Beautiful days




 肩にかかるぐらいまで伸びた髪を無造作に流しながら、ボクは宿屋で取った部屋の窓から外を眺めていた。
 夕暮れ時の茜色の空は町並みを優しく照らし出し、ゆるゆると夜へ移行していく。
 人が動き、変わっていく風景は常に同じ物ではなく、一瞬しか見れない風景はだからこそ美しいのだろう。
 そんなことを漠然と思っていると、とんとんと軽やかなノックの音が聞こえた。

『入ってもいいですか?』

 つい最近聞くようになったテノールの声が響いて、ボクは一瞬意地悪して駄目です、と言おうかと思ったけれど、まぁいいかと思いはいと短めに答えると、緑色のセーターが印象的なその人が入ってきた。
 まさか、今この人と一緒にいるとはこれっぽっちも思っていなかった。
 一つの接点は確かに存在していたけれど、ボクは彼と一緒にいることを決して望んでいたわけではないのだから。
 ボクが旅人として生きていくと思っている限り。
 それは諦めにも似たものだったのかもしれない。

「なにか用でもありましたか?」

 窓に寄りかかりながら聞くと、シズさんはその視線を受けながら備え付けの化粧台の椅子に腰掛けた。
 そうして、にこりと微笑む。

「いいや、ただキノさんと一緒に居たかっただけだよ」

「……今すぐ出て行きたいのですか?」

「はっはっは、キノさんは手厳しいなぁ」

 まったく、シズさんは何を考えているのか分からない。
 ボクにそんなことを言ったって全く無駄な事ぐらいわかっているだろうに。ちょっと想像すれば理解できる事だ。
 恐らく呆れた目で見ていたボクに対して、シズさんはそれでもにこにこと微笑んでいた。

「もうそろそろ、夜が訪れますね」

「ええ、ここの国の食事は美味しいですからとても楽しみです」

 本当に、此処の国の食事は美味しい。
 寒暖差が激しい気候ゆえか、果物などが美味しく実るのだそうだ。丁度、それらが収穫の時期でボクらはいい時に訪れたらしい。
 確かに、冬に訪れなくて良かったとは思うが。

「ティーもシキ君も楽しみにしているようだったね」

「そうですね。やっぱり携帯食料なんかよりは断然いいですから」

 携帯食料は好んで食べたいというものではない。
 どちらかといえば、旅をしていて食料を調達するのが難しいから食べなくてはいけないという義務に駆られて食べているだけで、やっぱり普通の食事が一番だ。

「……本当に、まさかキノさんとこうしているだなんて思わなかったな」

 シズさんは突然、ポツリと呟いた。
 その表情は先ほどまでの穏やかな笑顔ではなく、何処か遠くを見ているようなものだった。
 それはボクもほんのついさっき考えていたことで。

「厳しくも幸せな日々が続いているといつそれを無くしてしまうのか、怖いものだね」

 少しばかり苦笑したシズさんは化粧台の椅子から立ち上がると、僕の隣に来てその窓から景色を眺めていた。
 シズさんの少し面長な顔も真っ黒な髪もオレンジ色に染まって、まるで定住した自分たちの部屋に二人でいるような穏やかさを感じた。
 そうして、シズさんはボクの頭に手を乗せて、髪を梳くように撫でた。
 それは本当に幸せそうな表情で。

「いつまでこうして」

 シズさんの呟いた言葉は結末の前に消えたけれど。
 きっと、ボクも同じことを思っているから。
 来るとも思わなかった貴方との日々が幸せすぎて、無くす日が怖いんだ。



      >>20070131 意外とラブラブですな。



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