母さんは忙しい人だ。
 生まれもった職業のせいなのだろうか、公私混同され家と職場がごっちゃになりプライベートと仕事もごっちゃになっているせいで、常に仕事から追われているように僕からは見えた。
 無論、僕も変革が起こらない限りは母さんのようになる宿命を背負っているわけだが、まだ子供という身分であるため公私混同される機会は多々あるものの十分のんびりとしていられた。
 そんな母さんだが、忙しいことにかまけず僕と一緒にいる時間をなるべく作ろうとしてくれている。
 僕と戯れるのならば仕事したほうが効率的だと子供である僕ですら思うのに、母さんは隙を見ては英雄伝承歌ヒロイック・サーガを謡ったり木の天辺に上って正義の味方よろしくくるくるくると回転しながら着地したりする。
 だが、僕は(もともとの性格か母が破天荒なそぶりを見せたりする反動なのか分からないが)非常に冷めた子供だったので、それに笑ったりもしくは一緒に同じことをすることをせず、ただ溜息一つを吐いて済ませる。
 すると、母さんはその様を見て優しく微笑むのだった。




      子供が欲しいのか、親が欲しいのか。




 母さんの友人(ゼルガディスさんというのだが、僕は最初にお兄さんと呼称していたのでそう呼んでいた)が来てからも、彼女の生活に大きな変化は見受けられなかった。
 相変わらず、お祖父さんの補佐をしながら公私混同された仕事をこなしている。
 そして、変化の元にすらならなかったお兄さんは、僕の知らないうちに母さんとなんらかしらの契約を交わしたのか時折彼女の仕事を手伝っているようだったが、基本的には外で本を読んだり僕の話し相手になってくれたりとのんびりした生活を送っているようだった。
 対して僕はといえばやはりお兄さんが日常に入り込んできたとはいえ大きな変化はなく。
 今日は公的な行事が予定になく僕に課せられた仕事がなかったので、王族としての学びの時間の合間に取られた休憩中、城の中庭にある一際大きい木の下で幹に寄りかかりながらのんびりと瞼を閉じ、小鳥のさえずりや木々が風に遊ばれる音を聞きながらのんびりと過ごしている。
 その前はお兄さんと他愛もない話をしていたのだったが、何を思ったのか突然お兄さんは城下町に行くと言って浮遊レビテーションを唱えて城から出て行ってしまったため、こうして他愛もないことを考えていた。

「アズ」

 すると、柔らかく透き通るような声が僕を呼んで、その甘さに目を開けると空色のマーメイドドレスを身に纏った母さんがしゃがんで僕を覗き込んでいた。

「母さん……、仕事は?」

「一段落ついたから、ちょっとだけ休憩中です」

 心配することなどないと言いたげに笑って見せた母さんは、ドレスが汚れることなど気にせずすとんと僕の前に座った。

「城下町にでも連れて行ってあげたいんだけど暇がなくて……ごめんね、アズ。つまんないでしょ?」

 申し訳なさそうに眉を顰めながら謝罪した母さんに、僕は微笑んだ。

「気にすることはないよ。城下町だって、いざとなれば暇なお兄さんにでも連れて行ってもらえばいいし」

 母さんは母さんなりに僕のことを気にかけ僕の良いように努力してくれていることを知っていたので、少しでも安心させようと軽い口調でそう述べると、母さんは驚いたように目を見開き少しだけ悲しげに微笑んだ。

「アズはお父さんがいたほうが良かった?」

 その台詞が耳を通り抜けたとき、僕の父親の話なんていつしたっけと刹那に浮かんでいた。
 どう答えるべきなのか僕は分からず、むっと押し黙り何故そういう話のもっていき方になるのか、と考えてみる。
 答えは簡単に出た。
 きっと、母さんを慰めるための言葉にお兄さんを出したからだろう。
 僕にとってお兄さんは見知らぬ父親の代役ではなかったが(というか知らぬものに代役などつけようもない)、僕に父親を与えてあげられなかった母さんにとってみれば、男であるお兄さんを父親の代役として僕が見ていると感じていてもおかしくないだろう。
 と、すれば母さんに対する返答は簡単だ。
 僕は知らない父親なんかより母さんのほうが大事なのだから。

「分からないよ。父さんは生まれたときからいなかったんだから」

「アズ――」

「でも、僕はこの現状に満足しているよ。父さんがいなくとも、その分母さんが僕に構ってくれるでしょう?」

 流石に愛してくれるでしょう、などといえなかった僕は言葉を濁らせたけれど母さんは僕の言いたいことがわかったのか、少し悲しげに微笑んだ。

「そうね。でも」

 母さんは言葉を区切りその先を言ってくれなかったけれど、悲しげに空を見た母さんこそ僕の父さんと言える人の愛情を求めているのではないだろうか、と思った。



      >>20071211 本当に欲しいと願っているのは。



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