10 煙
その場所には街道がなくて、俺とアメリアは道無き道をひたすら歩いていく。方角的には合っているはずだが、意外と隣町までの距離が遠かった所為か野宿する羽目になり、二人でテントを張った。
ぱちぱち、と火が鳴り響く中、アメリアは嫌そうな顔をしていた。
…レッサ―デーモンと遭遇してもこんな顔をしない奴なのに、野宿ごときで表情が変わるアメリアはおかしな奴だ。
俺はからかいを含めて言う。
「なに百面相しているんだ?」
「な、なんでもないですっ!」
お子様だと思って欲しくないのか、焦って否定しているが、そっちのほうが、よっぽど怪しいというものだぞ…アメリア。
俺は、わたわたと表情を変えるアメリアに苦笑して黒い空を見た。
煙が立ち昇っていた。
「浮遊」
俺は唱えて宙に向かう。…場所的にはそんなに遠い場所でもなさそうだな。
「…煙が見える。すぐ近くのようだから行ってみるが、アメリアはここで待っていてくれ」
「ええ〜!?私も行きますっ!」
本当に怒った表情でアメリアは言う。
別に連れて行って困ることは無い。アメリアの戦闘能力はそこら辺の傭兵よりは役に立つ。特に回復魔法を使えるというのは大きい。かくゆう俺もアメリアに治癒を教えてもらった身だしな。
しかし、なんでもなかったとき、火が消えていては此処に戻れなくなるし、天候からいって雨が降りそうだ。…寝袋だけで今夜を過ごすのはきつすぎる。
なにより、俺が一番アメリアを危険な目に合わせたく無い。
もっともらしい言い訳を言った。
「もう一回、テントを張りなおすのか?今日は雨も降りそうだから、これからまたテントを閉じてなにもなく、寝袋だけで寝たら朝には二人とも水浸しだろうな」
その言葉に、アメリアはすっごく苦渋の表情をする。そんなに正義の血が騒ぐのか、俺を心配しているのか…。真意はアメリアにしか判らない。
「…ううううっ、わかりました!此処にいます。でも、危ないことだったらすぐにこっちにきてくださいね!私も加勢しますから!」
「分かってる」
俺はそう言うと、煙が出ている方向へと向かった。
ゆらゆら出ている煙はすぐに消えてしまいそうだったが、そんなに遠くの場所でもなく、煙の上に来ることが出来た。
そこに降り立つと、火がなく、煙は途中から昇っていた。
「…どうゆうことだ?」
俺は、普通火が出ている場所に手をかざした。熱くも無く、その地面に触れると、がらり、と奇妙な音がして目の前が真っ暗になった。
危害を加えるわけでもなく、ただ静かなので、俺は明かりを唱えた。
そこは、燃えている城だった。
明かりは必要ないのに、なぜ、明かりをつけた後でなければ、燃えた城は出てこなかったのだろう、と俺は奇妙に思いつつも、室内の一角にいる俺はとりあえず、脱出を試みた。
そのとき、女性の声が聞こえた。
…放っておいて良かった。でも、アメリアの声が聞こえるから。『助けられる人を助けないのは正義じゃありません!』といいそうだな、と思った。刹那、俺はそっちに向かっていた。
そこには、静かに座っている金色の長い髪をたらして綺麗なドレスを着た女性が居た。
まるで、お姫様、といった風情だ。
「まだ、人が居たのですか?早くお逃げなさい。此処はまもなく崩落いたします」
「アンタは逃げないのか!?」
女性は微笑んだ。
「この火を放ったのは私の愛した人なのです。…私は此処で待たなくてはいけません。あのお方が私を迎えに来るのを」
なぜか、女性のその笑みがアメリアと被った。
そんな筈は無いのに。
「…その、アンタが愛した奴ってのは、そこまでの男だったのか?」
女性は奇妙な顔をした。
その言葉が不思議であるように。
「どういう意味で?」
「アンタにこの城とともに心中して欲しいと思うような男だったのか?」
「さぁ」
女性は微笑んで窓を見た。
周りは炎が囲んでいた。
空は真っ暗だった。漆黒の闇のように。
「その程度の男だったのか?その程度の男のためにアンタは死ぬのか?」
「そうね。あの人はこの城が滅びることを願って、私を誘惑したのかも知れないわ。けれど、私は待ちたいの。あの人を。…私はあの人を愛したから。あの人が私をどう思っていても」
待って居たいから。
ひどく重たい言葉のように思えた。待つだけなら誰でも出来る。けど、そこまで真剣に待つことなど、出来ないから。本当に愛した人でなければ。
俺にはその女性がひどく強い女性のように思えた。
「…その男はどうしてもアンタを逃したくて、この城に炎を放ったとしても?」
「あの人は言ったから。待っていてと。そして、私も言ったから。『待っています』と」
俺が持っていたあの白紙の魔道書が落ちた。白紙の魔道書は、白紙のページを開いて、漆黒のようなインクでそれを綴った。それは古代文字で。
「決意より強い気持ちは無い」
炎が俺の手に降りた。
既に景色は真っ黒だった。
『消えることの無い炎。貴方はそれを持っている。これを』
炎は透明なガラスに包まれて、そこに存在するだけだった。
ふと、目を覚ますと確かに煙の立っていた場所にいた。
既に、もうその煙は無くて、俺は浮遊を唱えた。
煙が見える。
俺は、ガラスの中に入った炎をしまって、そこへ向かった。
アメリアの待つ場所へ。
>>20050112
もしかしたら、こうなるかもしれない。
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