06 湖




 森の中を二日間歩いた後、ふと開けた場所に出た。
 そこには小さな湖が広がり、川が流れていた。ただ、静かな景色に遭う。

「うわーい、ゼルガディスさん〜♪湖ですよぉぉ!」

 アメリアが嬉しそうに俺のほうに駆け出してきて、ぱたぱたと走り回る。…ひたすらに落ち着きがないな、この娘は。
 俺は、そう思いながら目の前の少女を見ていた。

「私、水浴びしてきても良いですかぁ〜?」

「ああ…じゃあ、俺は其処で魚釣りしているからな」

「はぁ〜い!わかりましたぁ♪」

 俺は嬉しそうに湖に駆け出していくアメリアを見届けると、川のほうに行った。そういえば、リナなんかは魚を大量に釣る魔法なんか作っていたような気がするが、釣りは考えるのを楽しむものだと思う。そうゆう視点では俺とリナの考え方は違うな。…というか、あれは餌に弱いタイプだからな。
 程よくしなる枝に釣り糸をつけ、針をつけて、魚がひっかかるのをひたすら待つ。

「そういえば」

 とある優れた軍師はまっすぐな針をつけてただ垂らしながら戦術を考えていた、という話を何処かで耳に挟んだことがあるような気がする。
 軍師にしてみれば、釣りは考える道具だった、ということか。
 竿がそれまでとは少し違う動きをする。俺はそれに動くと、ささっと引き付けて、一匹目。

「釣りポイントか?」

 俺は呟いて、また糸をたらす。
 引っかからないところはまったく引っかからないからな。

「しかし、湖か」

 底を歩けるかも知れない俺はちょっと嫌な顔をする。フジツボは付いてこないと思うが、なんか変な物体はもさもさついてきそうで嫌だな…。あいつは涼んでいるのかも知れないが…。
 ふっと、あいつのふくよかな身体を思い出す。
 いかんいかん、雑念になってしまっている。

 そうやって、俺は適当に何匹か釣れると、火をおこして魚を焼き始めた。

「しかし、遅いな…」

 俺は、いくらなんでも此処まで湖で水浴びをしているとしたら身体も冷えているだろうから、それはないだろう、と思いつつ、とりあえず、アメリアが水浴びをしている湖へ行ってみることにした。

 湖は静々としていた。

「声も聞こえんな」

 すぐに見つけられるあいつの声が聞こえてこない。
 いや、一人で喋っていたら、ただの変な奴だが、あれは笑い声でも響くような声だから直ぐに見つかると思ったんだが…。
 俺は湖に沿うように歩いていった。風がざわめいた。それが目の前の岩にからめいて分散していく。一瞬目を閉じた。目の瞼の裏から光が爆発していく。
 不思議な感覚で、俺が目を開けると魔道書が目の前に落ちていた。つい最近手に入れた、真っ白な魔道書。
 ページが開かれていて、そこには真っ白だったはずなのに闇夜のように真っ黒なインクがたれ落ちたように文字が描かれていた。
 と、視線を上げると大きな岩がなくなり、そこには丁寧に置いてあるアメリアの定番の旅服があった。
 俺はびっくりして魔道書をとりあえず見た。
 古代文字で書かれたそれは俺に解読できる程度のもので、既に全てを習得していた俺は綴りをなぞる。これより癖字はたくさんあったからな。分かりやすい程度かもしれん。

  『人魚姫が居ました』

     『人魚姫が居ました』

   『人魚姫が居ました』

 突然、なにかが反響して聞こえた。少女のような声。それが重複されて言葉となって折り重なる。俺は、それに耳を貸した。

    『少しばかり魚に近い人魚姫は人間に姿も見せられず半端に魚と戯れていました』

 『少しばかり魚に近い人魚姫は人間に姿も見せられず半端に魚と戯れていました』

  『少しばかり魚に近い人魚姫は人間に姿も見せられず半端に魚と戯れていました』

 それは俺が今居る状況…合成獣と一緒のもので。

       『でも人魚姫は魚は愛せずに人しか愛せませんでした』

    『でも人魚姫は魚は愛せずに人しか愛せませんでした』

     『でも人魚姫は魚は愛せずに人しか愛せませんでした』

 そう、俺の目の前には妖精霊や石人形が出ないように、俺も彼らを愛せないように、人魚姫も魚を愛すことは出来なくて。

         『人魚姫はきこりの少年に恋をしました』

     『人魚姫はきこりの少年に恋をしました』

       『人魚姫はきこりの少年に恋をしました』

     『けれど、きこりの少年は森に住んでいた少女と愛し始めました』

       『けれど、きこりの少年は森に住んでいた少女と愛し始めました』

   『けれど、きこりの少年は森に住んでいた少女と愛し始めました』

            『それでも一途で純情だった人魚姫はそのきこりの少年を忘れられず』

        『それでも一途で純情だった人魚姫はそのきこりの少年を忘れられず』

  『それでも一途で純情だった人魚姫はそのきこりの少年を忘れられず』

            『湖へと来たのです』

         『湖へ来たのです』

              『湖へ来たのです』

     『愚かな人魚姫』

       『愚かな人魚姫』

         『愚かな人魚姫』

      『鱗は淡水にはあわないというのに』

   『鱗は淡水にはあわないというのに』

        『鱗は淡水にはあわないというのに』

              『人魚姫はきこりの少年を見ました』

          『人魚姫はきこりの少年を見ました』

                   『人魚姫はきこりの少年を見ました』

             『きこりの少年は森に住んでいた少女とダンスを踊っていました』

     『きこりの少年は森に住んでいた少女とダンスを踊っていました』

         『きこりの少年は森に住んでいた少女とダンスを踊っていました』

                  『愚かな人魚姫』

              『愚かな人魚姫』

         『愚かな人魚姫』

 響きが終わって、魔道書が光り輝いているのを見た。俺は、古代文字の言葉を呟いた。

「愚かな人魚。私もその中の血を引いている人魚。その母も人魚。愚かな一族。でも、この言葉だけは覚えていて。そう、『半端ものでも半端ものの愛し方があるわ』」

 光は集結して湖の先を指差していて、俺はその魔道書を持ったまま惹かれるように降りていく。蒼い風景に泡がまみれて、光を指差す。魔道書は形も崩さぬままに、俺の手に収まっていく。
 深い深い湖の奥にはアメリアが裸のまま浮いていた。下半身は、鱗のようにまとわりついた布をくくりつけて。それはまるで、半端ものの人魚。
 光はアメリアを幻想的に映して、俺はアメリアを抱き寄せる。鱗のようにまとわりついていた布はいつのまにかはがれて、その中にはひとつの鱗があった。

『海水に返して欲しいのです。そうして、どうかどうか、貴方を求めていたものをあったことを覚えていて』


 俺は、裸のアメリアを抱きしめて、元の位置にたどり着いた。水に濡れたはずの魔道書はそのままで乾いて、漆黒の古代文字を少しだけ示したまま、あった。

「アメリア、アメリア」

 俺は呼びかける。そう、これには故意などどこにもなくて、ただの事故だったのだから。なぁ、知っているんだろう?ここの湖よ。



      >>20041213 そういえば、天野月子の「人魚」をイメージしたことを思い出しました。



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