行く先は見えないけれど、今幸せ。




 アメリア=ウィル=テスラ=セイルーンは久しぶりにセイルーン城から出た。
 といっても公務ではなく、だからといって諸外国へ漫遊の旅に出るわけでもない。
 動きやすい簡素な巫女服を身に纏った彼女は、城下町の郊外に広がる大きな草原へ駆け出した。友と子供を連れて。

「いい天気ねーっ!」

 彼女は頬に当たる風を感じ心地よさで目を閉じると、エネルギーを外へ発散するようにそう言って連れてきた二人へ向かって叫んだ。
 友は呆れたように肩を竦め、子は珍しく子供らしく母親へ駆け寄る。――どちらも笑みをこぼして。

「こうやって外に出るのって久しぶりじゃない、母さん?」

「そうね。ゼルガディスさんが来てからはお忍びで城下町に行く機会もなかったもの」

 ストレス発散も必要だわと彼女は微笑み、子の今は茶色に見える髪を撫でた。
 そうして彼女は友へ向かい手を振った。

「ゼルガディスさんもこっちに来てくださいよー!」

 彼は暗い鳶色の瞳を彼女に向けると、すたすたと草原の草を踏みしめ彼女の元へ来た。
 瞳と同じ黒鳶色の髪が風にふわりと揺られ光に照らされて茶色に染まる。

「外に出歩くにはもってこいの天気だが……、もっとひねった場所はなかったのか?」

「えー、だって遊園地に行こうって言ったらアズもゼルガディスさんも嫌な顔したじゃないですか。ショッピングでも良かったですけどそれだって二人がイヤだって拒否するから、百歩譲ってここに来たんですよ?」

 彼女は不満げに頬を膨らませ、もっといい案があれば出してくださいよっと友に言う。
 その言葉に反論する言葉を有していなかったのか、彼はそう述べた彼女の言葉に返事をすることはなくふと空へ視線を向けた。
 そうして、何を思ったのか少しばかり目つきの悪い(というか三白眼だけれど)眼をすうっと柔らかく細める。
 その友の変化を見ていた彼女は頬を緩ませて、美しくもどこか艶のある穏やかな笑みを浮かべていた。
 子は少しばかり草原を駆け回りしゃがみこんでじっと何かをしていたのだが、それが終わり母の元へ来る。
 が、二人の穏やかな雰囲気に利口である子は口を挟むこともできずじっとその様子を見ていた。
 しかし、それに気付いた彼女は子に微笑みかけた。

「どうしたの、アズ」

 その言葉にはっと顔を彼女に向けた子は、母に似たのだろう藍色をした愛嬌のある大きな瞳を細める。
 そうして、両手を彼女の前に差し出した。

「母さん、綺麗な花を見つけたんだ」

 根っこから丁寧に掘り出したのだろう泥だらけの手の上に乗っているのは一輪の白色のスミレだった。一般的にスミレといえば紫を思い浮かべるだろうが、このスミレは純白である。
 その花を見ると彼女は子を見て微笑んだ。

「本当だわ、庭師の方にお願いして中庭で育てようね」

「はい」

 子はとても嬉しそうに頷いた。

「手は大丈夫か?」

 そう聞いて子の泥だらけになった手を覗き込んだ彼女の友人は、純白のスミレを自分の手に持ってくると手の泥を払いながら指先を見た。

「……素手で土を掘り返そうとするからだ。血が出てる」

 土が固かったのか少し血が滲んでいるのを見つけた彼女の友人は眉間に皺を寄せて、外に出るからと持っていたショルダーバックの中を乱暴に探し、水筒を取り出した。
 水が入っているから手にかけてやってくれと彼は水筒を渡し彼女を促すと、彼女は大人しくそれに従い六芒星のアミュレットが乱暴にくくりつけられた水筒の蓋を開け、水を子の手の上にかけて泥を落とした。

治癒リカバリィ

 そうして綺麗になった手の上から、彼は空いているほうの手で自然回復を促す呪文を唱える。
 滲み出ていた血はそこから溢れ出なくなった。

「ありがと、お兄さん」

 素直に礼を述べる子に、彼女の友人は少しだけ目を細めた。

「よし、では名残惜しいですけど帰りましょうか! その子も早く地面に根付きたいでしょうしっ」

 二人の様子を微笑ましく見ていた彼女は、唐突に拳を握り締めて宣言する。
 その言葉に彼女の友人は淡々とツッコミを入れた。

「来てから一時間も経っていないが」

「物足りなかったらまたくればよし! 一時間も経っていないんですからっ」 

 ぐっと宣言すると彼女は勢いよく駆け出した。
 この草原に来た時のように二人を促して。
 そうして、二人に背を向け走った彼女はほんの少し寂しげな表情を浮かべて、呟いた。



      >>20080212 白のスミレも一般的だけどね。



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