子供のわがまま・大人のわがまま。
僕はノルマとして課せられた時間で家庭教師から勉学を学ぶと、宿題の資料を探そうと資料室へ行くため広い廊下を歩いていた。
城という無駄に満ちた建物に住んでいる以上、無駄な行動に時間を取られるのはしょうがないと割り切っているもののそれにしたって面倒である。
年齢から見れば走り回り城の中を冒険の一つでもしていいのかもしれないが、探索は五〜六歳ごろに完了させたし無駄な行動をしてただでさえシングルマザーだというだけで大変な母さんの子育てに対する評判を落としたくなかったので、駆け回る気もない。
となれば、長く広い廊下は僕にとって面倒なものにしかならないである。
などと無駄に思考を発展させながら廊下を歩き角を曲がると、二つの人影が見えた。
一つは紺色のドレスを身に纏った母さん。
もう一つは、セイルーン聖王国の財務大臣をしている背が小さくて禿げたおじさんのものだった。
仕事の話をしているのならば避けていこうかとも思ったが(城は無駄に大きいため資料室に行くルートはいくつでもある)遠くから見えた母さんの雰囲気がなんだか緊張しきっているものだったので、場に割り込むことを覚悟して僕は二人に近づく。
話し声がだんだん大きくなっていった。
「……フィリオネル殿下が了承したからといっても、身分不詳である男をこのセイルーン城に住まわせるなど何を考えていらっしゃるのですか、アメリア姫」
「彼の人柄はわたしが保証します」
「人柄を貴方が保障したからといって外聞が悪いことに変わりはありません。……それとも、また男親の居ない子を孕む気ですかな?」
どうやら、財務大臣は母さんの友人であるゼルガディスさん(僕はお兄さんと呼称していたが)にけちをつけて、ひいてはシングルマザーになった母さんを非難しているようだった。
僕はぎりっと歯を噛み締め財務大臣に抗議しようと駆け寄ったが、母さんは僕の前に手を出して制止した。
「婚姻の意思さえも国に預けなければいけない身でありながら勝手に妊娠したのは謝罪します。けれど、"彼"の子を産んだのはセイルーン王女でもなんでもないわたしの意思であり、後悔などありません」
母さんは卑屈も後ろめたさも感じない強い眼差しで、財務大臣を射抜く。
嫌みったらしい言葉を述べていた財務大臣はその強い眼差しに圧倒され、足を後ろに引いていた。
それに、と母さんは付け足す。
「ゼルガディスさんがセイルーン城に住んでいるのはわたしと彼の間で契約し労働の対価として与えており、正当なものです。財務大臣である貴方ならば、セイルーン王家の出納簿も把握しているはず」
何か疑問点でも? と聞いた母さんの言葉に財務大臣はぎりぎりと歯軋りした。
そうして、いえいえそんなことはありません。出すぎたことを言ってしまいましたな、と繕うような言葉を述べた財務大臣は小さな体を素早く動かし視界から姿を消す。
母さんはその姿が消えるとほうっと息を吐き肩の力を抜いて、僕のほうへ振り返ろうとしたがそれをしなかった。
なぜなら、僕より後ろから声をかけられたからである。
「ここから出て行ったほうがアンタのためか、アメリア」
それは抑揚のないお兄さんの声だった。
母さんの肩はぴくんっと揺れ、僕を遮っていなかった手は何かに耐えるように強く握り締められている。
不安になり母さんの顔を覗こうとしたものの、それを察知したのか背中のほうへ手で押しやられた。
「俺がここに居ることでアンタとアンタの息子が大変だというのならば、俺はここを出て行く」
アンタ達に負担をかけることを望んでいるわけじゃないからな、とお兄さんは何も感じていないような声音で付け足した。
「いえ、ゼルガディスさんがここに居ることを望んだのはわたしです。ゼルガディスさんの望みは周りの人と同じ時間を過ごすことであり、それはわたしに限ったことではありませんから」
母さんは硬質な声でそう言う。
何を緊張しているのだろうか、と僕は思った。仲間であるお兄さん相手に、なぜ緊張して硬くなりながら話さなければいけないのか僕には分からない。
「しかし……」
「ゼルガディスさんの存在がわたしにとって負担になるというのならば、それはわたしが未熟なせいです。わたしを未熟なままにしておかないでください。……もし」
母さんは、ためらうように言葉を区切った。
「貴方がここに居るのが嫌になったのであれば、止めることはしませんが」
その言葉が母さんから放たれた瞬間、空気はきゅうっと緊張に包まれ僕は息を呑んだ。
言葉一つ挟んでいけないような雰囲気に、なぜこんなことになっているのかまるで分からない僕は、ただ身を小さくするだけで。
しかし、空気が緊張し音すらも響かない状態だったのはほんの数秒のことで、それを破ったのは返答者であるお兄さんだった。
「いや、それはない。アンタがいいというのであれば、俺はもう少しここに居させてもらおう」
その言葉に母さんははぁっと息を吐いた。
「ぜひ、そうしてください」
そうして、母さんはようやくくるりと振り向くと僕の頭を撫でた。
「勉強は終わったの、アズ?」
いつも通りの笑顔を浮かべて僕にそう問いかける母さんを見て、なぜそう思ったのかは分からないけれど彼女はもう少し我が儘になったっていいような気がした。
>>20080126
明らかに題材の半分をクリアしていないという罠。
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