血色そして焔色




 翌日、あたし達四人は墓石がある花畑に来ていた。
 あたしとガウリィは墓石の前に立っていたのだが、アメリアは後ろのほうで花畑に座って花冠を作りその隣でゼルは呆れているふりをして見守っているような穏やかな目で彼女を見ていた。

「じゃあ、やっぱりあの伝承はガブリエフ家のものだったのね」

 とりあえず、事態の全容を聞いていなかったあたしは脳味噌にやや難があるものの当事者で一番背後関係を把握しているだろうガウリィに聞いた。
 ガウリィはあたしの確認にこくりと頷いた。

「ああ。もっとも昔のことだからそれが本当なのかは知らないが確かにあの珠は契約の石だったし、今までどっかの魔族に繋がっていたんだろうなぁ」

 あたしが問いかけるという形で脳味噌ヨーグルトなガウリィの言葉を集めると、血を証とし赤い珠を介し結ばれた契約は魔族と二重の面でリンクするようだった。一つは契約の証となる血で、もう一つは伝説の剣を常に与え続けるという契約内容、そして魔族に食事(つまり負の感情)を与え続けるために脳の一部を。
 後者に関しては、あの伝承がガブリエフ家のことを言っているのだというガウリィの言葉を信じるのならば、のちに光人と称される者が契約者の行動を制限するため赤い珠を持った者がある程度の行動を制限できるという契約も追加されたに違いない。証拠に、クラウディさんはガウリィを操ろうとしたのだから。
 もっともこれだけでは、契約者が発する感情が一定する保障はなく(光の剣を持って契約したものの平穏に生きてしまえば人間的な感情の揺れ程度の負の感情しか持てないはずなので)、推測するに契約した魔族にとってこれは戯れに近かったのだろう。
 しかし、魔族は人間の性質も無論理解した上でこの戯れを仕掛けただろうに違いない。強い光の前には深い影が生まれる。強い力を利用しようと集まる人や状況に契約者は負の感情に侵食されるだろうと。
 そうして魔族の思惑通り、光の剣という強い武器でガブリエフ家やエルメキア帝国に仇なす者を殺害させられ続け、魔族との契約を無理やり続行させられたがゆえに感情を劣化させていったガウリィを一番心配していたのが、彼の祖母で。
 ガウリィの祖母はかなり力の強い魔法使いだったらしく、彼女が死去する直前契約の石(の一部だろう。魔族との契約を完全に妨害するのは人間にとってはとても難しい)とガウリィの繋がりを一時妨害し、その隙にガウリィは国外に逃亡したらしかった。
 それを見逃し続けたのは、クラウディさんの意思だったのだろうが。

「ばあちゃんは、自分の旦那が影人だったから同じく影人となった俺を見ていられなかったんだろうな。よく、『ガウリィの人生はガウリィのものなんだから、契約の石なんかに左右されちゃ駄目なんだよ』って言ってた。結構気の強い人だったから他のガブリエフ家の者からは煙たがられてたけど、俺はばあちゃんが居たから救われていた部分もかなりあったんだ」

 だから、ばあちゃんが死ぬ間際に残した逃げろという言葉を実行したのだとガウリィは言った。

「そのせいで墓参りにも来れなくて……、俺の代わりにスティアが来てくれていたようだけど」

 そう言って、ガウリィは目の前の墓石に手を合わせた。
 この墓石の主こそ、ガウリィの祖母であるメイティス=ガブリエフだったのだ。

「ほんと、俺に感謝してもしたりないだろ、ガウリィ?」

 突然声をかけられ振り向くと、いつの間に来ていたのかそこにはスティアがいた。
 黒に赤い膜を張ったような目を細めぴらぴらと手を振っている。

「アンタ、エルメキアの第一王子ならあたしに会った時にそう言いなさいよね! 手間がかかったじゃないのっ」

 せっかくスティアに会ったので、昨日言えなかった抗議をした。
 流れを総合するとあたしがガウリィの連れだって理解していて、しかも初めて会った時呟いていた言葉を反芻するとガウリィの味方する気満々だったみたいなのだから、面倒なことをせず協力するとストレートに言えばよかったのだ。

「あの時点で俺が王子だって名乗ったところでアンタ信用していたか?」

「う……っ」

 スティアの言葉はもっともだった。
 あたしは一般常識を持ち合わせているので、自ら王子だと名乗ったところで確信が持てない限りは嘘だろうと否定するだろう。変な奴っていうのはどこにでも居るし。まぁ、見た目で王子であるか否かを判断することはないが(いい例が連れの父親である。あれをおうぢと呼ぶのにはどうも抵抗が……)。

「そ、そうそうエルメキア王家としてはガブリエフ家の支援は受けなくて良かったの? 今までかなり恩恵受けてきたんでしょ?」

 とりあえず、話題を逸らすためあたしはもっともな質問を投げかけた。

「いいんだ」

 スティアはそういい墓石に向かって微笑んだ。
 ガウリィの祖母に向かって、と言ったほうが正しいのだろうけど。

「昨日も言ったけど、一人の犠牲なくして成り立たない国家なんてないほうがいいと思うし、ガウリィとメイティスさんは初めて俺を王子という付属のない個人で見てくれた人達だから、彼らの役に立てるんなら俺も嬉しいんだ」

 個人として、ね。ンなことを言うっていうことは、スティアもそれなりに寂しい幼少期を送ってたんでしょうね。ガウリィと彼の祖母が居なければ、尚更。

「アメリアさんも、セイルーン聖王国王女として協力体制を作ってくれるって約束してくれたしな。あのセイルーンと友好関係を結べるっていう付加条件がついてくれたおかげで、ぼんくらな親父や臣下を説得するのも楽だったぜ。助かったよ、リナ=インバース」

 にかっと、スティアは笑った。
 やっぱりアメリアを行かせたのは正解だったみたいね。彼女は無駄にテンションが高いけれど一国の王女なんだもの。国家の駆け引きに向いているキャラクターだわ。
 そうして、スティアは再度墓石に顔を向けた。

「しかし、これでようやくメイティスさんへの恩返しも出来たって言えるぜ。なんってったって、ガウリィと最愛の彼女を引き離さずに済んだんだからな。その最愛の彼女がリナ=インバースってところがまた絶妙なところだなぁ、とは思うけどな」

 ピクピクっ。
 あたしは、自分のこめかみが動くのを感じた。

「……それ、どこの情報?」

「え? アメリアさんが盛大に語ってくれたけど。『リナさんは世界とガウリィさんを天秤にかけてガウリィさんをとるほどガウリィさんを愛していて、ガウリィさんは強大な力を前にしてもリナさんを追うほどリナさんを愛しているんです! 愛する二人を引き離すとはすなわち悪! 悪は一緒に懲らしめましょう、スティアランスさんっ』って」

 いや、もう限界なんだけど。
 今までは愛する二人が、とか愛し合っている二人を、とか言われてもまだ事件が解決していないし街中で呪文をぶっ放して下手に目をつけられたらたまらないと我慢に我慢を重ねていたのだけれど、もうそれらの枷はなくなったのだ。
 あたしが我慢する必要は今どこにもない。

「ア〜メ〜リ〜ア〜っ!」

 這い出すような低い声で彼女を呼び見ると、びくんっと恐怖に体を揺らすアメリアが居る。
 その隣で花冠を針金の頭に乗せられ、その花びらから直りようのない癖のついた針金髪が突き出ているという、なんとも間抜けな風情をしたゼルがそーっと被害から逃れるように移動しているのが見える。
 戯言ばっかり言うアメリアを止められなかったアンタも同罪じゃ!

「竜破斬と竜破斬、どっちがいい?」

「どっちも一緒じゃないですかっ!」

「問答無用っ、竜破斬!」

 赤眼の魔王の力を借りた呪文は容赦なく発動し、アメリアとゼルを巻き込みつつ赤い閃光が破裂した。
 あー、今回大掛かりな呪文一切唱えられなかったからすっきりしたわー。
 その様子に、スティアは楽しげに笑った。

「じゃあなガウリィ、リナ=インバース。結婚式挙げることになったら俺のこと呼べよー」

 ひらひらと手を振り立ち去ろうとするスティアにも爆炎舞を喰らわしてやった。
 おー、飛んでったなと隣でガウリィがすっとぼけたコメントを吐いている。
 そんな些細なことなのに、妙に心地が良くてあたしは笑った。

「次はどこに行くの、ゼル?」

 ぼろぼろになったゼルに問うと、燃えカスになった花冠をつけた頭をがくっと下げあのなぁ、と呆れたように呟いたが諦めたのか、顔を上げてあたしの問いに答えた。

「北上してゼフィーリアにでも行くか。赤の竜神の騎士スィーフィード・ナイトがそこに居るって噂があるし、行ってみる価値はあるだろう」

 運よく会えれば有益な情報をつかめるかもしれないと続けたゼルに、そうかもしれないなと思った。姉ちゃん、妙な人脈あるし。
 まぁ、姉ちゃんは厳しい人だからそうやすやすと望む知識を提供するとは思えないが。

「そういえば、俺達もともとゼフィーリアにあるリナの実家目指してたんだよなぁ」

 今まで忘れてたんかいっと突っ込みたくなるようなすっとぼけた口調で呟くガウリィにそれって本当ですか、と竜破斬によってぼろぼろになっていたアメリアが顔を上げた。……ふつーの人だったらドラスレまともに喰らったら骨すらも残ってないんだけどなぁ……。

「なんだぁ、わたしが心配しなくっても順調に関係は進んでいたんですねっ」

 水臭いですよぉ、このこの、となんか間違っている茶々を入れるアメリアに再度こめかみがぴくぴくと動く。

「アンタ、もう一回ドラスレ喰らいたいの?」

「あ、あはははは……リナさんってば、そんなに怒らないでくださいよぅ」

 繕うように笑うアメリアへ、ほんの手加減をして爆炎舞を撃つと小気味よく彼女の体が舞い上がった。
 呪文を打つあたしの隣で、のほほーんと構えているガウリィの考えていることなんてまるで分からないけど、だからこそあたしはガウリィと一緒に居たいのだし、ガウリィという固体を(恋愛感情を含むかはともかく)愛しているのだ。
 そして、世界に手を伸ばしたガウリィはきっと透明になる暇なんかないほど強い光を放っていくのだろう。まるで太陽のような柔らかく時には強い光を。
 あたしはこれからも同じように、ガウリィにあたしという明るい色を覚えこませ時には引きずり時には守られながら同じ空間で同じ時を過ごしていくのだ。変わらずに。



      >>20071117 説明不足かなァ、どうだろ?



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