ままごとの延長線。
午後休を取ることが出来た。
というのも、仕事が一段楽着いたところで急に同盟国からの使者が来たからである。
本来ならわたしも対応しなければいけないのだが、父さんが「たまにはアズリエルと遊びなさい」と言ってくれたのでそれに甘えたのだ。
丁度昼前だったので一緒に食事を取ろうと思い、彼がどこに居るのか侍女に聞いてみるとゼルガディスさんと中庭で剣術の練習をしていると言ったので、天気も良いし外で昼食を取ろうかとサンドイッチと数品のおかずを用意し(たまには母の手作りでも食べてもらおうと料理長に頼んで自分で作った)、彼らが居る中庭へ向かう。
中廊下から外に出ると、かんっと木が響く高い音が聞こえてきた。
風景がわたしに近づいてきて、二人の姿が鮮明に見える。
必死な表情で汗を流しながら木刀を振るうアズリエルと、それを穏やかな眼差しで見ながら彼の攻撃を受け止め流すゼルガディスさんの姿が。
わたしは笑みを漏らすと、手を振り上げ二人に声をかけた。
「アズーっ、ゼルガディスさーん!」
すると、こちらに気がついたようで木刀を振るう手が止まり二つの視線がわたしに向けられた。
汗を拭い走り寄ってきたのはアズリエルで。
「どうしたの、母さんっ。仕事は?」
聞かれ、わたしは彼の黒にも茶にも見える髪をくしゃりと撫でた。
「午後は休んでもいいってお祖父さんから言われたの」
「仕事は大丈夫なのか?」
歩いてアズリエルの後ろまで来ていたゼルガディスさんが、単純な疑問を聞くような気軽さで問いかけてきた。
わたしはそんな彼に微笑む。
「とりあえずは。政なんてやっているといつでも仕事に追われているようなものですから、きりをつけて休まないと休む機会もなくなっちゃうんですよ」
そう言うと、そんなものなのかとゼルガディスさんは納得したような返事をした。
わたしはゼルガディスさんの言葉を聞いてくすりと笑うと、中庭にある一際大きな木の下にピクニックシートを広げる。
そうして、二人に提案した。
「今日は天気がよいので、ここで昼食にしませんか? サンドイッチ、作ってきたんです」
「母さんの手作りっ!?」
バスケットをピクニックシートに置くと、びっくりしたような口調でアズリエルはバスケットを覗き込もうと靴を脱いでぱかっと蓋を開けた。
「なぁに、その信用できないみたいな言葉尻は? これでもちゃんと料理長から料理を教わって、姉さんほどじゃないけど上手いって言われているんだからね」
その技術を習得したのはアズリエルを身ごもってからだったからなので、ゼルガディスさんはそんなこと聞いたことがないとでも言いたげに眉間に皺を寄せていた。
確かに、とある人形にまみれた塔での料理対決は某どこにでも居る神官に譲ったけど!
あの時は挑戦したことが無かったのでできなかっただけで。つまりは無知ゆえの下手だっただけなのだ。
「百聞は一見にしかずですよっ。文句は食べてから受け付けますっ!」
ゼルガディスさんにも座るようにとピクニックシートをぺしぺし叩いて促すと、大人しく従いすとんと座ってくれる。
そうして、二人ともサンドイッチを手に取るとぱくりと食べた。
「……普通のサンドイッチだ!」
アズリエルは感動したとでも言いたげに大げさな口調でそう述べたが、サンドイッチでそう間違いを起こすはずがない。しょせんパンに具を挟める作業なのだから。
間違いが起こるとしたら、ゆで卵を潰してマヨネーズと和える時に殻を混入してしまうぐらいじゃないだろうか。
「アズリエル、貴方は母さんをなんだと思っているの?」
「世間知らずのお姫様」
一体この子は誰に似たんだ、とわたしは天を仰ぎ見た。いや、誰に似たかはわかるんだけど……。ああ、それにしたってそんなところ似なくて良いのに!
「あ〜、もうっ! ゼルガディスさんなら一緒に旅したから分かるでしょう、アズに言ってください! わたしは世間知らずのお姫様じゃないってっ」
もぐもぐとなんとも感じていないような様子でサンドイッチを片手に持ち、もう片手で箸を持ってウィンナーを食べていたゼルガディスさんにそう訴えかけると、彼はきょとんとした表情でわたしとアズリエルを交互に見た。
そうして、ウィンナーをもぐもぐと咀嚼するとようやく言葉を発する。
「アメリアは世間知らずのお姫様なんかじゃないぞ、アズリエル。あれは――世間の厳しさを知っても世間知らずで居られる、いわば希少価値の高い
英雄伝承歌
(
ヒロイック・サーガ
)
オタクだ」
「うわぁ、お兄さん。適切な表現ですね!」
「しかも、なまじ英雄伝承歌を体現できるからたちが悪い」
真面目な表情をして何を言うかと思えば、わたしのことを何もフォローしてくれていない。
しかも、アズリエルはそれに乗っかっているし。
わたしは思わずこめかみをぴくぴくと引きつらせた。
「……もう、サンドイッチはいらないということですね」
ばっと開いてあったバスケットを引ったくると、食べ足りないのか二つの手がこちら側へ伸びてくるがわたしはにこりと笑みを作り、二人に向けた。
「どうぞ、二人で剣技の練習でもしてください。わたしはのんびりサンドイッチを食べますので」
すると二人は慌てたように頭を下げた。
「ああああ、母さんごめーん! からかいすぎたっ」
「……すまない、アメリア」
わたしはまるで二人の息子から同時に謝られている母親の気分になって、くすくすと笑う。
そうして、しょうがないなぁとバスケットをぽんと二人の前に置いた。
「最初からそう殊勝にしていればいいんです」
ふんと胸をそらし二人を見ると、バスケットの中からサンドイッチを取り出してせっせと口の中へ入れている。
それを、わたしは穏やかな気持ちで見ていた。
ああ、これはままごとの延長線でしかないというのにどうしてこんなにも穏やかで愛しいのだろうか。
>>20080108
近頃更新がぐだぐだなんですけど(汗)。
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