踏み出したけれど、なにも出来ずに立ち尽くした。
美しき日々
地面にモトラドのタイヤの模様が、まるで昔好んで集めていたころころと回りながら模様をつけていくスタンプのように際限なくついていく。
ボクはそれを確認する事もなく顔に迫る風から目を守るためにゴーグルを装着して、ただひたすらに前を向いていた。
ボクは旅をするために、旅をしている。
変な言葉ではあるが、旅をする事が既に目的なのだから文章としてはおかしくとも、当たっている。
しかし――、今のボクにはそれだけが目的ではなくなっていた。
ボクの大前提の目的は、もちろん旅をする事であってそれが揺らぐ事はないのだけれど、その大前提の目的にちょこんと、そう――まるで豆粒のような大きさぐらいに小さく、一つの目的が出来た。
それは、シズさんに会うこと。
いや、会うこと事体が目的なのではない。ボクは旅をしていて、相手も旅をしているのだから会える確率などほんのわずかであろう。
けれど、会わないことにはそのほんの小さな豆粒ほどの目的は達成されないのだから、会う事が目的だと言っても過言ではないだろう。
「キノー、このまま真っ直ぐ行くの?」
「ああ。そのつもりさ」
ボクは森に出来たほんのわずかな道をモトラドでただひたすら走らせていた。
野宿も随分こなして、慣れてきたと思う。
それは、エルメスという旅の連れが居たからだろう。
もしもボク一人で旅をしていたのなら旅をする事が目的だとしても、きっとあまりにも孤独で耐え切れなくなりとっくの昔に旅人をやめていたかもしれない。
旅をして得られるものは大きいけれど、孤独を上手く過ごす術は未だに良く知らないから。
ボクは枯れ木で焚き火を作って、暖を取りながら携帯食料を齧っていた。
それほど上手くない携帯食料は一本で栄養を補えるのだが、栄養だけを詰め込んだ味はやっぱりどれほど効率悪い栄養の取りかたをしなくてはいけなくたって、普通の食事のほうが随分いいと思わせる。
でもまぁ、世の中にはこの携帯食料は美味いじゃないか! という人だっているのかもしれない。想像に絶するが。
「ねぇ、キノ」
「なんだい? エルメス」
ボクはエルメスのほうを見た。
森の中といっても、土が見える道を走った所為か薄汚れているエルメスは、それでも銀色の胴体をきらりと光らせていた。
彼はモトラドだけに表情の変化を目で見ることは出来ないが、声の高低や調子などでどのような心境にいるのか察することは出来る。彼は、声だけならばとても表情豊かだ。もし同じ人間だったとしたら、表情を見れば一発で彼の機嫌が如何なものかわかったことだろう。
「キノは怖い?」
「なにがだい?」
脈絡のない言葉に、ボクは理解できずに眉を顰めた。
エルメスはいつも唐突もなく唐突もないことを言う。それは、妙に的を得ていたかと思えばまったく意味のないことだったりするので、いつもエルメスは何を考えているのだろう? と首を捻らす結果になるのだけれど。
「シズさんに会う事」
その言葉に今回は的を得ている質問だったな、と苦笑した。
シズさんと別れたとき、ボクはある決意をして逆方向に進んだ道を引き返して追いかけるような形をとった。もちろん、それは不確定なものであったけれど。
「そうだな……、怖いのかもしれない」
ボクは苦笑した。
追いかけているのに、追いつくのが怖い。
相反する気持ちをボクは胸に抱えながら、エルメスを運転していた。ああ、だからエルメスは鋭く指摘する事が出来たのかもしれない。モトラドを運転する事はスポーツであって、スポーツというのは精神状態にも左右されるものだから。
「どうしてさ? キノが決めたんじゃないか」
理解できない、と言わんばかりに少年じみた少し高い声を発した。
エルメスの言葉にボクは少しだけ笑って、口に出して言ってみることにした。
外に出ることを許されたボクの気持ちを。
「けれど、シズさんに向かっているボクの感情はボクが否定し続け必要がないと閉じ込めていたものだ。急に外に出ることを許されたその気持ちは歩いていいものか、何処に歩けばいいのか悩んで立ちすくんでいるのさ」
「ああ。まるでウサギ小屋から逃げてみたものの何処に向かっていいものかわからず、そのウサギ小屋でうろうろしているウサギみたいに?」
「……その例えはどうかと思うけど、まぁそうだね」
まだ、本当は完全にそれが存在することを認めてはいないのだけれど、存在することを彼に会うことで認めようと決めたということは、つまり既に存在していることを容認しているわけで。
容認しているということは、抑えていたその感情を圧迫していたはずの枷が無くなって、まるで家から出たことが無い子供がはじめて家から出たように、それがそわそわしているのだ。
期待と不安を抱えながら。
行くあても知らずに、だからといってどうして良いものかもわからないそれは、例えシズさんに向かっているものだとしてもうまく歩んでいけるのか不安なのだ。
だからボクは、それと同じように躊躇いながらも歩こうとしているのかもしれない。
「でもキノ、やらないことには後悔のしようも無いんだよ?」
「判っているよ、エルメス。だから、ボクは怖くても進みたくなくても運転しているのさ」
きっと、それも立ちすくんだり足踏みしたり、時には後退しながらも無様な足跡をつけて歩んでいくのだろう。モトラドのタイヤの跡のように美しくなれないけれど、それでも。
歩んでいく。
それはきっと無様で、でも美しい日々。
まるで、世界のように。
「それでも、進まなくちゃね」
暗闇の下で、あの人を思った。
>>20070106
Coccoさんの同名曲から。
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