19 大丈夫




 大丈夫、だと何の根拠もなく思っているのはゼルガディスさんがとても優しいからだと思うのです。
 もう数日もしてしまえばセイルーンへと着いてしまうのです。そうすれば、私は長い期間空けていた王女という立場に戻らなくてはいけないし、ゼルガディスさんは恐らくまた当てもない旅へと出るのでしょう。
 彼はとてもとても優しい人だから、私にその恋心を無くさせようとまったく連絡を取らないとか、そういった手段に出るかもしれません。
 それでもゼルガディスさんは大丈夫、と思うのはきっと彼が優しいからなのです。

「――嬉しいか?」

 突然、そう問われてわたしはゼルガディスさんの顔を見ました。
 ゼルガディスさんは表情を変えぬまま、わたしを見ていて一体なんのことだろうか?と首を捻りました。

「久しぶりにフィルさんに会えるんだぞ」

 ああそのことか、とようやく認識するとわたしは言いました。

「はい!正義を広めるための漫遊ももちろんとても楽しかったですが、セイルーンの民ととーさんも正義を広めるぐらいに大切ですから!」

 その言葉を言った瞬間に、ゼルガディスさんはきゅうぅぅっと眉をひそめました。
 それは多分旅をしてきたからこそ分かる程度の表情の変化だったと思います。そうして、ゼルガディスさんは器用にも人に気付かれぬぐらいに眉をひそめたまま口角を上げてニヒルなとてもゼルガディスさんらしい笑顔を浮かべていました。
 それがなにを示すのかわたしにはまったくわかりませんでしたけど。

「そうか。よかったな、もうすぐだ」

「はいっ」

 そのままの言葉通りに返事をすると、さらにゼルガディスさんの眉間に皺がよって、わたしはある一つの仮説を立てました。
 ――もしかしたら、ゼルガディスさんはわたしがセイルーンに戻ることをどう思っているのか、ひそかに探っているのではないかと。そうして、セイルーンに戻る事には賛成しているから笑顔を作ったけれど、心の中では真逆の感情があるから知れずに眉間を潜めているのかもしれない。その真逆の感情がわたしに対する恋心だなんて大胆な発想をする気はさらさらありませんが、この仮説はあっているような気がしました。
 だって、ゼルガディスさんはレゾの凶剣士とか白のゼルガディスとかのあだ名で恐れられるほどに凶暴な人のはずなのに、本当はとっても優しく思いやりのある人だから。

「でもですね」

 わたしは、だから言葉を続けました。
 今度ははっきりとゼルガディスさんの表情には訝しげなものが浮かんでいます。

「ゼルガディスさんともう旅をする事が出来ない事は、長い時間会えなくなってしまうことは、とても悲しいです」

「――そう、か」

 呟くと、ゼルガディスさんはとても複雑そうな表情をして下を向いてしまいました。
 あれ?これは失敗だったのでしょうか。むむむ、わたしの見込み違いというか勘違いといった部類でしょうか?正義の仲良し四人組ときには+あるふぁで旅をしていたときにかなり仲良くなったと思っていたんですが…。
 もしかして、こじ付けのように感じられたのでしょうか。でもそれが本心ですし、考えてから喋ったけれど何一つおかしくないと言ったわたし自身感じるので、やっぱりそうじゃないような気がしました。

「なぁ、アメリア」

 呟いて。

「もし――」

 ゼルガディスさんは何かわたしに聞こうとして口を開いていましたが、やっぱり止めたとばかりに噤んでしまいました。
 さ、先が気になりますよぅぅぅぅ!
 そんなわたしの心の叫びはゼルガディスさんに届いたのか届かなかったのか、しゃらしゃらと否定するように首を横に振ると、いつものポーカーフェイスなゼルガディスさんに戻ってしまいました。

「大丈夫ですよ」

 わたしはなんとなくそう言っていました。
 これは、理論的というよりは感覚的なものでしょうか。そういった部類ではわたしはどちらかというとガウリィさんのような性質をしているんだと思います。
 だって、ゼルガディスさんもリナさんも感覚的な言葉なんて出さないでしょうから。

「大丈夫です。きっと、距離なんかでは何一つ変わることなんかありませんから」

 にっこりと表情筋を使ってみせて、ああと認識しました。
 わたしはどこかでゼルガディスさんと時間と距離を置くことに怖がっていたのかもしれない。だから、きっとこんな野暮な言葉が出るんだと思いました。
 だって、それは言わなくても分かる事だとわたしは思っていますから。

「ああ」

 ゼルガディスさんは肯定するように呟きました。

「ああ。お前はそんなことじゃ変わることはないんだろうな――」

 それは、どこかを見ている言葉でした。



      >>20050928 何を考えているのか察するのは難しい。



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