ゼルガディスさんとアズリエルはわたしが居なくとも上手くやっているようだった。
彼らの出会いが出会いだったし、アズの性格はわたしよりゼルガディスさんの系列だから話もしやすいのだろう。そして、なによりゼルガディスさんのアズへの対応は誰とも違うので、アズリエルとしては面白いと思っているのだと母として感じていた。
なので、わたしは彼らに関しては彼らに任せることにして、傍観に徹していた。
というか、傍観に徹しざる得ないという部分もあった。第一王女である姉が帰ってこない限り、わたしの仕事は父さんの次に忙しいので二人のやり取りに干渉している時間は無かったのだ。
もっとも、ゼルガディスさん個人やアズリエル個人と喋る時間は意図的に作っていたのだけれど。
毎日を楽しく過ごすんだ。
その日もアズリエルに会うため、一日の仕事を終わらせた後彼の自室へ向かう。
わたしとしてはまだアズリエルと一緒に寝ていてもいいのだが、妙に回りを気にし達観した物言いをするあの子は王族として周りの目を気にしたのだろう、五歳頃から自室で寝ると宣言しわたしは早くに子離れを強要されてしまったのだった。
彼の部屋の前に来るとこんこん、とノックする。
するとすぐにはぁい、と声が聞こえてわたしはアズの了承を得ると部屋に入った。
親だからずかずか入ってもいいのだが、よほどでない限り子供のプライバシーも重視したほうがいいだろうと毎回毎回ノックをし了承を得るようにしている。
部屋の中に入ると、アズは勉強をしていたのかシンプルながらも高価な勉強机から顔を上げてわたしに笑いかけてくれた。
「母さん、仕事は終わったの?」
「まぁ。今日のところは、だけどね」
おどけて肩を竦めたわたしを見てアズは口角を和らげると、勉強机から離れ中央に置いてあるテーブルへわたしを促した。
わたしはそんな仕草をするアズにくすりと笑い、先に座らせると紅茶を準備し彼に出す。
「それくらい出来るよ、母さん」
もてなすぐらい簡単なのだというアズリエルに、わたしは彼の黒鳶色の髪を優しく撫でた。
「子供のうちは子供らしくしていたほうが得よ? 大人の時間のほうが長いんだから」
その言葉に彼は不満そうに唇を尖らせた。
大人になりたいと思う彼の気持ちは分かる。わたしだって大人になってからそんなに長い時間が経っているわけではないのだ。彼は若いうちに――それこそまだ子供だと言われてもおかしくない年齢に産んだ子だったので。
けれど、足掻いて大人びた振る舞いを子供のうちからするよりは、子供のときは子供らしくしたほうが得だと今だからこそ分かるのだ。
わたしも子供のうちから物分りのいい大人のふりをするよりも、子供らしく喚いて懸命に縋ってみたほうが今よりいい結果を生んだのではないだろうかと思うときがある。例えば、アズの父親に関して。
まぁ、それに関しては過ぎてしまったことなのでこれから挽回すればいいのだと思うが。
ともかく、わたしは話題を逸らすことにした。
「ところで、アズは何の勉強をしていたの?」
「経済学に則した数学。昼間にこんがらがっていたところをお兄さんに教えてもらったから、覚えているうちに復習していたんだ」
にこりと笑って述べた言葉の中にはゼルガディスさんがいて。
むぅ、ちょっとずるいかも。彼は彼なりに歩くのに疲れていて少しばかり人生の休憩をしているのだと分かっているのだが、わたしだってアズと一緒に居たいのに。
思わずアズのように唇を尖らせたくなったが、ゼルガディスさんとアズの仲を嫉妬してなんて大人気ないなと思い必死で表情に感情が表れないようにと歯を噛み締め、笑顔を意図的に作り声を発しながらアズを見た。
「へぇ〜、どこにつまずいて……」
だが、言葉は途中で止まった。
なぜなら、アズが何かに耐えるような苦しそうな表情をしていたから。
「どうしたの、アズ!」
けれど、わたしが叫ぶよりも先にアズの表情はいつものにこにこと笑っているものになって。
アズリエルは不思議そうに首をかしげて、わたしを見た。
「母さんこそどうしたの?」
「だって、アズさっき……っ!」
慌てて身を乗り出すわたしに何を思ったのか、アズは笑って小さな手でわたしの手を包み込んだ。
「母さんが心配することなんて、なにもないよ」
それよりもさっきなにを僕に聞こうとしていたの? と問いかける彼の言葉にわたしの見たものは気のせいだったのだろうか、とばくばくと高鳴る心臓を押さえつけて椅子に座った。
それでも、親として子供の異変を見逃すわけにはいかないと、どうしたのと何度聞いても不思議そうに首を傾げるアズリエルにこれ以上何を聞いてもはぐらかせるばかりで。
結局わたしはどうすることも出来ず、いつも通り些細だけれど親として出来る限りアズの話を聞いていたのだった。
>>20071226
題材からやや逸れるのはいつものこと。
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