15 残り時間




 人と人の時間が交差するのは天文学的な数字で、奇跡にも等しいと誰かが言っていました。その中でも、死が二人を別つまで離れたくないと思える人と出会えるのはそれこそ奇跡のような出来事だと、誰かが話していました。

「…今日はやけに静かだな」

 とぼとぼ、と歩いているとゼルガディスさんがぼそり、と喋りました。
 今日は…っ?今日はってなんですかーっっ!確かに、いつもはちょびーーーっと五月蝿いかもしれませんが…。でもでも、リナさんほど五月蝿くはないです!そのはずです!っていうか、そうです!!

「むぅ」

 こぶしで殴りたいところですが、殴ったら私が痛いです。ひどいです。ゼルガディスさんはずるいです。
 とそんな時、バスケットを持った女の子が私とゼルガディスさんの前に来てにこーっと笑いました。

「飴、あげますっ」

「…ほえ?」

 その意図がわからなくて、私は思わず声を出していました。
 その様子に女の子は私たちを見てああ、と呟きました。

「そうか、旅人さんだから知らないんですね?」

「そうみたいだが…。行事みたいなものか?」

 女の子は大きく頷きました。

「はい。今日は出会えたことに感謝する日です!この町には伝承って言うか…うーん…昔から伝わっている独特の御伽噺みたいのがあって…」

 そう言って、女の子はそのお話を聞かせてくれました。

 今は昔。それはそれは綺麗なお姫様が居ました。
 お姫様は優しい父と母そして兄弟の中ですくすくと育って、それはそれは美しい聡明なお姫様になりました。
 そんな時、心無い隣国の人にお姫様は攫われてしまいます。
 というのもお姫様はその愛らしさ、そして聡明さ故に隣国の王子に求婚をされていましたが、お姫様はどうしてもその隣国の王子が好きになれず断ってしまったからです。
 お姫様はその聡明さから機転を利かせて何とか逃げますが、迷いの森で文字通りに迷ってしまいます。
 そんな時に一人の男性と出会います。
 その男性は見ず知らずのお姫様を助け、迷いの森から一緒に抜け出してくれました。そんな優しさにお姫様はその男性に恋心を抱きます。もしこの森を抜けたら、一緒にお城にきて欲しいと。
 けれど、優しかったお姫様の父は怒って言いました。その男は大罪を犯したのだ。木々を焼き払い、人々を殺したのだと。そして、行方をくらませたのだと。お姫様を騙したのだと。
 お姫様は涙を流しながら言います。それは違うと。こんなに優しい人がなぜ木々を焼き払うことが出来るかと、人々を殺すことが出来るのかと。
 けれど、お姫様の父はお姫様の言うことを聞かないで、姫すらも騙した男を処刑すると言いました。
 自分を助けてくれたのに牢獄に入れられてしまった男の人のことを思って、お姫様は毎晩泣きました。それは、大きな湖が出来てしまうぐらいに泣きはらしました。
 しかし、無常にも処刑の日は来てしまい、男の人は死んでしまいました。弁解もせずに、逃げもせずに。
 その後、お姫様は男の人の亡骸が埋まっているその場所に行っては泣いていました。
 するとその亡骸の上に一輪の花が咲き、こう言うのです。「森を焼き払い人々を殺したのは隣国の王子だ」と。
 その言葉を聞いたお姫様の父は驚きます。何故なら、その花は真実の花だったからです。
 そう、男は無実の罪を着せられていたのです。
 隣国の王子は処刑され無実の罪を着せられた男の罪ははれましたが、お姫様は泣き続けました。あんなにも愛した人ともう一緒に居られないのだと。
 そんな時に、一人の魔女が現れます。
 魔女はこう言いました。「貴方が私の言う試練を乗り越えられたのなら、貴方と彼をめぐり合わせましょう」と。
 お姫様は頷き、魔女が渡した飴を舐めます。
 するとお姫様は、静かに静かに眠るように息を引き取ってしまいました。
 お姫様の父と母は泣き崩れ、兄弟たちは魔女に怒りをぶつけようとしましたが魔女は居なくなってしまいました。魔女は、隣国の王子の母だったのです。
 しかし、もう一人の魔女がお姫様の両親の前に現れ言いました。
「二人は思い違いと悲しみゆえに死んでしまった。運命とはなんと残酷なることか。この一つの飴に二人の時間が重なる魔法をかけました。この一つの飴を、重なり合った二人の身体に振りかけてください。そうすれば、二人の時間は重なるでしょう」
 お姫様の父は、お姫様に少しでも懺悔を、と魔女の言われたとおり、呪文のかかった飴を粉々に砕き、二人にかけました。
 そうすると、どうでしょうか。
 二人はゆっくりと目を覚ましました。
 そうして、二人は次の死が二人を別つまで、幸せに暮らしました。

「その物語に関わる飴を配って、大好きな人との時間が少しでも重なりますように、と願いをかけるんです。今ではこうやって様々な人に飴を渡して、少しでも大好きな人との時間が重なりますように、と願うんですよ」

 そう言って、私の手のひらに飴を下さいました。

「願わくば二人の時間がいつまでも重なりますように」

 笑顔でその女の子は去っていきました。
 私とゼルガディスさんの時間は、あと少しで離れてしまうのに。ゼルガディスさんの目標がそこにあるかぎり私の役目がそこにあるかぎり、離れてしまうのに。
 私は、ぎゅっと飴を握りしました。

「しかし、死んだ人間が生き返るなんて、ぞっとするな」

 ゼルガディスさんはあいも変わらずロマンのないことを言います。

「物語にケチつけてどうするんですかーっっ!」

「本当のことを言ったまでだ」

「うー、ゼルガディスさんはロマンという言葉を知らないんですか!?」

「御伽噺なんぞに興味はない。俺が興味があるのは先のことだけだ」

 そう言うゼルガディスさんは、とても真っ直ぐで。だから、私はゼルガディスさんと離れてしまうことに文句の一つも言えないんです。本当はずぅっと一緒に居たいのに。ずぅっと時間が重なっていればいいと、そう思うのに。

 ちくたくちくたく、後貴方と私の交わる時間は少し。

 不意に、ゼルガディスさんの大きな手が私の頭を乱暴に撫でていました。
 私はゼルガディスさんの顔を見ました。

「交わらないものは交わらせればいい。来世でも、今でも」

 その目はやっぱりずぅっと向こうを見ているもので。
 でも、少しでもゼルガディスさんも私と時間を重ねることが出来ればいいと思ってくれているんでしょうか?
 その意図は私にはわかりませんけれど。けれどゼルガディスさんが前を見ているんならば、過去の鎖を断ち切るために前を見ているのならば、私も未来を見ましょう。ゼルガディスさんと離れる時間まではあと少しだけれど、それはまた出会う前での残り時間なのだと。そうして、次の時間からは死が二人を別つまでずぅっと交わっていられるものだと。
 そう願い、実行に移すのです。

「はい!」

 私は笑顔で頷きました。



      >>20050831 御伽噺は難しい。



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