そうしてまた刻は交わる。




 その様子を見届けると、ゼルガディスは慌ててアメリアの元へと駆け寄った。

「怪我はないか?」

 その言葉にアメリアは笑顔を見せた。

「はい。多分シンシアが私を傷つけないように、とガライに命令でもしたのでしょう。気絶はさせられましたが。……でも、いつから意識が戻っていたことに気がついたんですか?」

 彼女が言葉を発している間にゼルガディスはどこからとも無く縄を取り出すと(恐らくこういう事態に備えて、腰にでも装着していたのだろう)、シンシアを慣れた手つきで縛り上げた。といってもぐるぐる巻きにするほどの縄は所有していなかったようで後ろ手に縄をかける程度だったが。
 そうしながらゼルガディスはくっと喉の奥で笑った。

「ガライと戦う前だ。アンタの耳、真っ赤だったぞ。よく、シンシアに気づかれなかったものだ」

 アメリアの肉体・精神ともに良好だったため、ゼルガディスは意識をなくしているシンシアを担ぎ上げると、戻ろうとアメリアを促した。
 顔を赤くしたままアメリアは浮遊レビテーションを唱える。ふわりと闇夜に浮かび上がるのを確かめると、ゼルガディスも浮遊を唱え空へ飛び立った。
 そうしてゼルガディスが横に並ぶのを確認するような仕草を見せたアメリアは赤い顔のまま、ぶぅっと頬を膨らませた。

「だって……ゼルガディスさんの口から素敵な愛の理論を聞けるだなんて思わなかったんですぅ」

「……素敵な愛の理論って……」

 思わず呟いていたゼルガディスの表情は照れているのか少しばかり頬を赤くして、明後日の方向に顔を向けていた。
 それにアメリアは理解したのかくすりとほんの少しだけおかしそうに笑うと、話題をそらすため疑問を口にした。

「あ、あと魔皇霊斬かけてなかったのになんで効いたんですか?ゼルガディスさんの剣」

 目を瞑っていても、混沌の言語で呪文をかけたかどうかは分かる。幾ら詠唱を省略できるからといって発動するための言葉を省略するためにはいかないわけで。
 そして、どの場面においても呪文をかけられる暇はなかった。
 だからこその疑問だったのだろう。ゼルガディスもそれは予測していたのか、それほど驚いた様子も見せずアメリアを見た。

「ああ、それは簡単な話だ。伝説級かどうかは知らないが魔族にも有効な剣をたまたま見つけたのでな、そのまま使わせてもらっている」

「へぇ、見せてください」

 興味を持ったのか、そんなことを言ったアメリアにゼルガディスはああ、と短く肯定の返事を返した。
 それを聞いてからアメリアは剣が差してある左側に回り、肩に抱き上げているシンシアを固定するために添えてある手の邪魔をしないよう慎重に剣を抜いた。
 特に変わったところはない。
 持ちやすいようにと布で包まれた持ち手、銀色に光り輝いている鍔、反り返りの無い真っ直ぐな刃は以前ゼルガディスが愛用していたブロード・ソードと同じぐらいだろう。
 片手剣をして愛用されているだけにそれほどの重さは感じないが剣を扱いなれていないアメリアにとっては手の中にある感触がずっしりと重いようにも感じた。

「……変わったところは見受けられませんが」

 確かに普通の剣だ。
 ゼルガディスが仲良し四人組として旅をしていた頃に使用していたブロード・ソードだと言われてもアメリアは納得しただろう。所詮詳細はおぼろげにしか覚えていられないのが人間の脳だ。

「旦那の光の剣だってそうだっただろうが。一見普通の剣だ、あれは」

「えー、でも本体は精神力で刃を作るっていう特殊な剣だったじゃないですか」

 確かに光の剣は一見普通の剣だったが、本体は寧ろ柄のほうであり刃を取り外し精神を集中させることによって、魔族すらも切り裂ける刃を作り出していた。
 もっとも、剣士であったガウリィがどうやって精神を集中させたのかいまいち不明であったが。恐らく慣れというものだろう。

「そうだな。じゃあ、アメリア。その剣に精神を集中させてみろ」

「えー。浮遊使ってるんですけどぉ」

 アメリアの言うことももっともだと思ったのか、ゼルガディスが指示するとアメリアは渋った。
 浮遊という簡単な術といえども魔法に変わりはない。集中力を欠けばその分コントロールは困難になってくる(もっとも翔風界よりは遥かに容易いが)。
 軽くでいい、と言ったゼルガディスにアメリアはそれでも不機嫌なのか唇を尖らせたまま、手に持った剣へと精神を集中させた。
 するとぼわんと青い光が剣を走ったかと思うと古代文字なのだろうか、通常の言語では読むことの出来ない文字が刃に現れた。
 それにアメリアは目を見開いた。

「うわー、すごいです!精神を集中させると魔族にも効くんですか?」

魔力容量キャパシティにもよるがな。その剣は、普通の剣でも強く念を込めて攻撃すると多少は魔族にも効くという作用を増幅する剣らしい。剣に意識を集中させた瞬間、持ったものの魔力容量――この場合は最大容量になるが――を判断し、己の魔力容量すらも剣の力にする。結構便利な剣なのだが、ある一定の魔力を持っていないと効力は発揮されないらしいのが難だな」

 すらすらと剣の効果を説明するが、らしいなどという予測が入るのはアメリアが持っている剣に対してきちんと解明しきれていない所為だろう。光の剣も、冥王ヘルマスターから説明を受けるまでそれが異界の魔王のものだと知らなかったのだから。
 アメリアは剣への集中を切ったのだろう、青い光はすぅっと消え去り何の変哲も無い剣へと戻った。

「っていうことは、ガウリィさんみたいな魔力容量の少なそうな人には意味のない剣って事ですか?」

「ああ、魔力の少ない者にはただの古びた剣にしか見えないだろう。……その剣があった土地にある伝承によれば、それは偉大なる神の産み落とした剣で、その剣に触れた賢者が他のもの――恐らく魔族や悪意のある人間を恐れたのだろうな――それらに渡るとどのぐらいの破壊力になるか分からないので、その賢者が封印した剣なんだそうだ」

 ゼルガディスは酷くつまらなそうに伝承を語った。その伝承があまりにも大げさすぎた所為だろう。
 大げさな伝承ほど信用性は薄い。事実を大幅に拡大させて伝えた可能性のほうが高いのだから。もっとも魔族一人で黄金竜・黒竜を壊滅寸前まで追い込んだという伝承は事実そのままだったのだから、時には事実のまま伝わっていることだってあるのだろうが。
 しかし、英雄伝承歌ヲタクである彼女の精神構造からすれば、その伝承は面白いに値するものだったようだ(恐らく賢者が強大な力を利用せずに封印したというところに好感を持ったのだろう)。目を輝かせて、剣を見た。

「で、地元の人はこう呼んでいたな……、神滅剣ロードデスソードと」

「すっごい名前ですね」

 特筆すべきはそこだったらしい。
 ややずれている気もしないが、ゼルガディスはそれに突っ込みをいれることもなく、同意した。

「ああ。恥ずかしいから、ただの剣でいい」

「そうですね」

 ぶっきらぼうに述べたゼルガディスに、アメリアは微笑んだ。

 ようやくセイルーン城に到着した二人は王女がいなくなったことに慌てふためいている人々に事情を説明し、シンシアを兵士に渡した。その頃には意識を回復させていたのだが、手は後ろ手に逃げられないようにと結び付けられていてそれを悟ったのか暴れることもせず大人しく兵に従っていた。もしかしたら脱走する計画を練っていたのかもしれないし、もうアメリアを狙うことが出来ないのだと幼稚な恋心なりに絶望していたのかもしれない。
 ともかく、窓が割られ王女にびゅうびゅう風が通り抜ける中眠ってくださいとも言えないので、アメリアに急遽別の部屋をあてがわれようやく騒がしかった夜が終わりを告げた。


「父さん。私、リナさんに会いに行きます!」

 朝食が終わりを告げたとき、アメリアは突然立ち上がりそう宣言した。
 フィリオネルに動揺の色はまったく見えず、寧ろ微笑ましく見ているようだった。それよりも動揺しているのは周りの人間である。次の仕事にと控えていた大臣は目を見開いて呆然としていたし、『リナさんに会いに行きましょう』と言われていたゼルガディスだってそれほど本気にしていなかったようで、彼女の行動を大臣同様呆然と眺めていた。

「ゼルガディスさんも無事に帰ってきたしリナさんももうそろそろ出産してるかしてないかぐらいなんで、報告とお祝いもかねてゼルガディスさんと行きます」

 アメリアは断定として述べているが、冗談だと――もしくはもっと後だと思って肯定していたのはゼルガディスであるので、それでいいのかと思いながらもゼルガディスには反論することは出来なかった。
 フィリオネルはにこりと微笑んで愛娘の言動を肯定していた。

「そうか。まぁ、ゼルガディス殿と一緒ならば大丈夫だろう。――しかし、正義を広めることを忘れるでないぞ!」

「もちろんです、父さんっ!」

 びしっとこの親子ならではの熱い抱擁が行われる。
 ようやく大臣は現実に戻ったようでわたわたと慌てふためいていたが、時はもう既に遅し。
 ゼルガディスはそんな朝の光景をまるで他人事のように眺めていた。

 家臣の中では(この親子が親子なだけに常識人もいるのだろう)反対の声が当然あがったが、その辺りはフィリオネルが抑えた。もともと奔放な娘をここ三年ほど国という枠で縛り付けていたという思いもあるのだろう。無論、外交やレッサーデーモン大量発生に対する陣頭指揮などセイルーン聖王国に関する身体を動かせるようなことはさせてきたのだが、時には友人と語らい息抜きをする時間も必要だと考えたのではないだろうか。娘の幸せを願わぬ親はいない。
 そうと決まると、もともと長い時間セイルーン城に留まることなど考えてなかったゼルガディスの身支度は簡単に整い、事件が解決したらと考えていたのだろう、アメリアの身支度も早くに整った。

「アメリアよ、達者でな。リナ殿とガウリィ殿によろしく言っておいてくれ」

 セイルーン城の入り口である大きな門を背にしたフィリオネルは穏やかな表情で娘に言った。
 アメリアはにぱぁっと嬉しそうに微笑むと元気よく言った。

「もちろんです、父さん!」

「ああ、正義を広めることを怠らぬようにな」

 その言葉にアメリアは天高く拳を突き上げるといつも通りのエネルギー溢れる朗々とした声音で宣言した。
 いつもの風景である。

「当たり前です!この正義の味方、アメリア=ウィル=テスラ=セイルーンが――ってあああ、最後まで言わせてくださいよぉぉぉ」

「さっさと行くぞ」

 さすがに最後まで言わせると時間が幾らあっても足りないことをゼルガディスは承知していたので、一言述べるとくるりと門を背にして歩き始めた。ゼルガディスの思惑は見事成功し、アメリアは父親に軽く手を振ると慌ててゼルガディスの後を追った。
 目指すはリナ=インバースとガウリィ=ガブリエフ夫婦が住むゼフィーリア王国。



      >>20060705 英語弱いんだって。



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