかった。緑色のセーターを着た青年は窓の縁に座るように寄りかかる。
「ええ、と」
先に口を開いたのは青年の方だった。
「文句を言うつもりはないんだ。キノさんに会えるとは思ってもいなかったし、俺に確認してからその――出産するとか決めるのは大変だろうし、キノさんの自由だと思うからね」
「ええ。ボクもそう思います」
うろたえる青年に対し、キノは表情を何一つ変えることも無いまま肯定した。
それがまた、妙な空気を作るのに一役買っているようで、なんとも言えない奇妙な雰囲気に飲み込まれたように三人とも押し黙ったのだが、それは傍から見れば仕方の無い事のようにも思えた。
例えば、それは親子二人で生活してきたところに突然現れた予想外の展開、のようなものであったのだから。
しかし、その予想外の展開の原因である青年は妙な空気を打ち破るように、キノに対して愛想笑いのような笑みを浮かべると言った。
「少しばかり、シキ君と話してもいいかな?」
「ええ。――シキさえよければ」
即座に答えを返したキノの言葉に視線はシキと呼ばれた少年に集まった。
シキは二人の顔を交互に顔を見て、肯定の意をこめてこくりと頷いた。
その意思を汲み取ると、キノは少しばかり優しい笑顔をシキに対して向けた。
「では、ボクはしばしエルメスのところへ行ってきますね」
出口付近にいたキノはさっとドアを開けて、直ぐにその部屋を出て行った。
二人きりになった青年とシキはしばし黙っていたのだが、青年はやや戸惑うようにしかし、青年特有の柔らかな雰囲気のままシキに微笑んだ。
「――君は、キノさんによく似ているね」
「そうなのかな?前にも言ったけれど、キノさんには僕は貴方によく似ていると言われるよ」
わからない、と言いたげに肩をすくめて呟くと、ふと以前――遠い昔にキノに対してしたことのある質問を目の前にいる、自分の父親だという青年にしてみたくなった。
それは、興味半分ではあったがどこか、自分の存在がどのようにして生まれたのかという問いかけにも似たものだったのかもしれない。
「シズさんとキノさんの間では愛ってやつがあったの?」
シズと呼ばれた緑色のセーターを着た青年は驚いたようにシキの顔を凝視していたが、その質問を嚥下したのか、柔らかく微笑んでまるで親が子に優しく教えるように言った。
「それは俺には分からないな。少なくとも、俺とキノさんは愛とか恋とかいう感情論を口に出して言ったことはなかったしね。ただ、俺は――いや、これは構わないだろうね、きっと」
それから、シズは戸惑っていた雰囲気を払拭したのかそれとも自身の話をしたくなかったのか、シキに旅の話をして欲しいと頼み、シキは楽しげに身振り手振りを交えながら、けれども彼程度の年齢の子供と比べれば落ち着いた様子で様々な国の話や身に起こった出来事をシズに話した。
もちろん、年数からしてシズのほうがより多くの国を回っていたし、体験した出来事も比例するように多かったのだが、シズは楽しげに合いの手を打ちながら彼の話に耳を傾けた。
もしかしたら、シズは自分の知らぬ合間に生まれてきた遺伝子を受け継いだ少年のことを少しでも知りたかったのかもしれない。
一通り話を聞いたシズは、優しげな目のまま自分の子供である彼に聞いた。
「君は旅をしてきて良かったかい?」
「うん。世界は美しいか分からないけれど、人は様々居ることを知ったからね。きっとキノさんが僕を産んで旅を止めてしまって一つの国にとどまっていたら――きっと僕は貴方に会わなかっただろうしね」
「……そうか。うん、きっとそうだったかもしれないな」
それは生まれて物心ついてから今まで旅暮らしだったことをこれっぽっちも後悔していない言葉だった。
確かに一般的ではないし、身の危険が常に隣り合わせであるような世界であったがシキも――恐らくキノもそれなりに幸せに歳月を重ねてきたという証明でもあったようにシズには思えた。
「貴方は……僕の存在を知って、キノさんとそして僕と旅をしようと思いますか?」
「それは――」
シズは戸惑うように、それでも言葉を発した。
何時の間にか日が傾いて真っ赤に染まりあがった部屋がゆっくりと薄暗くなっていく。
夕焼けが夜を連れてきたようだった。
「したいよ。出来れば、君とキノさんと一緒に居たい。けれど、キノさんは――」
シズは優しく微笑むばかりだった。
シキには大人の事情という奴が一切わからなかったし、どうして同じものを持っているはずなのにすれ違い避けあい彷徨うのか全く分からなかった。
けれど、そこにはシキが割り込めないような事情が二人の中にあるのだろう。
ただそれだけは、なんとなく理解できた。
朝、シズと白髪の少女は宿屋の外に出た。
太陽がまぶしいぐらいに輝く真っ青な晴天だった。
いつの間に小屋から移動したのか、宿屋の前にいたモトラドはぽつりと呟いた。
「キノも難儀だね」
長い間キノの相棒をやっていたモトラドのその発言には何らかの意味があったのだろうけれど、シズには何故モトラドがそんなことを言うのか全く理解できなかった。
何故なら、彼女にとって難儀な事など何一つないように思えたからだった。
「空を飛ぶ鳥を見ると、人は旅に出たくなるんだってさ」
モトラドの言葉にシズは真っ青な空を眺めた。
真っ白な小鳥が羽をはためかせ、優美に空を飛んでいた。
「……」
白髪の少女は言葉を発せずにシズを見ていた。それはどこか信用したような視線であった。
けれどシズは空を見上げたまま、眩しそうに手を翳すと呟いた。
「まるで、世界は美しいと言っているようだ」
そうして、シズは身を翻した。
「物語で言うところのめでたしめでたしには、きっとならないんだろうねぇ」
>>20060204 加筆修正。
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