幽霊ラヂオ




 そうして、あっさりとリナの四十九日であるその日は来た。
 いつリナが消えるのかまったくわからなかったから本当は休みたかったのだが、それはリナが拒否した。
 リナ自身も最後に姉やその親友であるアメリアの表情が見たいといっていたから。
 俺はしぶしぶだったけれど、普段通りに残暑と呼ばれる前にちかちかと無駄なくらいに照らし出す太陽の下、会社へと向かった。
 リナは普段どおりで。

 会社から帰ってくれば、女性特有の高い声でおかえりという言葉が返ってくる。
 もう、この声は聞けないのだ。
 だからといって、食事を豪勢にしたってリナに何かがあるわけでもないし、外食をするには幽霊であるリナと喋る俺は奇妙に映るだろうから止めておいて、まったく貧相な食事をする。
 シャワーを浴びて、ラヂオをつけた。
 俺とリナが会うきっかけになったラヂオ。
 既にぼろぼろで、壊れてしまってもおかしくないのにいつまでも動くラヂオは近い将来来る寿命を迎えたのなら、リナの元へいけばいいと思う。
 軽快なMCの声と共に流れる音楽を肴に俺は安い焼酎を飲んだ。
 その空中ではリナがくるくるとダンスを踊っている。
 それは本当に楽しそうで、俺は嬉しかった。

「なぁ、リナ」

「なぁに?」

「あの世がいいところだといいな」

「いいところよ、きっと。嫌なとこだったら神様でも閻魔大王でも首根っこひっ捕まえて早くあたしを転生させるように言ってやる!」

 にやり、と笑うリナの炎のような瞳はまるでこの世への未練を感じさせなかった。
 リナは本当に強い女性だと思う。
 俺はこんなにも――悲しいのに。
 けれど、それを表面上に出したらきっとリナはすまなそうにして悲しげな表情になるから、俺は精一杯いつも通りに振舞う。

「リナならしそうだな」

「ったりまえよ!幽霊だってやればできるんだからっ」

 びしっと、ブイサインをしたリナはとても楽しそうだった。
 BGMはリナが好きだといった軽快なリズムを叩くバンドの曲になっていた。
 けれど、その曲は珍しくメロウな曲調だった。

「――ねぇ、ガウリィ」

「なんだ?リナ」

 すぅっとリナの形が薄くなっていく。
 ああ、天国だか冥土だかに行くんだなって理解する事が出来た。まったくもってすんなりと。

「あたし、アンタが生きている間は神様に啖呵売ったって生まれ変わったりはしないわ」

 どうして、リナがそういうのか俺は理解できなかった。
 きっと、きょとんとした間抜けな表情になっていたに違いない。
 リナはくすくすくす、と楽しげに笑って俺に微笑んだ。――そう、優しい目つきで。

「だって、あたしが今から生まれ変わったら、ガウリィと生きる時間はきっと僅かなものだもの」

 だからね、とリナは区切った。
 その間にもリナの輪郭はだんだん空気と同化するように薄くなっていく。それでも俺は、その事実が悲しいとかじゃなくてただ淡々と受け入れていた。
 まるで、最後の最後になって感情が凍り付いてしまったように。

「だからって、早く死なないでね。幸せに生きてね。――あたしはガウリィが好きだったから可愛い奥さんを貰って幸せに暮らしているのは癪だけど、それでもアンタが幸せだったら嬉しいから」

 さらりと紡ぎだされた告白はすとん、と俺の中に落ちていった。
 ああ、そうだったのか、と。

「だから、幸せに生きてね。で、次に会うときは――またバカみたいに笑いましょ!」

 にっこりと笑ったリナに、俺は何故だか急に胸の中に愛しいという言葉が生まれていた。
 いつからこんな感情を持っていたのだろう、と考えるよりも早く俺は空気に同化して消えてなくなってしまうリナの身体を抱こうとした。
 けれど、触れ合えるはずもなくリナは消えた。
 瞬間、あれほど凍りついてしまったと思った感情は心を突き破る勢いであふれ出て。

 俺は泣いていた。



 リナは幸せになってほしいといっていたから、俺はきっとリナを引き摺っちゃいけないんだろうなと思って、リナが居なくなった翌日も会社へ行った。
 あんなにぎらぎらと照りつけていた太陽は俺の心模様に合わせたように顔を引っ込めて、今は鈍色が空を染めていた。
 気付いたときにはお仕舞いな恋だなんて残酷だと思う。
 それを俺は思い出にする事が出来るんだろうか。

 家に帰って、ラヂオをつけるためにそこに近づくと、一枚の紙切れがラヂオと机の間に挟まっていた。
 一体なんだろうか、と俺は確認するように紙を見る。

「!」

 そこに書かれていた名前――リナ=インバース≠ニいう文字に、リナが書いたものなのだと理解した。
 あれほど、物体に触れるのには疲れる!と言っていたのに、ぐにゃりと不器用に曲がった字で、リナの名前と住所が書いてあった。
 きっと、力をこめるのに苦労して、ペンを落としながらも書いたんだなって分かる字に、心がずきずきと突き刺すように痛く感じた。


 日曜日になって、俺はようやくその住所のところに言った。
 そこは予想通り墓場で、インバース家と刻まれた墓には、リナの享年と名前が刻んであった。
 水をかけて、手を合わせる。
 そして、表情筋を引き攣らせて笑うと最後にリナが言った言葉の返事をした。

「幸せになれるのか、お前さんを思い出にしてお前さん以上に愛せる人を探せるのか、今の俺にはまったくわからないけれど――」

 俺は、リナのあの燃えるような瞳を思い出した。

「また、笑おうな」



      >>20051214 あっけないほどの幕引き。



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