become a mother
幼い少女は消え去り、一人の旅人となり何にも縛られる事もなく旅を続けるはずだったのに、ボクはいつの間にそれに縛られていたのだろう。
腕に抱えた子供はほとんど泣くことをしない。
昔、近所の人に赤ちゃんを見せてもらったとき、泣き叫ぶその子供に辟易していた×××××に子供の母親はにこりと笑って「赤ちゃんは泣くことが仕事なのよ」とにこりと笑って言っていたっけ。
泣くことによって、不快なことや空腹なことを母親に伝えるのだ。
でも、ボクの子供はほとんど泣き喚くことをしない。
それは思考能力などほとんどないはずなのにボクが常に置かれている状況を彼なりに理解している所為なのかもしれない。
それは一般的な母親から見れば、子供に無理を強いていることになるのかもしれない。
ボクは母親失格なのだと罵られるのかもしれない。
そうであるのならボクはそれを受け入れよう。
でも、決めるべき彼がそうでないというのなら、ボクは母親として彼を抱き締めるのだ。
胸のところに紐で固定した子供を見遣り、モトラドを運転した。
子供を抱えながらの運転は酷く精神を疲れさせるが、それがボクの選んだ道なのだからボクは泣き言など言う気はない。
けれど、エルメスは違うみたいでどこか心配そうな声音でその声変わりすらもしていない少年の声で言った。
「キノ、大丈夫かい?」
「平気さ。それに、以前よりは無茶をしていないだろう?」
笑うボクにエルメスはどう思ったのだろうか?
モトラド故に表情を伺えないエルメスの心境を声音から推測してみるけれど、人との関わりをあまり強く持たないボクに他人の気持ちを察するという芸当はなかなか難しいものだった。
「まぁね。でも、以前より無茶なことをしているんだからキノはもっと慎重になるべきだよ」
「充分慎重だと思うけどね」
一定速度で走るエルメスに身体を預けながら道を選んでいく。
胸に寄せた温かい生き物はすやすやと柔らかく眠っていた。
ボクは縛られる事のない、自由な生き物になったはずだった。
国を飛び出し技術を身につけ、ボクは望んだ旅人という職業に満足してエルメスと共に自由に駆け抜けていく。
それは縛られることを望まなかったボクの生き方だった。
でも、胸に居る生き物はボクの行動を制限しながらも強い力を与えてくれる。
それは時には自分ひとりだったときよりも強く、強く。
そう、ボクが×××××だった頃に親しかったあの赤ちゃんの母親は泣き叫ぶ子供を抱いて、無償の愛を体現するかのような柔らかい微笑みで赤ちゃんをあやしていた。
それは強くも優しく、そう母親は行動を制限されていても輝いていた。
ボクも今、あんなふうに微笑んでいるのだろうか。
「ねぇ、シキ。ボクは君の母親に成れていたかい?」
一人で旅をする、と強く言った息子にボクは彼が幼かった頃に問いたかったことを聞いた。
ボクに似たのかほとんど表情を変えない彼はボクの表情を覗き込んでその真意を探るように目を見つめると、少し考えるように間を開けて言った。
「キノさんはきっと一般的な環境下で育てなかったことを少し後悔しているのかもしれないけれど――」
シキは父親に似た端正な面長の顔に微笑みという表情を彩る。
それはまるで幸せそうな。
「僕はこうして旅をしながら暮らしたことを少しも恨んだりなんてしていない。確かにキノさんは僕の母親だったよ」
その言葉にボクはほっとして彼を見た。
大きく成長した彼は父親によく似ている。
確かにボクと彼の子供だった。
ボクを超した背でシキは普段はほとんど見せることがない笑顔を最後とばかりによく見せてくれた。
「僕はね――自由だったキノさんの枷になっていたほうが心苦しかったよ。貴方が僕の母親であるという誇りと同時にただただ未熟でしかなかった力を悲しんだものだった」
「シキ――」
「でも、シズさんは貴方の姿を見て僕に言ってくれたよ。『キノさんはとても綺麗にそして強くなったね。それはきっとシキ君の母親になったからなんだね』って。だから僕は僕という存在が貴方の力になれたことをとても誇りに思ったんだ」
柔らかい笑みは本当に彼の父親を髣髴とさせるものだ。
全てを包み込み優しく受け入れるような。
「貴方は僕の母親だよ。誰がなんと言おうとも僕にとって最高の母親だ」
ああ、ボクはきちんと母親に成れていたんだね。
幼い心で幼い身体で生んだボクに君は母親という力を与えてくれた。
×××××と仲の良かったあの子供の母親のように、ボクはきっと柔らかく強い笑みで君に微笑んでいられたんだね。
「有難う」
強く強く目の前のボクの子供に感謝する。
「有難う」
>>20060225
私には母の気持ちはまだ理解できません。
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